プロポーズの話【白鬼♀】 好きな人が出来ました。
だから、彼女を手に入れる為にどうするべきか考えました。
その考えた結果が彼女を孕ませることだったのは至るべき結果で、中々な妙案だとその時の僕は考えていた。
その好きな人と言うのも地獄の閻魔の第一補佐官である、あの常闇鬼神の鬼灯だ。
僕と鬼灯の仲と言えば会えば喧嘩ばかりの犬猿の仲であり、所謂セフレの様な関係だった。
あの朴念仁とそういう関係になったのは最初はただの好奇心、次に利害の一致。
アイツとなら別れも後腐れなさそうだったし、アイツ自身お得意のワーカホリックで夜の方は中々ご無沙汰らしくってまぁ、流れで。我ながら最低な理由だったとは思う。
でもそれでも、最中のアイツは普段と違って可愛いと思ったのは本心だ。断じて嘘じゃない。
かと言って普段はあの通り、殴るわ投げるわ可愛くない発言ばかりでやっぱり好きになれはしなかったけれど。
その気持ちの変化に気付いてしまったのは茄子くんとの展覧会の話し合いの時だった。
茄子くんの口にした「鬼灯様が獄卒に呼び出されていた」たったのその一言に、僕は酷く動揺した。別にこれといった何かが気になった訳じゃない。ただ獄卒の誰かに呼び出されていた事実にこの僕が狼狽えたのだ。
そして僕は自覚する。あの可愛くない鬼神に近付く誰かに嫉妬の念を抱いているということに。
それからは顔を合わせてもいつかこいつが誰かのものに、なんて考えが頭を過ってまともに顔も見れない始末で、 終いにはどうしたらあの朴念仁を自分のものに出来るのかという事ばかりを考えるようになった。彼女と付き合うには、彼女を他の誰にもとられないためには…。いつも以上に真面目に考えて、悩んで、そして僕は一つの結論に至る。
あの朴念仁を孕ませよう。
そうすれば子供という足枷で鬼灯は否応なく僕のものになる、そう安直ながらに考えて冒頭に至ったのだ。
そう決めてからの僕の行動はとても早かった。
次の逢瀬の最中に鬼灯の胎内に僕の子種を植え付けた。
僕の下で組み敷かれている朴念仁はそんな事もつゆ知らず、唇を噛んで声を押し殺している。いつもコイツはそうだ。良い所に当たっても唇を噛んで声を漏らさない様にする。声を出させようと口を合わせようとしたら「口付けなんていらないでしょう」と冷たく一蹴された事もあった。コイツは指を噛んだりシーツを噛んだりして頑なに声を出そうとしないのだ。
そんな事せずともいいのに、なんて思いながら鬼灯の胎があるであろう腹部を撫でる。
もう少しでここに僕と鬼灯の子が出来る。そう考えただけで嬉しくて舌なめずりをすれば鬼灯がひどく不快そうに舌打ちをした。
いつもならそんな鬼灯の姿を可愛くない、と思うのだが今日はなんだかそんな鬼灯の姿さえも愛おしく感じた。
子種を植え付けてからはじっと待つ日々が続いた・鬼灯の身体に何か異変はないものかとそれはもうそわそわと待っていたのだがでも待てど暮らせど鬼灯に体調の変化は見られない。それどころか待っている内に鬼灯が極楽満月に使いのものを寄越すようになった。
その使いとして来る茄子くんや唐瓜くんに「あの朴念仁は」と尋ねると二人とも口をそろえて「分からない」、「頼まれた」と答えるばかり。どうにも僕はその回答が引っかかって次の納期の薬は閻魔殿へ届けに行く、と茄子くんに閻魔殿に行く許可を貰った。
そして次の納期の日、閻魔殿に薬を届けに行くとそこに鬼灯の姿はなく、閻魔大王が一人でデスクワークに勤しんでいた。いつもなら閻魔大王の傍に寄り添う様にして凛と立っている筈なのに、と僕はそれを見て少し期待した。そしてその期待を確信のものにするために閻魔大王に薬を渡しつつ尋ねる。
「あれ、あの一本角は?」
そう尋ねると閻魔大王は待ってましたと言わんばかりに口を開く。
「なんだか最近体調が悪いみたいなんだ、白澤くん、申し訳ないけど診てもらえないかな」
酷く心配そうに言う閻魔大王に僕の期待は確信のものとなる。
きっと鬼灯は僕の子をちゃんと孕んだんだ。
にやけそうになる口元を手で軽く押さえつつ平然を装って「我知道了」とだけ答えて鬼灯の自室へと足を進める。そして鬼灯の自室の扉の前に立つ。もう少し、もう少しで鬼灯は僕のものになる。アイツの象徴の鬼灯のマークが視界に入る。堕胎薬として使われていた酸漿の名を持つアイツが僕の子を孕む。
それもなんだか少しおかしな話だが、今はそれさえもどうでもいい。このドアの向こうに、僕のものになる鬼灯がいる。早くアイツの顔が見たい。逸る気持ちを抑えて、ドアを三回ノックした。
ノックをしたは良いが返事がない。そんな事態に首を傾げながら扉に手をかけた。
「おい、朴念仁いる?」そう声をかけながら部屋に足を踏み入れれば暗闇の中から小さく舌打ちの音が聞こえた。
「いるなら返事くらいしろよ」
そう言いながら部屋に灯りを点せば鬼灯は横向きで布団に入っていた。
目元まで深く被っていた布団を少しおろして、僕の声に小さく「聞こえなかったんです」とだけ答えてまた布団を深くかぶる。
鬼灯の布団の端に腰かけて僕は「体調よくないの?」と改めて確認をする。鬼灯は答えない。
「…眩暈がしたり息苦しかったり吐き気がしたり腰が痛かったり?」
そう、カマをかけてみれば案の定鬼灯はガバリ、と起き上がって「あなた、何か知っているんですか」と僕の胸倉を掴んで詰め寄ってくる。妊娠の兆候であると思われる微熱からくる発汗だろう、鬼灯の頬に浮かんだ汗がじわり、と頬を伝う。詰め寄られても特に何をするでもなく僕は鬼灯を見続ける。そして胸倉を掴んでいた鬼灯の手に自分の手を添えるようにして下ろさせる。
「ダメだよ、急に動いちゃ。この子がびっくりしちゃうでしょ」
鬼灯の腹部を撫でながら僕は言う。鬼灯は僕の言葉と行為で状況を察したのか眉をハの字にして僕を見上げる。
「あなた、まさか…」
怒りとも絶望ともとれる表情で鬼灯は尋ねる。皆まで言う前に僕は答える。
「うん、お前のここに、僕とお前の子を作った」
目を伏せてそう言ってまた鬼灯の腹部を撫でればその手は払われ、鬼灯は怒声を発した。
「あなた何考えてッ…」
その言葉の途中で鬼灯の口を手で覆う。
「だから、安静にしてないとお腹の子に障る」
僕の手を払おうと伸ばされた右手を掴んで布団に押し倒して鬼灯を見下ろしながら僕は言う。
「お前は絶対に僕のものにならないだろ、でも僕はお前が欲しい。僕とお前を繋ぐには子供が一番いいと思ったんだ」
鬼灯の口を覆っていた手を離して右手で鬼灯の左手首を布団へ押さえつけて更に動けない様にすれば鬼灯はまた絶望したような顔で僕を見上げた。
「あなた、正気ですか、いつも嫌いだ嫌いだって口走ってる相手に身ごもらせて…」
「うん、僕もお前の事大嫌いだって思ってたよ。お前が他の男に呼び出されたって聞くまではさ。それ聞いて気づいちゃったんだよね。他の男にお前をとられたくないって。だからとられない様にこうしたんだ。これでお前は僕のものになるだろ」
いつも通りにヘラヘラ笑いながらそう答えれば鬼灯は手を払おうと身動ぐが、たかが鬼女の力と神獣の男の力、到底覆らない。
「うまくいくか少し心配だったんだ。子を孕ませるようにヤるの初めてだったし、それに神の僕の子にお前の胎が耐えられるか、って。良かったよ、成功してて」
ちらり、と鬼灯の腹部を見て僕は言う。この中に僕と鬼灯の子供がいる、それだけでにやけそうになる。
「お前は優しいからね、おろすなんて出来ないだろう」
僕の下で唇を噛んで組み敷かれながら睨みつけてくる鬼灯に僕は最後の言葉を告げる。
「神の子を孕んだ気持ちはどう?」
そう笑った瞬間鬼灯は押さえつけられていた僕の右手に思い切り爪を立てる。
「子供くらいで私を縛れると思わないで下さい」
先ほどまでの表情から一変していつものように凛とした強気な態度で僕に言った。
その鬼灯の顔が余りにも勝気で僕の今までの全てが無意味になってしまうような気がして慌てて鬼灯の手首を掴んでいた手を離して思わず立ち上がる。鬼灯は掴まれていた手首を摩りながらむくり、と布団から起き上がる。僕はそれを見ながら声をかける。
「子供がいても、それでも僕のものにならないの」
「今時シングルマザーだっておかしくはないでしょう。別にあなたのものにならなくても、私は生きていける」
鬼灯は諦めた様に自分の腹部を撫でて言う。それから顔をあげて僕を見る。
はたり、と僕と鬼灯の目がかち合う。そして鬼灯は訝し気に口を開く。
「あなた、なんて顔してるんです」
そう指摘されて僕は気付く。ぽろぽろと雫が頬を伝っている事に。
「子供ですか、あなたは。思い通りにならなくて泣くなんて」
言いながら鬼灯は寝台の隣の棚に置いてあったハンカチをとって僕に差し出す。僕はそれさえも受け取れない。そんな僕を見て鬼灯は小さく「一人だけ傷ついたような顔しやがって」と小さく舌打ちをする。それの意味も理解できずに僕はただぽろぽろと涙を零すだけ。
「ねえ、鬼灯好きなんだ。僕だけのものにしたいんだ。お願い、僕の事好きになって。僕だけ見て」
ぐしぐしと手首で涙を拭いながら僕はみっともなく懇願する。
絶対にうまくいくと自分の中では確信のあった作戦は蓋を開けてみれば穴だらけでもう到底成功するとは思えない。最悪、僕はただ嫌われる為だけに動いていたといっても過言ではない。そう思うと居てもたってもいられなくて自分の本心を吐露していた。
すると鬼灯は手を伸ばして僕の涙を手にしていたハンカチで拭う。
「初めから、こんな事せずそう言葉にすれば良かったんです。急に子だなんだと…呑み込める訳がないでしょう」
「でも、お前は僕を好きになんてならないだろ」
僕の頬や目元をハンカチで拭う鬼灯の手を拒むこともせずそう答えれば鬼灯は溜め息一つ。
鬼灯の顔も見れずに目を伏せて、拳をぎゅっと握りしめる。
「そもそもその前提から間違っているんです」
僕の頬を撫ぜるのをやめて自分と目線を合わせるように僕の頬を両の手で包む。否応なく僕の目と鬼灯の目は合わされる。いつも通り凛とした芯のある目をした鬼灯は「いいですか、よく聞きなさい」と言葉を紡ぐ。
「私が好きでもない人に体を許すとでもお思いですか」
その言葉に僕は阿呆みたいな声を出してしまう。
それから、僕の頬に当てられた鬼灯の手に重ねるように僕の手を置いて鬼灯の体温を感じながらに尋ねる。
「ねえ、自惚れちゃうけどいいの」
「自惚れればいいんです」
そう堂々という鬼灯の意を僕は察して唇を噛んで俯く。
「…もうさ、本当、お前には敵わないよ」
俯きながらにそう言えば鬼灯は「それよりも」と言葉をせがむ。
「もっと大事なこと、言わないといけないんじゃないですか」
何を、と尋ねようと顔をあげれば鬼灯は視線を自分の腹部に落としてから、また僕を見た。
鬼灯は、僕の言葉を待っている。お付き合いをすっ飛ばして暴走した僕を許そうと出来る言葉を待っている。
「…僕と番になってください」
鬼灯の手をきゅ、と握る。少し自分でも声が震えていると感じた。
「僕の子供を産んで、僕と家族になってください」
震えながらに言えば僕の手の下で鬼灯の手は僕の頬を抓る。痛さに目を閉じれば鬼灯はいつもの声色で僕に言う。
「…情けない顔しないでくださいよ」
鬼灯は少し楽しそうにそう言って小首を傾げる。
「良いですよ、白澤さん」
その言葉を聞いて落ち着きかけていた涙はまた溢れ出ていく。
止めることも出来ずに服の袖でぐしぐしと拭い続ける僕を見て鬼灯は目小さく眉を寄せて言葉を放つ。
「そんなんでお父さんになれるんですか?貴方」
鬼灯はまた呆れたように嘆息するが、もうそれさえも気にせずにボロボロと僕は泣いて鬼灯に抱き付いた。寧ろ鬼灯の言ったお父さんになる、という言葉が嬉しくて更に泣いたと言っても過言ではない。 僕の頬に置いていたため宙に浮いて手持無沙汰になった鬼灯の手は、一瞬戸惑った後に僕の背中に回された。そして耳元で鬼灯は小さく尋ねる。
「あなた今、どんな気持ちですか」
鬼灯の問いに僕は顔を鬼灯の肩から離してから、鬼灯の頬を僕の両手で包んで笑う。
「しあわせすぎて、しんじゃいそう」
それから鬼灯の角をうまく避けつつおでこに一つキスを落として鬼灯の顔をじっと見る。鬼灯もじっとこちらを見つめて「何か」を気恥ずかしそうに尋ねる。
「ねえ、キスして良い」
「…聞くな、ばか」
野暮な質問をした僕に鬼灯は呆れたようにそう答える。
その答えを聞いて僕は、初めて鬼灯の唇にキスをした。唇を離してから僕は改めて言う。
「幸せにするからね、…多分」
弱気な事を言う僕の頬を抓って鬼灯は珍しく微笑んで言う。
「幸せにしなきゃ許しません」
それから暫くのこと。
神獣白澤と鬼神鬼灯の間に授かった子が無事に産まれ、白澤がひどい親バカぶりを発揮したのは言うまでもない。
そして更に白澤は、今までの女癖はどこへやら。気付いたら天国一の愛妻家になるのだがそれはまた別のお話。