「…ホントに、こんなのでいいんですか?」
「そーだなァ…ちっと物足りねェか?」
だから序にこれもと、量販店で買ったフワフワのうさぎ耳を頭に乗せてやれば、後輩がこれでもかと顔を赤くして頬を膨らます。モジモジと尻を揺らす、可愛いバニーに可愛い声で「ヘンタイ」などと罵られたところで、痛くも痒くもない。
「何でも言う事きいてくれるんだろ?」
「そんな事言ってませんよ!先輩の欲しいものなら何でも、って言ったんです!…まあ、俺に買える範囲なんて知れてますけど…」
「あー、そうだった。確かに、そう言ったよなァ?」
事の始まりはつい半月ほど前の事で、俺の誕生日が近いと知ったこの可愛い後輩が俺に、「何か欲しいもの無いですか?」と、仕事中に聞いてきたのが始まりだ。金に余裕がないのは俺もコイツも同じ。目に入れても痛くない可愛い後輩に無理をさせるなど、論外。無論、俺はプレゼントなど不要と答えた。しかし、後輩は納得しない。「ちょっとくらい値の張るモンでも良いから、何でも言って欲しい」と食い下がる。恐らくは、コイツの誕生日に、俺がコイツの欲しがっていたプレミア付きのゲームソフトを密かに入手してプレゼントをし、一目でそれと分かるいい肉を嫌という程たらふく食わせてやったのを、気にしているのだろう。年下が気ィなんか、遣うモンじゃない。俺は「気持ちだけで十分だ」と重ねて言った。が、後輩は俺がそう言えば言うほど、「何かさせてくれ」と譲らない。
「いつも貰ってばっかだし。せめて誕生日くらい、何かさせてください」
「いや、そう言われてもな」
「何でも言ってくださいよ、先輩の欲しいもの」
断られれば断られるほど、使命感に燃えて目をキラキラさせる後輩は、至極扱いやすくて有難い。かくして、目論見通りに事は運んで、現在に至る。
ちょっとお高い、品のいいホテルの、男二人がすったもんだを繰り広げてもビクともしないキングサイズのベッド。テーブルの上の、ままごとのそれみたいな可愛らしいケーキ。膝の上には頭にピンクの兎耳をつけた後輩。ただでさえピッチリとしたデザインの衣装が、パツパツなのはご愛敬だ。元が女モノだから、後輩が着ると男の割にでけェ乳首のラインや、緩く立ち上がり気味の股間の膨らみまでがモロだ。尻についた丸い尻尾を摘まんでやると、「引っ張らんで下さいよ」と、後輩がモジモジと膝の上で尻を震わせる。なんだ、此処は天国か。
「それで。他はないんですか?欲しいモノとか、して欲しいコト」
後輩は、頭のてっぺんから爪の先まで茹蛸の様に赤くしながらも、どうやらすっかり開き直ったらしい。バニーコスの他にも着て欲しいコスチュームがあるなら、誕生日祝いに何でも着てくれると気前の良い事を言う。
何やら盛大に勘違いされている。別に、コスチュームプレイが好きだとか、そう言う訳ではないのだが。しかし、それはそれとして折角なので、「じゃあ、これも頼むわ」と、序にセットで一緒にくっついてきた、蝶ネクタイと赤いピンヒールを手渡し、自分で何でもやるといったクセに、ブチブチと文句を垂れながら先の細いピンヒールに無理やり足を突っ込む後輩に、「それから、コイツも」と、ポケットの小箱も放る。
「まだあるんスか?」
「何言ってんだ。何でもしてくれンだろ?」
「いや、まあ、言いましたけどね?」
先輩って意外にマニアックってか、何ていうか。
そういう割に、キッチリと黒い蝶ネクタイを締めてくれる後輩も、案外ノリノリだと思う。ピンと尖った襟の曲がり具合や、丸い尻尾の付いた面積の小さなパンツからはみ出る尻具合なんかを、見栄え良く何度も丁寧に直して、これで終わりと言わんばかりに、さっき放り投げた小箱を開ける。己にも似た後輩の白目の勝った目が、大きく見開かれるのを、実弥は頬杖を付いて盗み見た。
「え・・・と、先輩?」
「ンだよ?」
「これって・・・」
バニーコスも兎耳もピンヒールも、あんなにもノリノリで付けたクセに。これだけは、モジモジとするばかりで、一向に手に取ろうとしない後輩に業を煮やして、結局、実弥は小箱の中身を自ら手の取った。後輩の左の薬指に、眩く光る銀色の輪っか。可愛い子ウサギが何処にも行かない様に、首輪の代わりだと言ったら、後輩は怒るだろうか。指輪ひとつで束縛出来るなんて、目出度い事を思っている訳じゃない。でも、こんなモンにでも縋りたいと思うくらいに惚れるんだと、面と向かって言える程、自分は器用な人間じゃない。
「何でも欲しいモンくれんだろ?」
冗談めかして言ってみると、俯いたまま、ただじっと銀の輪っかのついた薬指を眺めていたウサギは、不意に、ふるふると長い耳を震わせた。ついでに肩を震わせ、丸い尻尾を震わせ、勢いをつけて胸に飛び込んでくる。不意を突かれて、実弥はそのままの勢いでベッドに転がった。強かに壁に頭をぶつけて、目に星が飛ぶ。首根っこに嚙り付いたまま離れない後輩に、ぎゅうぎゅうと首を絞められて実弥は呻いた。あまりの息苦しさに、少なからず死を予感して、慌てて小気味に震える後輩の肩をバシバシとタップする。
「・・・お・俺でよければ」
聞こえてきた声に、このまま死んでもいいと手を止めた。