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    イヌ武メイン。ココ武・寿武要素もある。
    支部とTwitterにて連載していた「ヒーローになんかさせない」の本編後の番外編。
    仲良し(執着)11BD。ちょっぴり不穏です。
    支部の本編→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=16773536
    イベント後、数日したら支部にも載せます。

    #11BD
    #イヌ武
    inuwake
    #ココ武
    #寿武
    shouWu

    【イヌ武編】ヒーローになんかさせない番外編 どうしたものか、と武道は頭を悩ませていた。未来から戻ってきて、紆余曲折ありながらも大寿と乾、九井と和解をして共に幸せな未来を掴むと決めてからしばらく経った。

     黒龍の十一代目ボスとしての生活に慣れ、三人はもとより黒龍の平隊員たちとの絆も深まってきた頃。困ったように眉を下げた自分の大切な友人からの相談事こそが、武道の悩みの種だった。

    「最近イヌピーくんの態度が冷たい気がする……かぁ」

     うーんと唸り、自室のベッドに大の字になる。

     事の経緯はこうだ。学校へ行く道すがら、イツメンである溝中メンバーと話をしていた時に五人の中でのリーダー格である千堂が「あのさ」と口を開いたのが始まり。ある頃から突然……そう、ちょうど武道が昏睡状態に陥った後ぐらいから、乾の千堂にへの態度が冷たくなったように感じると。

     前は声を掛ければ、笑顔を浮かべてくれるまではなくとも普通に振り向いて話してくれた。だが、振り向く瞬間の瞳があまりにも冷たく、話はしてくれるものの素っ気なく、また話を早々に切り上げられてしまうのだと。

     夢で見た過去の映像を思い出すと、武道が十一代目を継いだ最初の頃、乾の他の隊員たちへの態度は確かに冷たいと呼べるものだった。だが時間が経つにつれ、隊員たちへの態度は軟化していた筈だ。

     それが突然、千堂に対してだけ冷たくなるなんてことあるだろうか。
     千堂を疑いたいわけではなくとも、乾に甘く優しい対応しかされない武道からすると思わず首を傾げたくなる話だ。
     しかし、千堂だけでなく山岸たちも「確かに」と頷いて話に賛同したことによって話に信憑性が増してしまった。

     どうやら他の溝中メンバーに対しては今までと変わらない態度らしく、千堂に対してのみらしい。首を傾げながら、武道は千堂たちに「ちょっとイヌピーくんと話してみる」と答えた。
     放課後、いつも通りに五人で黒龍のアジトに向かいながら機会をみて話をしようと思っていた。だが、今日はアジトについた瞬間隊員たちが腕相撲大会を開催し大熱狂していて思考が一瞬飛んでしまった。

     全員参加だからと来たばかりの五人も巻き込まれ、優勝賞品は買うのに少し躊躇ってしまうお高いアイスことダッツと、一日誰に何でも命令できる券だと言われれば本気になるしかない。

     アイスはともかく、謂わば実質一日ボスになれる券だ。ボス気分でふんぞり返りるのだって、殆どはいっつも幹部三人に取られている大好きなボスである武道と邪魔されることなく過ごすのだって自由だ。かつてない程の盛り上がりになるのも道理だった。

     最初、武道は券に興味はなかった。なんならアイスの方が嬉しいまで思っていたが、その券さえあればどこまでも甘やかしてこようとする三人に命令し、自分が甘やかすことが簡単に出来るのではと気付いてからは本気になるしかない。
     まあ、残念すぎるほどに武道は黒龍の中でも非力で、あっさりと初戦敗退した。溝中メンバーもほとんど結果は変わらない。

     残念ではあったが、大盛り上がりする周囲の屈強な男たちを見て冷静になった。優勝なんか最初から無理だったな、と。
     場所も相手も決まっておらず、勝った人間が声を上げて次の相手を探すという雑な試合進行。室内をうろちょろして、隊員に応援してくれと言われれば「頑張ってください」など声をかけて離れた。

     細身であまり強くないと思っていた人間が以外にも勝ち進んでいたり、逆も然りだったりと、武道は隊員たちの新しい面を知れるようで楽しかった。
     どれぐらい経ったか、敗者は自然とフロアの端の方で座って観戦するようになっていて、武道たちもそれに習って端に座る。
    「こういう暑苦しいのはパス」と早々に端に逃げていた九井もふらりとやって来て武道の隣に座り、雑談を交えつつ勝ち進んでいく隊員たちを応援していた。

     気付けば最後に残ったのは大寿と乾の二人だった。
     余裕そうな大寿と、少しばかり疲れた様子の乾。勝負は決まったようなものか、と周囲は思ったが予想とは違い、どこにそんな力がと驚く程に乾は粘った。

     会場ならぬアジトの熱狂は最高潮。どっちが勝つか、お金ではなくお菓子やらパンを賭ける者も多く出て、手に汗握る大決戦だった。
     勝者は大寿だったが、その健闘ぶりから乾にもアイスが進呈されることとなった。乾は「花垣にしてもらいたいことあったのに……」と不満そうであったが。
     その後も場の熱は冷めず、その勢いのまま皆で遠くまでバイクを走らせ、すっかり夜も更けた頃にようやく解散となった。

     家まで乾が送ってくれたが、楽しいという感情に呑まれてすっかり千堂の相談を忘れていた武道は自宅前で手を降って乾と別れてからそのことを思い出した。
     唸りながら今日のことを思い返す。バイクを走らせるまではあまり乾と話していなかった。九井が隣に来た時に聞いてみるのも良かったかもしれない。

     タイミングが全くなかったわけではない筈なのに、詰めが甘いというか、大事な友人のことなのにきちんと解決に向けて動けていない自分の不甲斐なさに少しがっくりきてしまう。
     いやでも、と武道は起き上がってブンブン頭を左右に振る。

    「でも、うん、確かにアッくんの言ってた通りだったかもしれないのは、分かったし」

     そこまで露骨ではなく「ん?」と違和感を覚える程度ではあったが、普段ずっと乾と一緒にいる武道からすればそれは殆ど確信にも近かった。

     だがその理由がまるで分からず、首を傾げるしかない。乾は誰にでも心を開くようなタイプではないが、一度認め懐に入れた相手に対しては義理堅く意外にも優しかったりする。それなのに突然態度が変わるなど、余程何かあったのだろうと察することは出来る。だが千堂は特に何かをした記憶はないと言っていた。

     うんうんと唸っても、武道の頭ではこれ以上のことは分からない。ばたんと再びベッドに大の字になり「ま、明日聞けばいいか」と半ば諦めて息を吐いた。
     明日は休日で、大寿と乾と九井の三人と武道の四人だけで出掛ける予定だ。
     隊員たちへ武道が総長として挨拶をする前、四人で何度か外をぶらついていた。まだ隊員たちに紹介しておらず、いつもいつもアジトの二階に引きこもるだけではつまらないだろうとの三人の気遣いでもあった。それがすっかり定着し、隊員たちへ挨拶が済んだ今でも定期的に四人だけで出掛けている。

     行き先は大体三人が決めているので、武道はそれについて行く……というより連れていかれることの方が多い。明日はどこに行くのだろうと考えているうちに思考はぼんやりと霞み、微睡みのうちに武道は眠りに落ちていった。



     出掛ける時に三人が家まで迎えに来るのは前からだが、家から出てきた武道を見てどこか安堵したように笑うようになったのは武道が昏睡した後からだ。それに毎回申し訳なさと、少しの歓喜を覚えてしまう。

     きっと三人とも無意識の反応なのだろう。そのことが、どれだけ武道を大切に思っているのか知らしめるようで、どうしても嬉しくなってしまう気持ちを抑えきれなかった。心配してくれる三人を見るのが嬉しいなんてあまりにも性格が悪いなと自分で引いてしまうぐらいなので、気付かれないように注意はしている。

     ――本当は、大寿も乾も九井も心配されることが嬉しいと知ればとても喜ぶのだが。残念ながら、武道はまだそこまでは気付けない。

     好かれているなと思えても、三人に愛され大切にされ、何があっても決して嫌われることも離れることもないのだという「絶対の自信」は、まだ武道が持つには自分への自信ごと足りなかった。
     自分への自信がないから、大好きで凄い三人がどうしてこんな自分をという思いを捨てられない。三人はそれにうっすらと気付いていて、だからこそ本人の分まで徹底的に愛して甘やかしてやろうと考えて行動しているのだが。
     閑話休題。

    「今日はどこ行きます?」
    「この間武道が観たいって言ってた映画あったろ。あれ行こうぜ」

     もうチケット買ったから、と九井が楽し気に笑う。それに武道の顔が一瞬で明るくなる。
     いつものアジトの二階で交わした雑談の中のひとつだったのに、覚えていただけでなくこうして叶えてくれるなんてと嬉しくて仕方ない。

     観たいと言ったのは未来でも人気になっている邦画だ。
     当時から話題になってはいたものの、興味が沸かずに観に行かずにいた。大人になってから、その続編が出たと盛り上がって、せっかくなら観てみるかとレンタルした所とんでもなく面白かった。ストーリーが面白いのはもちろん、アクションシーンがド派手でかっこよくて大画面で観たかったと後悔した。

     ちなみに続編は一人で観に行って、周りがカップルや友人グループばかりで居心地がとても悪かった。周りは意外と気にしていないものだと思っても、どうしても一人での映画は浮いてしまっているように思えて、終わってからそそくさと映画館を出た。面白かった記憶はあるものの、心からは楽しめなかった。

     それが今、未来では劇場で観れば良かったと後悔して、その続編すら楽しめなかったものが、大好きな人たちと大画面で一緒に楽しめる。
     映画自体も楽しみだが、それ以上に皆と一緒というのが嬉しくて楽しみでたまらない。

    「これ本当に面白いので!あと、何年も後になっちゃうんですけど、続編も面白いのでその時また一緒に観にいきましょうね!」

     満面の笑みで、楽しくて仕方ないと全身で訴えてくる武道に三人はぐっと息を詰まらせた。
     きっと深くは考えた発言ではない。そう分かっても、胸が温かさに満ちていく。武道から何年も先の未来も一緒にいるのが前提の約束を持ちかけられた。その事実こそが、これまでの三人の努力の結果。必死になって手に入れようとしたものなのだと思えば、感動に言葉が詰まるのも道理だった。

    「……あ、もしかして、もう観てたり……?」

     そういえばと思い出して、武道は恐る恐る三人に問いかける。見た目につられて忘れそうになってしまうが、三人も武道と同様に未来から来ている。三人が既に続編も含め観ている可能性も高い。
     武道は同じ映画を何度観ても楽しいと思えるタイプだが、一度観れば十分だという人もいる。そうだったらどうしようという不安からの問いだったが、まるで打ち合わせでもしていたかのように「観たことない」と三人揃って口にした。

     大寿は映画を観ないわけではないが、基本的に洋画、それも本当に気になったものしか観ない。それも未来では自分で店を持ち経営していたぐらいには忙しくしていたので、もう何年も映画自体観ていなかった。
     乾は元々映画に興味が薄い。不良ものや、アクションが派手なものなんかは気まぐれに観ることもあったが映画館まで行くほどではなくDVDをレンタルして終わっていた。
     九井は元々映画自体は嫌いではなかったが、裏の世界に身を置き反社として生きていれば、フィクションの暴力シーンだったり悪人だったりがちゃっちく見えるようになり、のめり込めなくなって観るのをやめていた。

     だから続編はもちろん、今回観る前作にあたる方も観たことはなかった。武道が言わなければ、観ようとも思わなかったことだろう。

     そこまで言ってしまえば、きっと今度は「興味がない三人を付き合わせている」とか余計なことを考え始めるだろうから「だから楽しみだ」と、乾が言葉を続けた。
     乾の言葉に武道が良かったとホッと息を吐く。

    「じゃあ、今日のが面白いと思ったら、絶対続編も一緒に観てくださいね」

     楽しげに笑う武道にそれぞれが短く返事をして、小さく笑う。
     まだ映画を観てもいないうちに続編を観る、それも数年先の未来の約束なんて馬鹿げていると世間は言うのだろう。だがそんな事関係がない。

     例え世間一般的に面白いと言われている作品でも、自分が気に入るかは別問題。もしかしたら好みではないかもしれない。それでも、大好きな武道と一緒ならば、どれだけ興味がなくてもつまらなくても、退屈だとは思わないだろうから。
     取り付けられた未来の約束に、胸が温かくなる。

     叶わなかったことが叶い、切ない思い出になった映画鑑賞もいずれ大好きな人たちと観直せる幸せ。何より大切な存在に未来の約束をしてもらえた幸せ。
     まだ家の前で、しかも今日は始まったばかりだというのに。全員が全員、既に楽しみと幸せで胸がいっぱいだった。

     それから改めて、皆で映画館に行って楽しんで、興奮のまま普段は買わないパンフレットなんてものまで四人全員分買って。食事をしようと、高い所は嫌だと駄々をこねる武道を引っ張って、高級まではいかずともそれなりのレストランに入った。

    「どれもこれも、安くても千円超えとか……マックとかでいいのに……」
    「この間はマックにしてやっただろうが」
    「オレらのボスなんだから、こういうのにも慣れていってもらわないとな」
    「大丈夫だ、武道。金のことは心配するな」
    「したくてもさせてくれないじゃないですか」

     そこも武道の不満な部分だった。出掛けた時、絶対に三人は武道に財布を出させない。自分の分だけでもと財布を取り出しても、あっという間に誰かしらが武道の財布を取り上げてしまう。
     オレらがしたいからいいんだ、甘やかさせてくれ、いつか返してくれればいい、と。そういつも丸め込まれている。最後なんか、絶対口先だけだと武道は思っているし事実その認識で合っている。唇を尖らせても笑って終わりにさせられてしまう。

     注文を終えて料理を待ちながら、先程の映画の話で盛り上がる。そしてふと話題が途切れた瞬間、電気が走ったように武道は乾に話さなくてはいけないことがあったのだと思い出した。

    「あの!」
    「ん?どうした、武道」

     思ったより大きな声が出た、と恥ずかしく思いながらも首を傾げている乾に言葉を続ける。

    「アッくんが、イヌピーくんの態度が冷たくなった気がするって、言ってて……」

     言いながら、これだと直球すぎたかもしれないと不安になって声がどんどん小さくなっていってしまった。気のせいだと返されてしまったら、もう何も言えなくなってしまう。聞き方を間違えたかも、とそろそろと乾に視線を向けて――露骨に顔を逸らしている姿に、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。

    「……イヌピーくん?」
    「……………………そんなこと、ない」
    「イヌピー、それはさすがに無理があると思う」
    「認めてるようなもんだろ」

     武道の援護射撃というわけではないのかもしれないが、あまりにも分かりやすすぎる態度に大寿と九井も呆れながらそう指摘する。それに乾は「うるさい」と二人を軽く睨むが、武道と目が合うと、バツが悪そうに顔をふいと横に向けた。
     それに千堂の言っていたことは勘違いではなく、乾がわざとしていたことなのだと理解した。だが、それでもまだ何故なのかは分からない。

    「イヌピーくん、」
    「知らない」
    「あの、」
    「知らない」
    「子供かよ」
    「うるさい大寿」
    「イヌピーくん」
    「知らない」

     知らないと一点張りしようとする乾に、そう零した大寿には反抗するものの武道が声を掛ければ再び同じ言葉を繰り返す。さすがにこれでは話が進まなすぎると、武道は九井に視線を移した。

    「ココくんは何か知ってます?」
    「いや?……まあ、予想は出来るけど」
    「え!」

     光明が見えたと身を乗り出したが、ちょうど運ばれてきた料理に会話は一時中断されてしまう。助かったとばかりにいそいそと水の入ったコップを動かし、店員が料理を置きやすいようにする乾に、怒られる前の子供みたいだと思って武道はバレないように密かに笑った。

     全員分の料理が並び、いただきますとは言わないものの揃って食べ始める。高いだけあって美味しいと顔をほころばせる武道だったが、すぐに思い直して「で、ココくん、話の続きは?」と先を促す。

    「アイツが始まりだから、だろ?」
    「……始まり?」

     そうだろうと答え合わせをするように九井は乾に視線を向ける。乾は少しの沈黙の後、自分が頼んでいた天丼の海老をひとつ武道の皿に乗せてやりながら小さく「ああ」と答えた。

    「やっぱりな」
    「……え、……えっ!?ちょ、ちょっと!?」

     納得したと頷くと九井はそのまま会話を終え、あらかじめ店員に用意してもらっていた小皿にグラタンやパスタ等頼んだ料理を一口分ずつ取り分けて武道の前に置くと、自身の食事に戻ってしまった。それに武道は慌て、いやいやと首を左右に振る。解決したような雰囲気を出さないでほしい。まだ何も、事態も疑問もひとつも解決していないのだから。

    「……ああ、そういうことか」
    「えっ、大寿くんも分かったの!?」

     今のやり取りだけで、何が分かるというのかと武道は目を丸くする。大寿は鼻で笑い「以外とそういうの気にするんだな」と、乾に対してか武道に対してか分からない言葉を零しながら、ステーキを切り分けて武道の皿に一切れ載せた。

    「どういう事なのか説明してください。あと、別にオレにくれないで全部自分で食べてもいいんスよ……?」

     武道が自分で頼んだオムライスには海老天とステーキ、それから目の前には並べられた小皿。これも恒例になりつつあることで、四人で食事をすると大体皆一口ぶんを武道に分けたがった。
     ある日、武道の方から「これ美味しいですよ!」と、その時頼んでいたハンバーグを一切れずつ皆の更に取り分け、それに武道の食べる分が減ってしまったからとそれぞれが自分の分を少しずつあげたのがきっかけだった。

     それから美味しいものは武道の皿に乗せるようになり、今では食べる前から自分の分はまず武道にあげるようになってきている。

    「同じもん食って、美味しいって気持ちを共有したいんだよ」

     九井が笑いながらそう言えば、武道は唸りながらも「皆がいいならいいんですけど」と受け入れる。皆にも自分のものを分けたいが、オムライスの一口分となれば直接お皿に盛るのは少しはばかられる。自分も小皿を頼んでおけばよかったと、少しだけ後悔した。
     武道が何を考えているのか分かったのだろう、気をつかせないようにと乾が武道の名を呼び「あ」と口を開けた。

     一瞬きょとんとするも、意図を理解してオムライスを掬って乾の口へと運ぶ。満足げに咀嚼するのを見て、武道もなんだか嬉しくなる。それを見ていた九井と大寿は少しの沈黙のあと、ため息と共にテーブルに置かれたカトラリーセットの中からそれぞれスプーンを取ってオムライスへと手を伸ばす。

     ニコニコ笑ってお皿を押してくる武道に短い感謝を述べながら、一口分掬って咀嚼した。

     武道との食事の共有も、いわゆる間接キスもなんの嫌悪もなく出来るが、四人全員となるとさすがに躊躇ってしまう。こういうところは早い物勝ちだな、と九井と大寿はそっと思った。

    「で、いい加減教えてほしいんですけど」

     貰った海老天を食べながら、武道が少し拗ねたように口にする。九井と大寿がそれに視線を合わせ、乾をちらりと見る。乾は何か考えるように食事の手を止め、それから深く息を吐いた。

    「だって、アイツが言い出したんだろ」
    「言い出したって……何を?」
    「お前を、ヒーローだって」

     その言葉に思い当たる節があった。未来から戻ってきた時、ただならぬ三人の様子にたどたどしくも出来るだけ取りこぼさないようにと、丁寧に一から十までこれまでに武道が進んできた道を話した。
     その時、確かに口にした。初めて未来が変わった時、ナオトと共に未来の千堂に会った。彼はドラケンや稀咲の話をした後に武道に「皆を救ってくれ、泣き虫のヒーロー」と口にして……そうして、飛び降りてしまったのだ、と。
     だがそれが何故、乾が千堂に冷たく当たる理由になるのか。

    「アイツが言わなくても、お前は皆を救おうとしたのかもしれない。それでも、……それでも。お前にヒーローという道を示し、皆を救ってくれと最初に背負わせたのは千堂だ」

     乾の眉間にぐっと皺が寄る。
     最初にそんな戯言を口にしたのは、武道を皆の為のヒーローにしたのは、千堂だ。嫌いになったわけではない。そもそもこれは、もう存在しない未来の話。今の千堂に当たったところで意味がないと理解してはいても、乾の心は追いつかなかった。

     アイツが武道に託さなければ。ヒーローなんて口にしなければ。ヒーローなんてものにならないで、手が届く範囲だけで諦めてくれていたかもしれないのに。――命を落としてまで、誰かを救おうとするヒーローにならなかったかもしれないのに。

     そんなありもしないもしもをどうしても考えてしまって。千堂を見る度に「お前さえ余計なことを言わなければ」という思いを拭えず、それがそのまま態度に出てしまっていた。
     この時代の千堂からすれば訳が分からないだろう。申し訳なくも思うが、自分の何より大事で大切な武道の事ともなれば冷静ではいられなくなってしまう。

     態度には出さないものの、大寿も九井も乾の心情は理解できる。思わずにはいられないのだ。もうあんな未来にはならないと思っても、自分たちが守ると覚悟していても。
     タイムリープという力があって、過去に戻れても。当事者である武道からすればずっと地続きの時間だ。白いページに落ちたインクを消せないように、起きてしまった事を完全になかった事には出来やしないのだ。

     武道がヒーローだった事実も。誰かの為にと必死になった事実も精神性も。ここに至るまでの全ての痛みも苦しみも。今この時間軸にはなかったとしても。武道の中には確かに存在している。

     理解と納得は別だとよく言うが、全くもってその通りでしかない。
     これらは過ぎたことで、今更悔いて嘆いて憎もうとも、もうどうしようも出来ないことだ。既に存在しない出来事に憤ったところで無駄でしかない。理解はしても、完全に納得はできない。だって今はそうでも、そういう過去があるから武道は一度命を落としたのだ。

     そこを考え始めると、どうしても思考は堂々巡りになる。大寿と九井は自分の中で折り合いをつけられた。今の千堂を責めたとて、意味はないのだからと自分を納得させられた。
     乾はそれが上手く出来なかった。それだけと言えば、それだけの話である。

     話を聞いて武道はうーんと唸り、首を傾げながら料理を口に運ぶ。
     言い分は分からなくもないが、そんなに重要視することなのだろうかと。だって武道からすれば、自分はヒーロー足りえる存在ではない。
     それにあの時点で、武道はもう日向の事もドラケンの事も大好きで、例え千堂に頼まれなかったとしても二人を生かす為にきっと行動していた。

     あの未来に至るまでの全てが千堂の一言からだとは思っていない。もっとたくさんのきっかけや、過ごした皆との時間や、進んできた道のりや状況。そういったものが複雑に色々重なりあったからこそ進み続けることが出来たのだと思っている。

     それに、苦しいだけではなかった。
     最初の未来では出会えなかった人、過ごすことが出来なかった友人や東卍の皆との時間。もう武道の手にはなくとも――今はまだその事実に心が痛んだとしても、それだけではない。思い出せば心が温かくなるような、前を向く力が湧いてくるような、そんな今尚胸の奥にある宝物のように大切な思い出なのだ。

     例え死という終わりに至ってしまっても。苦しんだ時間が確かにあっても。それはあの頃の楽しくて幸せだった時間の全てがなかったことになるぐらいの苦しみでは、なかったのだ。全部が全部良かったわけではないけれど、同じように全部が地獄のような日々でもなかった。

    「……ねえ、イヌピーくん。大寿くんも、ココくんも、ちゃんと思い出してほしいんですけど」

     ごくりと口の中のものを飲み込み、武道は話し始めた。

    「初めて会った時。オレは苦しそうでしたか?」

     いつもの武道とは少し違う、ゆったりと言い聞かせるような話し方に、まるで声の出し方を忘れてしまったかのように三人は何も言葉を発することが出来ない。

    「余裕のひとつもなさそうでしたか?」「しんどそうでしたか?」「助けが必要なように見えていましたか?」

     その言葉の羅列に思い出す。この時代の武道との出会いではない。あの聖夜の決戦でもない。その前――、まだ自分たちが「花垣武道」という男をただの「東京卍會の壱番隊隊長」としか認識していなかった時。

     あの時の、花垣武道という男は――、

    「…………ああ、そうだ、」

     ぽろりと、誰からともなく言葉が零れ落ちる。

    「お前は、苦しんでなんかなかった」

     一体いつからそう思い込んでいたのだろう。ヒーローの武道は苦しみの中でずっと戦ってきていたのだ、と。ただ前を向き、立ち向かう強いだけではなかった。
     恐怖も困惑も焦りもある、人間らしい弱さを見たのに。ありのままの等身大で生きている所を知っていた筈なのに。彼の人生は本人が自覚していないだけで苦しみしかなかったのだと、ヒーローとしての生き方しか出来ていないと、どうして思っていたのか。

     聖夜決戦の立ち向かってきたあの姿があまりにも鮮烈だったからだろうか。あれが花垣武道という男の全てだなんて、少し考えればそんなことないと分かるはずなのに。

     今、目の前にいる武道を見る。武道は自分たちを見て、幸せそうに穏やかに微笑んでいた。

    「ここまでの時間があったからこそ、今オレがいるんですよ。皆と出会えたのもこれまでがあったからだし、オレを好きになってくれたのも、あの時頑張っていた姿を見てくれたからっていうのがあったからこそですよね。……だから、そんなにオレの過去を憎まないでください」

     その言葉にハッとする。ね、と首を傾げる武道にどうにも敵わないなと全員が思う。ああそうか、自分たちは武道の過去を憎んでいたのかと気付いた。
     あの終わりをどこまでも許せなかった。今だって許せない。でも、だからといってそこに至る過程の全てが悪いわけではないと理解できていなかったのだ。

     武道は、自分の命をかけてでも人を救おうとする程のヒーローにならなくてはいけなかった。ならそこに至るまでの過程はその全てが良いものではないと決めつけ、全てを否定したがっていた。武道本人が幸せだったかどうかなんて、考えることすらも自分たちはしていなかった。
     実際どうだったかなんて、あの時を思い出さずとも今目の前で穏やかに微笑む武道を見れば分かりきったことだろう。

    「悪かった」

     気付けば、乾の口からはすんなりと謝罪の言葉が出ていた。武道は少し驚いた顔をし、それからホッと息を吐いて笑った。

    「じゃあもう、アッくんに冷たくしないでくれます?」
    「……多分」
    「…………」
    「……ど、努力する」

     もうしないという確実な約束ではなかったが、素直な乾の言葉ならば信じてもよいだろうと武道は納得して頷いた。これで千堂の悩みは解決に向かうだろう、と安心しきってまた食事を再開する。
     一気に表情を緩ませ、美味しい、幸せだと全身で訴えるような武道の姿。先程までの大人びた雰囲気から一転した、見た目通りの無邪気な子供らしさに溢れたその姿に無性に愛しさが湧いて、今にも飛びつきそうになるのを食事中だからと乾は必死にこらえた。

     ぐぅっと小さく唸る姿に、どうしたんだろうと首を傾げる武道。我慢が嫌いな乾にしてはよく耐えたな、と珍しいものを見たとばかりに目を丸くする大寿と九井。
     少しの沈黙の後、睨むように武道を見ると乾は低い声で「後で、いっぱい褒めろよ」とだけ言うと大人しく食事に戻った。

    「よく我慢しきったな、乾」
    「偉いぞイヌピー」
    「なんで二人はそうイヌピーくんの考えがすぐ分かるんですか?怒られるかと思ったら突然褒めろって言われたオレ、今なにも分かってないんスけど」

     何故分かるかなんて。そんなもの、言葉にもしないし態度にだって出さないが、九井も大寿も乾と同じ気持ちでしかないからに決まっている。
     落ち着きはらった大人な雰囲気も、見た目通りの子供のような無邪気さも持ち合わせ、くるくると変わる表情のその全てを余すことなく自分たちに見せてくれる。それが愛おしくならない筈がない。ただ、乾ほどには感情のままに行動しないというだけで。

     ――自分たちではそう思ってはいても、例えば黒龍の平隊員たちからすれば、大寿も九井も十分武道に対してくっついたり抱き締めたりとスキンシップが多いのだが。

     その日から乾の態度はきちんと変わった。
     千堂に冷たい目を向けなくなったし、武道が未来から戻ってくる以前のように普通に話すようになった。それに最初は武道だけでなく溝中メンバーも良かった良かったと、事態が丸く収まったことに安堵していた。だが、

    「タケミチ!最近イヌピーくんのマウント凄いんだけど!」
    「は?マウント?」

     「オレは武道を後ろに乗せてどこにでも行けるけどな」「昨日は膝枕してもらった」「アジト来たら真っ先にオレらの所来るし」「最近の武道のことならオレが一番詳しい」エトセトラ。
     武道の話題になると、ここぞとばかりに乾がマウントを取ろうとしてくると溝中全員からの苦情、もとい相談。内容が内容なだけに、もう武道は頭を抱えるしかなかった。

     さすがに分かる。これはもう、なんでそんなことをするかなんていくら鈍い武道でも明白だった。

    「イヌピーくん!あいつらに嫉妬したとしても限度ってものがあるでしょ!!

     二階の扉を勢いのままに開け放ちながらそう怒鳴り込んだ。当の本人は武道が来たと目をキラキラさせ、入口までの短い距離を出迎えに行く。

    「武道、おかえり」
    「ただいま……とか、言ってる場合じゃないんです!溝中連中にめちゃくちゃマウント取ってますよね!?」
    「…………」
    「目逸らさない!」
    「………………だって、武道はオレらのもんだろ」

     疑問符も付けないそれは、少なくとも乾の中で確定事項だ。拗ねたよう表情をしながら、武道の手を取ってしっかりと握る。武道が痛くない程度の力で、それでも決して離さないと言わんばかりに。

    「例え同じガッコに通ってても。オレらの方が未来も含めて武道のこと知ってるし、武道の隣はオレらのもんだって決まってるんだ。ちゃんと教えてやらないとだろ」
    「……新手の……じゃいあん……???」

     言い訳かと思いきや、返ってきたのはとんでもない開き直り。まさかこう来るとは思わず、勢いを失った武道が呆然とそう呟く。それに乾はもう話は終わったとばかりに武道をひょいと抱き上げ、ソファのいつもの定位置に下ろすとごろりと武道の足を枕に横になった。

     下から武道を見上げてふっくらとした頬に手を当て、もう怒られた記憶などすっかり消え失せたようで、乾はどこまでも幸せそうにふわりと微笑んだ。
     それにぐっと喉を鳴らし、悔しげに唸ると、武道は観念したように「程ほどにしてやってくださいね。アイツらだって、大事な黒龍の仲間でしょ」と乾の髪をさらさらと撫でる。

     黙って見ていた九井は隣に座って武道の肩に頭を載せ、向かいの大寿は腕を組みながら武道をジッと見て、それぞれ思う。

     ――お前がそうやって甘やかすから、イヌピー(乾)が全く反省しないんだぞ、と。
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    Replies from the creator

    asagi_bd

    DONEココ武メイン。イヌ武・寿武要素もある。
    支部とTwitterにて連載していた「ヒーローになんかさせない」の本編後の番外編。
    仲良し(執着)11BD。ちょっぴり不穏です。
    支部の本編→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=16773536
    イベント後、数日したら支部にも載せます。
    【ココ武編】ヒーローになんかさせない番外編 黒龍の人間に九井一がどういう人間かを聞くと、誰もが一瞬口を閉ざす。それは口に出すのを憚られるような恐ろしさがあるからなどではない。皆どう答えたものかを悩み、それから言うだろう。
     ――どれが本当か分からない、と。

     11代目黒龍の幹部である、柴大寿、乾青宗、九井一。この三人の中では、九井は一番話しかけやすい人間ではある。

     大寿は武道が総長になってからは、まるで人が変わったように落ち着きのある人間になった。とはいえ、十代目総長だった時の記憶は鮮明に残っている。いつどうキレるか分からず、圧倒的な力がある存在であるという認識は変わらず、軽々しく話しかけられる相手ではない。
     乾はあからさまに武道とそれ以外とで態度が違う。話の内容が武道関連だとかぶりつきでくるものの、そうでない時はこちらから話しかけない限り口を開かなければ目も合わせない。武道以外ではバイクなんかは話が盛り上がることもあるが、まあ話しかけやすい相手かと言えば答えは否。
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