「先輩、地味ハロウィンしましょうよ」と、可愛い後輩が可愛い顔をして言う。
実弥はその言葉を知らなかったが、地味ハロウィンと言うのは、その言葉通り、あくまでも地味に、控えめに行うハロウィンの事らしい。仮装も、一目でそれと分かるような吸血鬼やカボチャ男、アニメのキャラクターなどではなく、それと言われて、ああ!と思うくらいの、さり気ないものでいいと言う。
「ほら、宝くじのCMとかでやってるじゃないですか。女優さんがエプロンつけて、『宝くじ売り場のお姉さん!』みたいな」
「あー…、何かあったな」
言われてみれば、そんなCMもあったように思うし、地味ハロウィンとやらも、何となく理解できなくもないが、その面白さと言うものがさっぱり分からない。それなら、分かりやすいコスプレで構わないから、可愛い後輩が猫耳でも付けてくれないモンかと思うのが、折角だから、SNSでも話題の地味ハロウィンがやりたいと言ってきかない。いずれにせよ、今日一緒に飯を食いに行く予定は変わらないのだし、あわよくば『トリックオアトリート』と、悪戯するのもされるのも、吝かではない。実弥は頭の中でそう算段をつけて、可愛い後輩の可愛いお強請りに、如何にも仕方がないなという顔で頷いた。
とは言え、”それと言われて、ああ!と思うくらいの、さり気ない仮装”、などと言われても、さっぱりピンとは来ない。元より、後輩の仮装に関心はあっても、自身の仮装なぞには微塵の興味もない実弥はごく普通に、着慣れたパーカーにシャツと言う普段通りの恰好で駅前に現れた。後輩に何か言われようものなら、適当に「普通の通行人」とでも言うつもりだ。
・・・それにしても一体、どんな格好で来るつもりだァ?
地味ハロウィンと称するからには、猫耳姿も魔女っ娘もメイド姿も拝めないのは分かっているが、ナース服あたりはギリセーフじゃねぇかと、実弥は至極真面目な顔で考えてみたりする。病院に行けば、ナースは普通にいくらでもいるのだから、これは地味ハロウィンの範疇に違いない。いや、絶対にセーフだろ。
「先輩ーっ!」
微かな期待を滲ませつつ、実弥が振り向くと、手を振りながら小走りに走り寄ってきた後輩は、何故か自分と同じパーカーを着ていた。しかも、何だかサイズ感がおかしい。肩がずり落ちるほどではないが、多少の違和感を感じる程度にサイズが大き目で、明らかに袖も余っている。手の甲などは、半分ほど隠れてしまっていて、いわゆる、萌袖状態だ。
いやしかし、あざといなお前。
スンと鼻を鳴らして、努めて無表情に「何の真似だ?」と問う実弥に、後輩は長いパーカーの裾を引っ張りながら、へへっと照れたように笑った。
「え…っと、これは、”先輩の家にお泊りした翌朝の彼女”です!」
その、あまりにあざと過ぎる答えに、実弥は危うく膝から崩れ落ちそうになりながらも、何とか足を踏ん張って堪えた。
「前から先輩のパーカー、カッコいいなって思ってて。ずっと、欲しかったんですよ」
何だ、この可愛い過ぎる生き物は。可愛い過ぎて、いい加減、心臓とあらぬところが痛い。後輩の破壊的可愛さに慄きつつ、それでも実弥は、平生を装って心臓と股間の痛みに堪えていたが、トドメの「ふふ。お揃いになっちゃいましたね」の一言には、強靭な実弥の理性も流石に耐えきれなかった。いやむしろ、この天然相手に、これまでよく頑張った方だろう。無言で萌袖の後輩の手を引っ掴み、ゾンビや魔女の溢れるハロウィンの人込みの中を、縫う様に擦り抜ける。
「先輩?」
足早に賑やかな大通りを逸れて、ひっそりとした人の少ない裏通りに紛れ込めば、ハロウィンにはお誂え向きの濃い闇色の世界が広がっている。それでも、可愛い子羊のような後輩は、まるで警戒心というものがないらしい。手を引かれるままに、前のめりになって付いてノコノコ付いて来て、「それで、先輩のそれは、何の仮装なんですか?」と、未だに能天気な事を言っている。それが、少々腹立たしいから、”トリックオアトリート?”なんて、選択肢は与えてやらない。
「教えてやろうか?」
暗がりで足を止めて、繋がった手の甲を指の腹でスルリと撫でて。一瞬、肩を震わせた後輩の腰を反対の手で抱き寄せる。息が触れるくらいまで顔を寄せたところで、ようやくの事で、困惑の表情を見せた子羊に気を良くして、実弥はニッコリと笑って、後輩の知りたがっていた答えを教えてやった。
「”可愛い後輩に、これから悪いコトをする先輩”」