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    kochi

    主にフェリリシ

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    kochi

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    勢いで書いた

    #フェリリシ
    felicis

    ロマンスは遠い 聞いたのは偶然だった。聞きたくて聞いたわけじゃない。知らなかった方が……いえ、聞いておいて良かったのかもしれません。

    「好きな女など、一人でもできれば良い。何人も要らん」

     シルヴァンのナンパの誘いをそう言って一蹴してた。彼らしい発言だと思う。誠実さと一途さが感じられて、ちょっと胸がときめいた。

    「……重い」

     だけど、わたしには哀しみの方が上回った。重たい……一人で良いなんて青臭いと思う。
     でも、それを悪くないと思った自分が一番嫌。元々誰かと一緒になる気はなかったけど、それでも……少しは願っていた。もし紋章を消せたら、余命が延びたら、って夢見る程度の明るい未来は描いていた。まだ十年も先の話だったし……。
     素敵な恋ができたら──と、望んでいたのも否定しません。

    「重い人はお断りですね」

     わたしは軽い人が良い。わたしがいてもいなくても何にも変わらなくて、未練が残らないくらい淡白な関係が望ましいです。それが、きっとお互いにとって良いから。
     結局、変わらない。わたしの残りの生は両親を幸せにして、穏やかな余生を過ごすために使う。それが目的で此処に来たんだから一番の最優先。他に望むことは何もない──。


    「あんたって、けっこう一途なんですね?」
    「はあ?」
    「ちょっと小耳に挟んだんですよ」

     同じ授業の教室でリシテアはフェリクスに言い放つ。シルヴァンの誘いをすげなく断ってたところを見ていた旨を伝えると、隣の席の者は納得した。

    「いつものことだ」
    「たまには付き合ったらどうですか? 案外、良い出会いがあるかもしれませんよ。あんた、顔は悪くないですし」
    「時間の無駄だ」

     やはり、女の話題には反応が薄い。本当に興味がないのが、よくわかる。
     それに安心したのか、不安に思ったのか……濁った気持ちを抱えたリシテアは、自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

    「わたし、重い男は嫌ですね。気楽に付き合える人が良いです」

     この日の彼女の天邪鬼は活発だった。思ってもないことなのに、この時は本心だと信じ切っていた。
     だから……授業が始まっても見つめてくる視線に気付かなかった。


     避けられてる、と気付いたのは早かった。あんなにお菓子だの何だの言っていたのに、それがパッタリ無くなれば、フェリクスとてわかる。
     心当たりはないが、きっかけは想像が付いた。……先日の授業前の会話だろう、と。変なことを言った覚えはないし、絡んできたのはリシテアの方だ。重い男は嫌だ、と言っていたが、それで避けられるのは理不尽で理解不能だった。何故、突然そんなことを言ったのかもわからない。
     まあ、それならそれで構わない。避けられたところで何の支障もない。……と、何度も頭に過ったが、妙に気になった。行く先々で現れる猫が、急にいなくなれば気にはなる……といった具合か。当人に知られたら叱られる見解を導き出していた。

    「大体、向こうから聞いてきただろ」

     勝手に盗み聞きしておいて、避けられる謂れはない。理由くらい聞いても良いだろう。
     沸き立つ不快な感情を解消しようと目論むが、目当ての人物とはなかなか遭遇しなかった。元々学級は違うし、授業も被ってるのが少ない。例え、教室が同じになっても隣りでなければ、授業が終われば颯爽と退室されてしまう。そんな日が続いた……。
     会わないようにするのは簡単だった。そんな当たり前のことをフェリクスは思い知った。今までは、彼女が……リシテアが会いに来てくれていたと気付かされる。

     時間は止まらず流れ行く。接点が途絶えた日々は、慣れれば大したことないのだろう。最初からいなかったかのように記憶は薄らいで、気にも留めなくなる。
     けれど、慣れてしまいたくなかった。憤りに似た不可解な感情は、日に日に渦を巻いて、燻っていった。初めてのことで、フェリクス自身も驚いていた。
     だから、どう打開して良いのか、どうしたら良いのか。……彼には未知で、早過ぎる課題だった。経験と知識がない上に、愛想も気の利いた弁もない。相談する相手は……いるにはいるが、話したくない。
     為す術なく宙ぶらりんのままで、気の進まない座学の教室へ向かう。すると、反対側の廊下から彼女がやってきた。
     一目で異変に気付いた。声をかける前に教室に入られてしまうのが常だったが、この時は違った。今は口より先に、体が動いていた。

    「あっ……!?」

     突然、腕を掴まれてリシテアは小さな悲鳴を上げる。反応が遅い……。前方から近づいて来たフェリクスに気付かないのは不自然だ。掴んだ手首から触れたリシテアの皮膚は、熱かった。

    「行くぞ」

     低い声に促されて、リシテアの足は動かされた。有無を言わさない態度に驚くも、今の体では反応できず、ただ言われた通りに付いていくことしかできなかった。

     連れて行かれた先は医務室だった。管理者のマヌエラ先生は授業を受け持つ立場でもあるため不在が多く、案の定誰もいなかった。代わりに、ツンと鼻にくる薬草の匂いが彼らを出迎えた。

    「さっさと寝ろ」

     勝手に連れて来ておいての冷たい言い草だが、ベッドまで運ぶ手はぞんざいではなかった。おぼつかない足取りのリシテアを気遣ってるのは、彼をよく知る者しかわからない。

    「……すみません」

     ようやく聞けた声は、随分弱々しかった。荒い息を吐いて、リシテアはベッドに横になるとすぐに瞼が下りた。長い睫毛に閉ざされたことで、虚ろな瞳を見なくて済み、フェリクスはホッとする。……ずっと耐え続けていたようで、規則正しい寝息が聞こえるのは早かった。
     赤みのあるリシテアの額に手を当てると、予想通り熱を発していた。根を詰めがちな彼女が、体調管理を疎かにしている話はフェリクスも聞いていたが、いざ目の当たりすると胸が軋んだ。倒れると、普段と打って変わって脆く見えた。
     手頃なタオルを水で濡らし、リシテアの額に当てると気持ち良いのか、穏やかな表情で寝入っていった。

    「……馬鹿なのか」

     それは、自分に向けてなのか……。吐露した心情を聞く者はいなかった。
     リシテアが医務室にいることを誰かに告げて、授業に出ても良かった。普段なら迷わずそうした。だが、どうしてか離れる気が起こらなかった。


     桃色の瞳が開いたのは、一刻ほど過ぎてからだった。ぼんやりした頭で見慣れない天井を眺め、薬草の匂いを嗅いで、自分が医務室にいることに気付く。

    「起きたか」
    「……フェリクス、でしたか」

     熱の頭では声で誰かわからず、顔を向けて相手を知る。おおよその経緯を振り返り、そういえば会わないようにしていた……と、思い出した。今の気怠い状態では、逃げる事は叶わない。

    「ありがとう、ございます……」

     間延びした感謝の言葉は、不調をよく訴えていた。リシテアには色々言いたいことがあるが、今は療養するのが優先だ。一旦溜飲が下げる。

    「薬を飲んで、部屋で休んだ方が良い」
    「薬……ですか。苦いのは嫌ですね」
    「この後に及んで贅沢を言うな」

     少し呆れるが、彼女にとっては死活問題のよう。薬の世話にならなければ良いだろ、と言いたくなったが、きっと意味がないとフェリクスは感じた。……暖簾に腕押しな気がして、なんとなく癪に触る。

    「立てるか?」
    「まあ……大丈夫だと、思います」

     当てにならない返事を無視して、小さな手を取って促すと、ゆっくりと体を起こしてベッドから降りた。ぼんやりした彼女に覇気はないが、自分で歩く気はあるよう。

    「背負うか?」
    「いいです。誰かに見られたら恥ずかしいです……」

     もう背負ってるけどな……。出かかった真実を飲み込んで、熱い手を取って医務室を出た。寮までは階段が多いので、その度に歩みを遅めたり、うっかり落ちないように気遣われてリシテアの方が困惑する。

    「あ、あの……そんなに心配しなくて大丈夫ですよ。よくあることですから……」

     見かけによらず、フェリクスが親切なので戸惑ってしまう……。彼女にとって、これくらいの発熱は珍しくなく、少し休めば大丈夫だとわかっていた。
     それを聞いてフェリクスが安心するわけがなく、かえって怒りが沸いて舌打ちする。

    「体調管理できてから言え! 戦場だったら死んでるぞ」
    「す……すみません」

     弱ってるせいもあって、リシテアは素直に項垂れた。子ども扱いしないでください、時間が足りないんです、と返されると思っていたフェリクスは変わりように驚く。少し言い過ぎたか……と、バツが悪くなった。
     不調の時は精神的に弱くなるもの。彼女も、例外ではないのかもしれない。

     ──無事にリシテアの部屋に着き、送り届けたことに安堵するが、今日までのモヤモヤが解消されたわけではないので燻る想いは沈澱する。
     それはリシテアも同様だった。不調で、うまく頭が回らない現状を好機と捉えた。

    「わたしに聞きたいことがあるんじゃないですか?」

     普段より弱音が出やすいと、リシテア自身がよく理解していた。だから、素直になれる……今ならフェリクスの本音が聞けるかもしれないと考え、彼を部屋に誘う。

    「寝た方が良いだろ」
    「気にしないでください。こういう時は大体夢見が悪いので、良い気晴らしになりますから。……わたしも話がありますし」

     都合の良い口実を作り、暗に眠りたくないと訴えた。機転が利くのが才女たる所以か……リシテアの意を汲んで、少し付き合うことにした。

     部屋の中は所々本が積まれたり、可愛らしい置物などが陳列されていた。同じ寮の部屋なのに、フェリクスの物のない殺風景な部屋とは随分違って見える。人の部屋をジロジロ観察するのも良くないので、片隅の染みを見るように努めた。

    「そんなに緊張しなくていいですよ。実家より簡素ですし」
    「……そういう問題か」
    「机に向かってばかりですので、面白味ないですよ。わたしの部屋は」

     チラリと机を見ると書物や紙束が積まれており、彼女の言う通り、連日机に向かっているのが窺える。積まれた本の一冊に『お菓子大全集』と書かれた背表紙を見つけ、これが癒しになっているのだと悟れた。

    (こんなに勉強する必要があるのか?)

     前から思っていた疑問が浮かび上がる。勉学に励むのは良いことだが、量も時間も多過ぎる……何か事情があるのか?
     フェリクスが机に目を向けている間に、リシテアは制服の上着を脱いで、ブラウスの姿でベッドに向かっていた。思わず、声を出しそうになる! ……単純に寝るには嵩張るから脱いだだけなのだが、突然のことでびっくりしたよう。

    「ん? ……どうかしましたか?」
    「なんでもない!」

     ベッドに横になるリシテアは一層覇気が無くなり、安心した様子で体を休めていく。うつらうつらと天井を眺めて、数分の沈黙を経て、ようやくこえを発した。

    「あんた……好きな人が病気だったり、余命僅かだったら、どうするんです?」

     唐突な問いかけに、フェリクスは意図がわからなかった。急になんだ?、何故そんなことを聞く? と尋ねたかったが、口に出せなかった。
     普段の彼女なら聞いてこない、そう確信できたから。熱で浮かされているからこそ、リシテアは口を滑らせていると考え、少しの時間を置いて答えを導き出す。

    「どうもしない」
    「……どうもしないって、何ですか」
    「同じことを返す。その質問の意図はなんだ?」
    「質問に質問で返すのは、感心しませんよ」

     聞かないでほしい、そう訴える態度と口調で返される。
     問われた方のフェリクスからすれば理不尽な応対だが、腹は立たなかった。出来心で聞くには重苦しい質問だ……。

    「病気だろうが、余命が僅かでも関係ないだろ」
    「関係ない、ですか?」
    「そのくらいで、変わるものじゃないだろ」
    「それくらいって……!? あんた、馬鹿じゃないですか!」

     声を荒げるリシテアにフェリクスは息を飲む。叫んだり、理不尽な要求をする彼女は何度もあるが、激昂する様を見るのは初めてだ。
     自分が発した怒声に慄いて、すぐにすみません……と、小さな謝罪が聞こえてきた。珍しく……いや、熱が渦巻いてるからこそ感情が吐露してしまったんだろう。
     フェリクスは唖然とするも、蓋をしていた彼女の真底を覗いたように感じた。

    「……熱、引かないのか」
    「…………そう、ですね」

     様子を窺うと苦しそうにしていた。熱のせい……今はそういうことにしておいた方が、きっと都合が良い。

    「水を取ってくる」

     そう告げると、フェリクスは退散する。そのまま留まれる覚悟はまだない。

    「……やっちゃった」

     懺悔のぼやきは、天井の染みに吸い込まれた。望んだ答えがほしかったわけじゃない。だけど、期待していないといえば嘘になる。
     もしかしたら……そんな未来があるのかもしれないって、思ってしまってた。結末は決まっていても、そこに至るまでの道は未定だから。

     ★★

     フェリクスは時間をかけて水を汲みながら、先ほどのリシテアの問いについて考えていた。何の意図が含まれてるのか不明だが、彼女は真剣だった……なら、こちらも真摯に答えるべきと感じていた。
     ……と言っても、彼には『好きな人』がピンとこない。考えても雲を掴むようなもので、想像が付かない。それでも、やはり……激怒されたが、答えは変わらなかった。

     リシテアの部屋に戻ると、寝息が聴こえた。発熱と疲労で眠ってしまったのだろう……無理もない。頑張り過ぎて体調管理を疎かにしがちなのだから、この機会にしっかり休むのは良いかもしれないと頭に過る。
     彼女の顔は赤みを帯びており、熱が引いてないのが窺え、フェリクスは水を含んだ手拭きを額に添えた。……もう十分に手は尽くした。幼い子どもじゃないのだから、これ以上病人の部屋に居座る理由も必要もない。
     だけど、まだ答えてない。考える猶予が延びたと思えば良いか。──都合の良い理由が、頭の中に浮かんでは形を成していった。

     リシテアが再度目を覚ました時は、陽が暮れていた。暗くなった室内を見て、悪夢を見なかったことに安堵した。

    「起きたか」

     また同じ台詞を聞くと思わなかったが、それほど驚かなかった。額の冷たさで看病してくれたのはわかったし、フェリクスの性格上あのまま放ったらかすとは思えない。……意外だが。

    「……ありがとうございます」
    「まだ熱があるなら薬を飲んで、寝ておけ。苦いのは我慢しろ」
    「わかりました」

     苦い薬は嫌だが、至れり尽せりされて悪態は付けない。色々と気遣ってくれて嬉しいが、同時にリシテアの胸が軋んだ。

    「寝る前の答え、言っていいか?」
    「…………はい」

     聞きたくないと思ったが、そうもいかない。自分から話を振ったのだし、フェリクスなりに出した答えを聞かないのは筋が通らない。

    「お前の意図は、さっぱりわからん。何で怒ったのか知らないが、答えは変わらない。不治の病や余命僅かだとしても、それでどうこうしないだろうな」
    「他人事のように言いますね……」
    「想像だからな。遅かれ早かれ、皆死ぬ。ある日突然、この世を去ることもある。俺の兄は、そうやって亡くなった」

     喉が詰まる。そんなつもりはなかったが、フェリクスに辛い過去を思い出させてしまったことを悔いた。

    「すみません……思い出させて」
    「4年も前だ。思うところはあるが、ハッキリしてるのは死んだ奴はどうやっても帰ってこない」
    「そうですね……」
    「だが、それで終わらないだろ。死んだからといって全部忘れるわけじゃない。それでいいんじゃないのか。死んだ後は───勝手にする。俺がその後どうしようが、どう思おうが、誰かに口を挟まされる謂れはない」

     横暴な言い様ですね、とリシテアは真っ先に思った。投げやりに聞こえる。亡くなったら、それはそれで構わないってことですか? ……なにそれ、それでいいの?

    「まじめに考えたんですか?」
    「そうだが」
    「……なんだか、馬鹿馬鹿しくなりました」
    「お前の期待に応える必要ないだろ」
    「そうですね……。期待の斜め上どころか、想定外のど真ん中ですよ」

     ふふっとリシテアの頬が緩む。張り詰めてた緊張の糸が切れて、力が抜けていった。
     突然、笑い出す彼女にフェリクスは面食らう。ついさっきまで重苦しそうにしていたのだから、変貌振りが不思議だった。……何がおかしいのかもわからない。

    「でも、あんたらしいですね!」
    「……笑われる覚えはないが」
    「いえ、笑っていませんよ。少し驚いたんです……ああフェリクスって、けっこう浪漫派なんですか?」
    「もういい」

     揶揄われて釈然としないが、リシテアの機嫌が良くなったのなら……と飲み込んだ。苦しそうな顔をしているより、笑っている方が遥かに良い。

    「部屋に戻る。これからは、具合が悪くなる前に休め」
    「わかりました。あんたって、意外と説教臭いですよね……」
    「背負う羽目になりたくない」
    「そんなことにならないです!」

     なったけどな、と返したくなったのをグッと堪えた。恐怖の出来事をわざわざ思い出させる必要はない。理不尽だが。

    「菓子……久しく食ってないな」
    「ああ、そうですね。それは……良くない、ですね」
    「そうだな」

     フェリクスを避けていたのだから、リシテアがお菓子を作る理由はなかった。そういえば、作りたいレシピを見つけたんだったな……と、ふと思い出す。

    「良いですよ、また作ってあげても! せっかく甘いもの嫌いが治ってきたんですから、元に戻っては困りますから」
    「……病気みたいに言うな」
    「ふん、甘いものが苦手だなんて病気みたいなものですよ。治しておかないと困りますから!」
    「まずは、自分を治してから言え」

     今、体を壊して安静にしている者に言われても説得力がない。不貞腐れるリシテアだが、こう言われてはぐうの音も出ない。

    「このくらい大したことないです……」
    「苦い薬を何度も飲みたくないだろ」
    「……はい」

     素直に頷く姿は萎れた花のようで、わかりやすかった。お菓子のような甘い時間に苦いものは加えたくない。

     味気ない日々は、終わりを迎える。
     甘くて苦い想いを抱くのは当分先の話だが、味のない日常に戻れないと知ったのは、この時からだった。
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