「あら」
「あれ」
ばったりと道端で出会った斗和と少女は、同時に声を上げた。
「ごきげんよう、斗和。レッスンの帰りですの?」
少女は首を傾げにこやかに問うが、斗和がバイオリンケースを持っている時点で、訊かずとも返事は予測がついているのだろう。
「ごきげんよう。土曜日の午前はいつもレッスンなんだ。梨絵ちゃんは?こんな所で会うなんて」
梨絵ちゃん、と呼び掛けられたその少女は、元々少し垂れた眉を更に垂れさせて、
「この辺りに、隠れ家カフェがあると聞いて………探しておりますの。なかなか見つからなくて、迷子になってしまいそうですわ」
「ああ……あのお店かな」
くす、と斗和は笑う。
「ここからだと、駅の反対側だね。迷子になってしまいそうどころか、もう迷子じゃない?」
揶揄う口調で指摘され、梨絵はむっとした顔をして斗和を睨みつけた。
「まぁっ……わたくしが、迷子ですって?口を慎みなさいな。これでも方向音痴ではないつもりでしてよ」
「だって現に迷ってるんでしょ」
斗和はふふ、と笑った。梨絵が毒気を抜かれてしまうような、懐こい微笑みだった。
「わたくしは悪くなくて………この地図がいい加減なのですわ」
ぷんっと、梨絵は決まり悪そうにスマホの画面を斗和に示す。斗和が見ると、SNSのアカウントに、酷く大雑把に所在地が記されている画像が写っていた。
「…ホントだ。これじゃ分かんないよね」
「でしょう?斗和はこのお店、知っていますのね」
「うん、何回か行ったことあるよ。…って、梨絵ちゃん、オレに案内させようとしてる?」
斗和はスマホを覗き込んでいた視線をそろりと上げる。
「駄目かしら?」
梨絵はにこっと悪びれず笑いかけた。
「お茶代とランチ代くらい出しますわよ。ここ、紅茶が美味しいのですってね」
「……いや、お金は自分で出すけどさぁ。なんかデートみたいじゃん、ふたりでカフェなんて」
斗和が気まずげに視線を逸らすと、梨絵は髪を掻き上げ、
「何か文句がおあり?わたくしが相手ですとご不満かしら?……お付き合いしている方がいるのなら、遠慮してさしあげても良いけれど…………?」
とにこにこ顔のまま言う。
「でも、斗和に恋人がいるのなら、その話は詳しく聞きたいですわ。ふたりきりがまずければ、どなたかお友達を呼び出しても良くてよ。そうですわ、恋人さんを呼びなさいな!会ってみたいわ、わたくし!」
「……いや、いいよ、ふたりで。…………どうせ彼女なんていないし」
はぁ、と斗和は溜息と共に白状した。
「やっぱり?でももしかして、好きな人くらいいるのではなくて?」
梨絵は頬に手を添え、愛らしく首を傾げた。
「好きな人………っ?………ううん、いない、よ!そんなの!」
脳裏に浮かんだ大好きな同性の幼なじみの顔を振り払った斗和は僅かに顔が赤い。
「………まあ、つまらないこと」
そう言いながらも梨絵は面白そうに斗和を見ている。誤魔化しきれていない。
「もう、その辺にして………オレでよければ、ぜひお茶をご一緒させてください…」
「初めからそう仰いな」
梨絵は満足気ににこっと目を細め、斗和の腕に絡みついてきた。
「さあ、参りましょう!」
「うわぁ!梨絵ちゃーん!そんなにくっつかないで!」
「あらあら、照れなくて良いのよ♡」
「無理ー!」
「全く、ヘタレですこと」
学校の友達とかに見られませんように…!!
斗和はそう強く願いながらも梨絵に屈した。
小さい頃とは違う、自分より小柄で柔らかい梨絵にまとわりつかれてドキドキするよりも、なんだか浮気をしているような落ち着かなさをずっと斗和は感じていた。