笑い上戸に泣き上戸、怒り上戸に絡み酒。酒の酔い方は星の数ほどあるとは言うが。
・・・そうくるか。
実弥は、こたつに突っ伏したまま、赤い顔で管をまく弟を遠い目で眺めた。
「大体さぁ・・・兄ちゃんってズルいと思わねえ?頭いいし、格好いいし、筋肉もすごいしさあ」
「うんうん、実兄ぃはかっこいいよねー」
「おまけに家事もできて、DIYも出来て、料理なんかプロ並みだし」
「そうそう、玄兄ぃ、よく分かってる!」
「顔も超ぉカッコいいし。眩しいし・・・何か後光差してるし」
「いよっ!実兄ぃの生き仏!」
一体、これは何の羞恥プレイなんだと、実弥はしみじみ思う。例え世辞でも褒めてくれるのは有り難いが、ここまでくるともはや、嫌がらせだ。何が眩しいだ、生き仏だ。玄弥がそんなモンだから、妹弟達まで調子に乗って、やんややんやと囃し立てて、至極アットホームな雰囲気だったはずの誕生日会は、もはや宴会場と化している。ネクタイを頭に巻いたオッサン共が周りにいないのが、いっそ不思議なくらいだ。呆れながらも、お前も同じ顔だろと、実弥が言い返せば、案の定、酔っぱらいは「兄ちゃんは全っ然、分かってない!」と、こたつの天板を叩いてキレ始めた。
「見てよ!この睫毛!」
「自分で見れるか!」
「見てよ!今すぐ!鏡で!ひょいひょいって!上だけでもカッコイイのに、下も…下もなんて、ずるい!セクシー過ぎる!」
「兄ちゃんは、お前の頭が心配なんだが」
「白目の割合もさ、俺と全然違って、何か黄金率だし!」
「・・・白目の黄金率ってのはァ、何だ?」
「後さあ、後、あと、このデコのラインが、もう・・・もう…何か、俺・・・っ、」
普段はしっかりものの次兄が、終いには、訳の分からない事を喚きながら、ぐずぐずと鼻を鳴らし出すものだから、下の妹弟達は大ウケだ。誰だ、コイツに酒を飲ませた奴は。文句の一つでも言ってやりたい気分だが、折角のハタチの祝いだからと、飲ませたのが他ならぬ俺自身なので、ここは何を言われても我慢するしかない。
「玄兄ぃ、かわいそー」
「実兄ぃ、早くヨシヨシしてあげて」
「あ?」
いや、目出度くも今日成人したばかりの弟にヨシヨシはないだろうとは思ったが、ここまでくれば、もうどうにでもなれという気分で、何年か振りにすっかりとデカくなってしまった弟の頭を撫でてやる。鶏のトサカのような弟の髪は、硬そうに見えて存外柔らかい。久しぶりに触ってみれば、刈り込まれた部分と毛の長い部分との感触の違いが何やら面白く、散々褒め殺されたお返しにと、大袈裟にワシャワシャとやり続けてみたものの、意外に玄弥は大人しい。そのまま寝ちまったのかと思う勢いで、静かに後頭部を晒している。
「玄兄ぃ、嬉しそう!」
「・・・これがかァ?」
寝てんじゃねえのか?と呟けば、しっかりと首が一度だけ横に振られて、また撫でてくれと言わんばかりに、ヨシヨシの態勢に戻る。いや、お前、どんだけ。
「実兄ぃ、ぎゅうもしてあげて!」
「そうだよ!玄兄ぃ、ぎゅうして欲しそう!」
もはや、酔っ払い玄弥は猫か何かと思われてるんじゃないかだろうか。言い返す気力もなく、大人しく玄弥の後ろに回って、後ろから抱えるようにして、「こうか?」と妹弟達に訊けば、何故か「ちゃんと前からぎゅっとするの!」と怒られて、仕方なしに、図体のデカイ弟の体を抱き起して腹に抱え込む。クラゲのようなくにゃくにゃの玄弥は、酒のせいか俺よりもずっと、温度が高い。タチの悪い酔っぱらいは、実弥が渾身の力で抱き起した時には、これっぽっちも動かなかったクセに、腹に抱え込んだ途端に、のそのそと背に腕を回してしがみ付いた。いい年をした弟が、これはまた随分な甘えたぶりだ。
「玄兄ぃ、玄兄ぃ!実兄ぃのココ、空いてるよ!」
後ろで上がった声と一緒に、左右から小さな掌が伸びてきて、実弥が着込んだフリースのジッパーをぐいぐいと臍の辺りまで引き下ろす。何をする気だと思えば、空かさず、玄弥がそこに顔を突っ込んで来て、流石に慌てた。
「、っ!?」
「玄兄ぃ、どう?嬉しい?」
「実兄ぃ、なでなでも!」
「ぎゅうも!」
ケラケラと楽しそうに笑いながら、次々にあれやこれやと要求してくる妹弟達に、実弥が目を白黒させていると、首まで朱に染めた玄弥が、ふはっと小さく噴き出すように中で笑った。腹に掛かる生温かい息が、擽ったい。
「お前・・・本当は酔っぱらってねえだろ?」
「酔ってるよぉ?」
「嘘つけ」
真の酔っぱらいは、酔っぱらってるなんて言わねぇんだよ。
それでも、酔っぱらってるんだと主張して止まない弟のリクエストに応えて、腹に力を入れて膝の上に抱え上げて抱き締め、思い切り、その頭も、背も、腰も、ケツも全部も、撫でに撫でてて甘やかしてやる。何せ、この似非酔っ払いは、本日の主役なのだから。その内に、見るだけでは飽き足らなくなった妹弟達まで、「私も」「俺も」と、玄弥の背にくっついてきて、後ろからも前からも、苦しい位に抱き締められて、本日の主役はご満悦だ。
「実兄ぃ!ちゅーも!」
「え”、」
「・・・さぁて、どうすっかなァ?」
時計の針が上を向くまでが、誕生日。果たして、どれだけのリクエストに答えてやれるか。ここは長兄の腕の見せ所だと、実弥は笑って玄弥の両頬を掌で挟み込んだ。