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    kochi

    主にフェリリシ

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    kochi

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     鈍い音がした。音に気を取られている状況じゃなかったけど、砕けた音は耳にこびり付いた。
     気にしなくていい……きっと、そう言うと思う。わたしもそうして割り切るべきだと思う。
     でも、やっぱり大切にしたかった。名残惜しく折れた剣の柄を撫でて胸に抱いた。


     訓練後の道中で随分沈んだ様子で現れたから、何かの緊急事態かと身構えた。

    「すみません、実は……」

     目を落として切り出された話は、予想よりずっとくだらなくてフェリクスは息を吐いた。

    「気にする事じゃない」

     哀しげに折れた剣を見せられてもフェリクスは動じなかった。何しろ、彼にはくだらない事だから……しかし、それでもリシテアの心は晴れなかった。

    「フェリクスならそう言うと思ってましたが、わたしの不注意で壊してしまいましたから……」
    「不注意も何も、身を守れたんだから十分に役目を果たしただろ」

     想定通りフェリクスの返答は素っ気なく、気にし過ぎと再度言われてしまうリシテア。

    「でも、あんたの思い出の品でしたから。ちゃんと返せばよかったと思ってて……」
    「そう言われてもな。倉庫に仕舞われたままより、使い果たされた方がよっぽど良い。気に病む必要がない」
    「そうなんですが……元はあんたの物ですから」
    「返されても困る。どうせ使わなかった」

     フェリクスがリシテアに剣を貸したのは、およそ五年前の学徒の時。彼は貸した事さえ覚えておらず、今彼女に言われて記憶を掘り起こしている。──あの頃のリシテアは体も小さく腕も細くて、およそ武人には程遠かった。学校が用意した練習用の剣でも体躯に合わず、素振りをすれば腕が抜けそうなくらい非力だった。
     交換条件で剣術を請われて引き受けたは良いが、まずは似合った武器にしないと危なっかしい故、フェリクスが持っている小剣を貸していた経緯だったはず、と思い出していく。

    「そういえば、補習は免れたのか?」
    「なんで、そういうところを覚えているんですか! ええ、おかげ様で及第点でした。だから申し訳なくて……」
    「貸していたが、お前に上げたようなものだ」
    「そうですけど、わたしは借りていた身ですから。授業や戦場でも助かってました。手入れしていたんですが、実は相当摩耗していたようで……」
    「というか、まだ使っていたのか? 今のお前なら鉄の剣くらい握れるだろ。身の丈に合ってないを使ってたら、かえって危険だぞ」
    「わたしは剣を使う事が少ないですし、馴染んだ物の方が安心できます。それに、軽いと呪文が唱えやすいですし、移動も妨げません!」

     そう言うなら、とフェリクスは納得する。リシテアは魔法職で剣よりも杖を携え、物理より魔法の方が遥かに強い。課題と生存率を上げる意図で剣術を覚えており、得意の魔力を活かした魔法剣は効果絶大──と言っても、当たらなけば意味がなく、前衛に出て剣を振るう事は滅多にないが。 

    「どちらにせよ、お前にはもう不要だったんだろ。剣にも寿命がある」
    「そうかもしれません……」
    「それで、当てはあるのか?」
    「当て?」

     呆けた回答が返ってきて、フェリクスは眉を顰める。リシテアの反応から容易に察しが付き、彼女の手にする折れた刀剣を検分していった。

    「根本から粉砕されて焦げがある。打ち合いで折れたようだが、お前の魔法剣で随分摩耗していたな。魔力を乗せる想定で作られてないんだからよく保った方だ」
    「ちょっと見ただけでわかるんですか……」
    「あまり見ない折れ方だからな」

     剣術さながら剣の収集も趣味なフェリクス故に一眼で理解した。
     リシテアの魔法剣は強力だからこそ武器への負荷は大きく、量産品の物では耐えきれない。今日まで耐えれたのは、念入りに手入れをしていたからだろう、と悟る。

    「とりあえず行くぞ」
    「え? 何処ですか?」

     有無を言わさず、唐突にフェリクスは歩き出した。突然の事で驚きながらリシテアは後を追いかける。

     人通りの多い市場の中の一軒に足を止めた。不安だったリシテアは店の前で、ようやく心を落ち着かす。

    「武器屋ですか」
    「他に何処がある?」
    「わたしは馴染みがないんですよ」

     言われてしまえばそうだが、武器を失ったのであれば新たに調達しなければならない。となれば、行くべき場所は武器屋。
     リシテアは魔法が主で、武器は杖や護身程度の剣だったため訪れる機会が少なかった。顔馴染みとなってるフェリクスは早速店主と話し、彼女に合いそうな武器を見繕ってもらう。

    「生憎だが、うちにはないね〜……まあ条件次第でできなくはないが」

     そう言って店主は交換条件、もとい商談を持ちかけてきた。

     ★★

     熱い……とても熱い……一刻も早く脱出したい。
     そう感じずにいられない場所に二人はいた。灼熱地獄という名は伊達ではない。

    「まさか、また此処に来るとは……」
    「文字通り火傷しそうですよね」

     もう二度と足を踏み入れたくない灼熱の谷アリルで、彼らは沸き出る熱波を浴びていた。
    正確には、アリルの谷手前の山村付近なのだが、地獄の熱はよく行き渡っている。

    「さっきすれ違った方がいっていましたが、近くに温泉地があるようですよ。こんなご時世ですから寂れてるようですが」
    「こんな所に温泉があるものなのか?」
    「まあ火山ですから? ……あっ、採掘場はこっちの方ですよ」

     地図を確認してリシテアが方向を示していく。──二人がこんな所に訪れたのは、もちろん訳がある。
     『我々は武具を生業にしています。当然、それらを鍛える品も選りすぐっており、時には金銭より貴重な素材の方が価値があります!』から始まった語りからの交渉は、喋る暇さえ与えてくれなかった。

    「すみません、わたしの武器のために……」
    「そんなつもりはない。俺は、希少な石を施す剣に興味がある!」
    「あんたのことですから嘘偽りないでしょうが……台無しですね」

     ロマンスがない。フラグへし折りの理由が彼らしく、逆に頼もしく感じた。
     リシテアの新しい武器のために、彼らはアリル付近で採れる石……所謂、宝石の原石を探し求めて来た。彼女の魔力に耐えれる剣はそう見つからず、案の定武器屋には置いていなかった。
     しかし、幾多の兵や魔法部隊の武具を扱う店主は只者でなく、素材を持ってくれば個人に合わせて作れるとのこと。要するにお使い依頼だ。

    「アメジストだったか? 持ってこいと言ってたのは」
    「ええ、原石ですが。熱いマグマが蔓延る山間や洞穴などで採れる石は魔力を帯びて、高い魔防の力を秘めているという話です。女神の怒りを表すアリル所以だからでしょうか」
    「何百年だか前の昔話に肖るのはどうかと思うが、武器職人が言うのなら信用できる」
    「同感ですね。宝石は熱反応によって色彩や結晶が変化すると聞いてますから、此処が採取地なのは理に適っていますよ」
    「うまく事が運ぶといいがな」

     キョロキョロと見回して探していき、ほどなくして洞穴の採掘地を見つけた。浅い穴で安全地帯なのか自由に出入りして良いらしく、ご丁寧にツルハシやシャベルなどの道具一式も揃えられている。

    「そこらに採掘地があるから勝手に掘っていいと聞いたが……雑過ぎないか」
    「一攫千金の宝石掘りが流行った時の名残でしょうか?」
    「そんなのがあったのか……」
    「レスターだと工芸品や美術品の素材は高く買い取られますから一時期流行ったんですよ。今回は小さな原石で済むようで良かったですね」

     他国の知らぬブームに驚きつつ、フェリクスとリシテアは洞穴に向かい採掘体制を整えていく。自由に掘っていい環境に管理がどうなっているんだと思うが、そこは彼らに関係ない。
     メットを被り、ツルハシを装備した二人はどこかの工事現場にいそうな出立ちに趣がある……。

    「俺が掘る。お前は地盤の確認や外から敵が来ないか見ていろ」
    「わかりました。あっ、硬い岩盤なら任せてください! 掘るより魔法で吹き飛ばした方が良いですよね」
    「埋まるからやめろ」

     釘を刺されたリシテアは力強く掘っていくフェリクスの邪魔をしないように飛び散る石や瓦礫の中に目当ての物がないかと探しては、掘りやすい所を探していった。
     そして、ほどなくして目的の石は見つかった。

    「紫色、ですね。よく見ないと石ころと間違えそうですが」
    「それっぽいのを幾つか持って帰れば、どれか使えるだろ」
    「大雑把ですね……といっても、わたしもヒルダのように目利きできませんし、現状だとそれが堅実ですね。採掘掘りが目的ではないですし」
    「いい加減暑い……」

     アメジストの原石を幾つか見繕って、二人は現場を後にした。
     泥や砂で汚れてしまったフェリクスをリシテアは気遣うが『採掘掘りか……悪くないな!』と良い鍛錬を見つけて満足気の彼に呆れた目を向けてしまっていた。
     道中、あまりにも汚れた二人を見かねた通行人に温泉地へ案内され、そこで一泊する流れになったのだが、疲れ果てていた二人は温泉入浴後すぐに各々の部屋で爆睡してしまう。 灼熱に近い環境での慣れない採掘作業をすれば、疲労困憊になるのは致し方ない。
     当然、ロマンやフラグが立ちようがなかった。

     ★★★

     早々に出立してフォドラに戻り、再度武器屋に訪れた。
     幾つかの鉱石を渡すと加工できそうなアメジストが見つかり、早速剣の精製に取り掛かってくれた。

    「品質良さそうなのがあったから期待してくれ。しかし、珍しい石も入っているな……紫色より色が薄い。緑が混ざった物なんてあったか?」

     何やら目にしない原石が混ざっていたようだ。首を傾げながら加工していく様子を二人はぼんやり眺める。
     強行軍でアリル付近への往復は寒暖差が激しく、リシテアの体はまだ回復が追いついてなかった。

    「すみません……まだ疲れが残ってるようです。剣は明日でも大丈夫でしょうか?」
    「問題ないだろ。倒れられる方が面倒だ」

     素っ気なく答えてからフェリクスは店主に掛け合って、明日引き取る旨を伝えていく。

    「こちらは構わないよ。でも、そんなに急いでほしかったのか? 近くの温泉地にでも行って、ゆっくり休んくればよかったのに」
    「いえ、温泉には行きましたよ。気持ちよかったです」
    「ああ。だが、ゆっくりするわけにもいかないだろ」

     さらっと雑談する両者に色気はなく、店主は何もなかったのだと悟った。
     憐れみを抱くが、常連客フェリクスが他者の剣のために尽くすのは意外に見えた。武人とかけ離れた身形の魔法職の相手に……。

    「隅に置けないね〜! 落ち着いたら温泉巡りでもしたらいいよ。あの辺は知る人ぞ知る穴場だからさ」
    「それはいいですね。機会があれば湯地巡りしてみたいと思ってました」
    「まあ悪くないな」

     温泉が好きなのか、深い意味はないのか、二人は温泉地を巡る旅を好意的に話していた。
     よくわからない関係だな、と後に店主はぼやいていた。

     ──明日、剣を引き取りに行く約束をして、寮へと向かう。暦は春でもアリルへ行けば灼熱の猛暑へと逆戻りの濃い日であった。

    「ここまで付き合ってくれてありがとうございます」
    「構わん。アリルまで行くと思わなかったが、良い鍛錬になった。出来上がる剣にも興味がある」
    「そう言ってくれて助かります。借りは返したいので、今度あんたの好きなお菓子を用意しておきます!」
    「菓子で返さなくていいんだが……」

     当たり前のようにお菓子で礼をされるのもおかしいが、それを受け入れている自身にフェリクスは内心驚く。知らぬ間に何か盛られたのか、と思い立つが、単に慣れてしまったのだろうと考え直す。……慣らされる気はないのだが。

    「俺も疲れているのかもな……」
    「あら、疲労回復には甘いものが良いんですよ! 甘いお茶も添えるとより効果的です」
    「毎回そんな事言って食ってないか?」
    「そ、そんなことないですよ! 頭の働きも良くなると言いますから栄養補給です」

     度々リシテアが言う謎持論は信じていない。けれど、本当に菓子にそういったプラスの効果があるのなら考えてもいい。実際、携行食料にはちょうど良い。
     ……手懐けられてる犬みたいだと自身を揶揄してしまうが、まあいいかと思い始めている。

    「なら、疲労に効く菓子を頼む」
    「お菓子は薬湯ではありませんよ。でも、そうですね……ブルーベリーは目や体に良いと聞きます。定番ですが、牛乳や蜂蜜入りは滋養強壮になります」
    「食えるなら何でもいい。力になるなら薬や菓子でも受け入れてやる。……食えればだが」
    「釈然としない言い分ですが、考えてみるのも有りですね。お菓子で滋養強壮……苦くなりそうですが」

     即物的な効果を要求するフェリクスに訝しげるが珍しくリクエストをされて、リシテアの心は躍る。共にお菓子を食べる約束をしたからかもしれない。

    「ああ……新調した剣が馴染むには時間がかかる。調整がいるだろうから、しばらく訓練に付き合ってやる」
    「あ、ありがとうございます。剣の事になると真摯ですね、あんたは」
    「加減が分からず壊したら無駄骨だ。良い武器を持ったって使い熟せなければ死ぬ。それに、お前に剣を渡したのは俺だ。最後まで面倒は見てやる」
    「は、はい。ありがとうございます!」

     思わぬ彼の面倒見の良さにリシテアは面食らう。最後まで……きっと、深い意味はないのだろうけど、なんだかくすぐったかった。


     ──大した思い出は無い。取り立てて良質でもない、幼い時の古き剣を今日まで大切に使っていたのはフェリクスは素直に嬉しく思っていた。手脚が伸びて成長した彼には合わず、仕舞っておいた剣が誰かの役に立ったのなら本懐だった。
     返された刃のない剣の柄を握る。手離し、役目を終えた剣だった物が、再び自分の手に戻ってきた。もはや何の価値がない物……だが、フェリクスにはかけがいのない唯一無二の剣。

     知らず口角が上がる隣の横顔を見て、リシテアは一陣の春風を浴びる。
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