喪失ロナルド君が死んだ。不慮の事故であった。道路に飛び出した子供を助けようと身代わりに轢かれ呆気ないものであった。私は漠然と葬儀に参列し、漫然と事務所に戻った。いつもの事務所にロナルド君が居ないことが不思議でならなかった。ジョンは私を気遣うようにヌーヌー言っていた。そうやって夜が更けてしばらくして、衝動的に迎えに行こうと思いついた。
墓暴きには入念な準備が必要だった。夜が更けるのを待ち、御真祖様の便利グッズと移植ごて、ブルーシートにロープと最低限必要なだけの道具を抱えるだけでも死にそうになり、結局墓地まで三往復する羽目になった。こんなことならもっと鍛えておくんだった。だけど、これは他ならぬ私がやり遂げなければならない。百合が置かれているまだ柔らかい土に鏝を突き立てる。
「君いつまで死んでるんだい?」
ようやく棺桶まで掘り進めることが出来た。私の寝台とは違い簡素な造りのそれはずいぶんと寝心地が悪そうだ。こんなに安普請ならワンパンで壊せるんじゃない?そんな揶揄いにもロナルド君は無言しか返してこない。
御真祖様が作った道具を取り出す。空間転送?テレポート?そんな謳い文句が書かれた布を棺桶に被せる。さんにいいち…はい!で棺桶は跡形もなく消え去った。穴の外では穴掘りに多大なる貢献を果たしたジョンが土塗れで待っていて、心配そうにヌーと鳴く。
「これから井奈加町に行くよ」
先程の御真祖様グッズを身に纏い、ジョンと私の体をすっぽりと包む。おあつらえ向きに雨が降ってきて、私達の悪事を洗い流してくれそうだった。
私とジョンは旧ドラルク城近くにある森にいた。山間部に位置するこの町は雪深く、見渡す限りの雪景色であった。ロナルド君も無事到着していたようですぐ側に棺桶はある。棺桶の蓋を開けると最初に組まれた両手が見え、次に赤いハットが目に入った。帽子を入れるか最後まで迷った。だけどいつも通りの格好でいなければ戸惑うだろうと強く彼の兄に言ったのは私で、そんな様子を見た彼の兄は傷ついた顔をしてそうじゃな、と短く同意した。銀糸に縁取られた瞼は固く閉じられたままで開く気配はない。私はロナルド君の手に触れた。いつもは火傷しそうな熱さのそれが私の体温と同じくらいに下がっていて、火を熾さなければと立ち上がった。火に焚べられそうな枯葉や小枝はあったが雪の上だとすぐ消えてしまう。そんな時は岩か灰の上で火をおこすのだと教えられたのを思い出し、左腕を切り落とした。集めた小枝分の面積に塵を広げ、その上で焚き火を熾す。
このまま死なせておくには勿体ない。サステナブルだか持続可能だか知らないけれどこのまま土に還すには余りに惜しい人間だった。
「ドラルク」
振り向くとそこにはおじい様がいて、なにやら悲しげに佇んでいた。
「ドラルク帰ろう」
「ええ、だけど、ロナルド君が」
起きてこないんですと言いかけて口を噤んだ。ロナルド君は死んでいて、葬儀まで済んでいるのであった。
「もう会えないのだよ」
そんなはずはない。昨日だって面白おかしく過ごしていて、ご飯もたらふく食べたのだ。今だってそこに眠っているし、もう会えないってことは無い。
おじい様は焚き火を消し、私の塵をかき集めた。私の左腕を型どってから元通りに付けようとしてくる。
「やめてください」
自分でも思いのよらない言葉が出てきてびっくりする。口を閉じようにもとまらない。
「ロナルド君がいないのに、私が、私だけがここに、何も変わらなくいて、いいはずがないじゃないですか」
「そうだね」
「ロナルド君は、私は、」
何が言いたいのかも、何を感じているのかもわからなくなる。立ちすくんでしまった私に慰める言葉なんて私は持っていないんだとおじい様は言う。
「長命の者の定めとしか言えないね」
おじい様でも度がし難い事なら仕方がないかと妙に冷静になる。さっき言われた「会えない」がじわじわと意味を生してきて、これが喪失かと初めて理解した時、ゆっくりと自分が砂になっていくのがわかった。