花零し【白←鬼】ふと朝、目が覚めると枕元に花びらが散らばっていた。
硝子の様な花びらに触れて昨日はこんなものなかったのに、と寝呆けた頭を少し掻いた。
たまの休み、二度寝でもしていつもの寝不足を解消させようかとも思ったけれどどうにも花びらが気になって寝る気にもならず布団から出て顔を洗いに洗面所へ向かう。
さて、あの花びらはなんなのか。
一子と二子の悪戯だろうか、そういえば前トトロごっことか言いながらお花屋さんの真似事をしていたような、なんて考えて顔を洗ってそれからまた自室へ戻る。
そして花びらの一つを手にとって光にかざせばキラキラとした美しいそれに少し見惚れ、まずは一子と二子に尋ねてみようと懐にしまった。
一子と二子を見つけて花びらに心当たりがないかと尋ねるといつもの無表情で「知らない、やってない」と答えられた。
2人は嘘は吐かない。2人がやっていないのならそれは真実だろう。
そうですか、と答えて2人の頭を撫でれば大きな目をぎゅ、と閉じて大人しく撫でられ続ける。
そんな2人を愛おしく思いながら、ではこの花びらはどこからきたのかとまた考えた。
どうにも見当がつかなくていよいよ最終手段として腐っても知識の神である白澤さんの所へ行くことにした。
無知を晒すようで余り気乗りはしなかったが分からず悶々とするよりかは幾分マシだ。
そしていつものように極楽満月の扉に手をかけて中を伺えば白澤さんは人の顔を見るなり明らかに眉を顰めた。
「随分なご挨拶ですね」
あくまで接客業の貴方がそんな態度でいいんですか、と嫌味のように言えば白澤さんは罰が悪そうに口を尖らせた。
「何の用だよ」
早く帰れと言わんばかりに切り出す白澤さんに手短かに今日の出来事を説明する。
花びらの一つを手渡して言葉を続ければ白澤さんは私の説明を聞きながら花びらを光にかざしたりくるくる回したりと忙しなく観察する。一通り説明を終えて白澤さんが口を開く。
「花零し病」
聞き慣れない名に首を傾げれば白澤さんは更に言葉を紡ぐ。
「お前はきっと寝ている時に泣いたんだ。涙が花びらになる病気。花びらが零れる度その視力は衰えてく。初めてならまだそこまで視力に違和感はないだろうけど…」
不可解そうに白澤さんはその病の詳細を説明する。
「その零れた花の花言葉によってその人が何で花零し病になったかが決まるんだけど、これの他に花びらはあった?」
いつものヘラヘラとした雰囲気ではなく、真剣そうに尋ねてくる姿に少し戸惑いつつ覚えていた花の名を口にする。
「そちらの紫陽花の他にチューリップ、白薔薇、雪の下が」
そう答えれば白澤さんは「移り気、博愛、叶わぬ恋、永遠の愛、尊敬、いじっぱり」と花言葉らしきものをブツブツと呟く。
そんな白澤さんを眺めながらぼんやりと考える。
この病は治るのだろうか。
そう考えつつも本当は薄々勘付いている。きっとこの病は。
手を口元に置いていつもよりも真面目に考え込んでいるそんな姿を眺めているのもなんだかばからしくて目を閉じた。
「お前、もしかして」
暫くそうしていると白澤さんが口を開いた。その声に目を開ければ訝しむ様な目とかち合う。
「…何か」
「花言葉で考えるとさ、お前が誰かに恋をしてるってなるんだけど?」
いつか言われると思った言葉に妙に安心した。
病の詳細を耳にした時点で薄々勘付いていた。
叶わぬ恋、いじっぱり。それだけでも十分すぎる。
その言葉を聞いてまた目を閉じる。沈黙は肯定の意だ。
「驚いた、お前が恋ね。それなら治療法は一つ。意中の相手と結ばれる事。それで花零し病は治る」
そういう白澤さんの声も無視して沈黙を保つ。
そんな簡単にいくものか、と責めたい言葉を呑み込んでただ押し黙る。
この思いを口にする位なら、彼が誰かの隣で笑うのも見えない様に盲目になっても構わない。
叶わぬ恋の矢印は白澤さんへ、私の伝えられない想いは瞳から硝子の様な花びらとなって行き場をなくしてただ零れ落ちるだけ。
ただ、それだけの話だ。