花よ花よ「どうして俺なんだ?」
真夜中、ベッドの上でロナルドくんは言った。
外は満天の星が輝く新月で、時折吹く夜風が心地良い。ブランケット一枚でちょうど良いような気候だが、この城の一室は窓も締め切ってしまって湿度の高い空気が籠っている。
先ほどまでの情事の名残も色濃いそこで、今更どうしてそんな事を尋ねられたのかわからず、ヘッドボードに緩くもたれかかって座っていたドラルクは思わず隣に寝そべるハンターを見下ろした。
ふむ、と顎に手を当てて考える。
「どうして、というなら、ロナルドくんこそどうして身体を許したんだい?」
「質問に質問で返すもんじゃねえ」
呆れたように溜息を洩らされて、くすくすと笑う。
「ごめんよ。そうだなぁ……花の綻ぶところが見てみたかったから…かなあ?」
目線を流せばふいっと逸らされる。
「……随分と詩的だな」
聞いておいて興味のなさそうな無愛想な返答だが、背けた首元がほんのりと赤く色付いて照れ隠しが隠しきれていない。
いつも完璧に退治人服を着て手袋をはめて、極限まで肌を見せないロナルドの、その鉄壁の下の皮膚がこんなにも雄弁だと知れた。それだけでもこうして身体を重ねた価値があるとドラルクには思えた。
「ロナルドくんは?」
でも欲張りな吸血鬼はまだ満足できず、更に知りたがる。
この気高い薔薇の花のような美しく苛烈で棘を含んだ、退治人…今日からもう少し踏み込んだ関係性の名前で呼んでもいいだろうか?もうただの知り合いなんかじゃないと思うし。友人、とか?とにかくこのロナルドという男の事を、もっと、もっと知りたかった。
「俺は、お前が……」
律義なところもあるこの退治人は、きちんと答えをくれようとする。
けれども途中で言い淀み、視線を泳がせて、そうして顔を伏せてしまった。
「お前が……優しくしたりは、しないだろうと…思って……」
「おや、痛いのが好みだったかな?」
やっぱりMッ気が…?
首を傾げて問えば焦ったように思わず顔を上げたロナルドくんがこちらを見て、バチッと視線が合った瞬間にまた目を逸らす。顔が赤い。
「そうじゃねえけど…っ、でも……」
煮え切らない返答は普段の俺様ロナルド様の不遜な態度からかけ離れていて、そんな一面もドラルクを楽しませる。
「次はもう少し手加減なしでも大丈夫ってコト?」
ふふ、と思わず漏れる笑いにビクッとロナルドの肩が跳ねあがる。
「……つ、次があるのかよ」
「ロナルドくんがどうしても嫌でなければ、是非」
慇懃に胸に手を当てて言ってみたが、目は合わない。
「……嫌、じゃ、ねぇよ。でも優しくされると、少し、勘違いする」
だから優しくはするな、と言う。
その鍛え上げられた身体の肩がふるふると震えているのを、どうにも優しく甘やかしてやりたくて仕方なくなってしまう。
今、優しくするなと言われたばかりだ。
ただの相棒もどきの吸血鬼と退治人から、セックスもする友人に格上げしてもらえたばかりなのだから、言う事を聞いてロナルドの思う通りに接してあげる方が良い。
ここで素直に従って、次に繋げて。何度も関係を持てばもっとこの花は綺麗に咲いてくれるだろう。
いつかこの花が自分の為だけに咲いたら、きっと、きっと何よりも美しいだろう。
吸血鬼は美しいものが好きだ。そして悠久を生きる種族らしく気も長い。
いつかの為に、今は我慢すべきだ。
そう、ドラルクは結論付けて。
「わかったよ」
と恭しく答えた。
そうしてようやく顔を上げたロナルドと目が合って、その長い前髪の隙間から見つめる蒼穹の瞳が潤んでいるのを見て。
我慢できずに抱きしめた。
まだ初めて一度許されただけだ。
次への布石を打って。
ここは引いて、また後日。
そう思うのに。頭ではそう考えているのに。
どうしても、この腕の中の温もりを手放せそうになくて、困った。
ああ甘やかして優しくして柔らかく包んで離したくない。
『一度抱いただけで彼氏面する男』になりたくないのに。
「やっぱり……次も優しくするよ。優しくしたい。駄目かな?」
「勘違いするっつってるだろ」
抱き寄せた腕を突っぱねて離れようとするロナルドに、もうどう足掻いてもこれ以上隠し通すことが出来なかった。
「勘違いじゃない。好きだよ。ロナルドくんの事が、好き……」
こんなはずじゃなかった。
プリザーブドフラワーのように、気高いキミをガラス越しに愛でるつもりだった。吸血鬼の…年上の余裕とか、そういうのを発揮してみせるはずだった。
どうして、どうしてこんな無様を晒しているのか。理解できない。
理解できないけれど、びっくりしたように腕の中で固まっていたロナルドくんが、ほぅ、と息を吐いて。
そして、甘い吐息混じりに、俺も。と言って。
大輪の花束をどれだけかき集めたって到底太刀打ちできない様な幸せそうな顔で笑うので。
この日からドラルクは『一度抱いたので堂々と彼氏面する彼氏』になった。
END