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    りーでぃん

    @Rutu_konpeito

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    りーでぃん

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    名前を呼び捨てにしてほしい司と司の特別でいたい類の話

    特別について 名前を呼び捨てしてくれるまで返事をせん!というのが彼の言い分らしかった。
     昼休みの教室で喧嘩未満の行為をしている僕らを、クラスメイト達が遠巻きに眺めているのを視界の端で捉える。
     僕が違うところに意識を向けているのを察したのか、司くんは固く口を結ぶと、ふいと窓の方を向いて腕を組んだ。いかにも怒ってます、といったような雰囲気を出しているのにも関わらずどこか愛らしさが抜けないのは行儀良く閉じられた両足のせいか、たまにちらと僕を伺ってくるいじらしさか。どちらもだろうなと、思わず笑いを溢してしまった僕に司くんはとうとう口を尖らせた。
    「なんで呼び捨てしてくれないんだ」
    「今更呼び方を変えるのは恥ずかしくないかい」
    「そんなのどうだっていいだろう。オレは呼び捨てにしてほしいんだ」
    「君はそうだろうけどねえ」
     司くんは眉間にギュッとシワを寄せ、むむむ、と唸り始めた。
     僕としては呼び方を変えるのが恥ずかしいからというのは純然たる理由ではないのだ。まあ、多少なりとも恥ずかしくはないのかと問われれば嘘にはなるが、何よりも呼び捨てにしたその瞬間に彼を取り囲む同級生、その大多数の一部と化してしまうような事象が、心の底から恐ろしかった。彼を呼び捨てにする同級生の方が、司くん、と呼ぶ同級生よりもずっと多い。言ってしまえば彼の中での少しでも特別で居たい。つまり、単なる嫉妬。それから独占欲。執着心。まあ、そういうわけだ。
    「どうして司くんは呼び捨てに拘るんだい?そんなの今更だろう。何か理由でもあるのかな」
     こちらへの意識を有耶無耶にするための疑問を投げ掛ける。司くんはそんなことを言われるとは思ってもみなかったといった顔で瞼を見開き、
    「……む、言わなくてはダメか」
    「そうだね、理由を言ってくれたら呼び捨ても考えようかな」
     司くんはむぅと唸りながらも戸惑ったように視線を彷徨わせていたが、僕と視線がかち合うと、諦めたかのように小さな溜め息を吐いた。それから僕をちらりと上目で見上げてくる。
     やはりこういうとき、彼より身長が高いのは役得だなと、その小動物のような姿にぼんやりと思った。そしてそれは、やはり僕の中にある仕様のない独占欲を満たして仕方ないということも。
    「類は暁山や寧々は呼び捨てにするだろう」
    「ああ、まあそうだね」
    「なんだ、まあ、それが、悔しいと思った」
     え、と息でしかないような声が、思わず漏れる。
    「寧々や暁山とお前が出会ってからの年月を、オレが越えられることは一生ない。お前が呼び捨てで呼ぶのは昔からの付き合いがある人間だけだろう。だからこそ、どれだけお前に近づいてもその年月を埋めることはできないのだと自覚するのが、少し、悔しい」
     ふわりと目を伏せ、拗ねるように唇を尖らせた、僅かばかり俯いた彼の横顔があまりにもいじらしくて。至極当然のように愛らしいと思ってしまった。
     だってそんな、嫉妬のようなことを、この彼が。真っ直ぐでキラキラで厭うことなど何もないかのように輝く彼が、彼にとってはきっと酷く大きな嫉妬を持ち合わせていて。しかもそれが僕にだけ向けられたものだなんて、ああもう、顔がにやけてしかたがない。
    「抱き締めてもいいかい?」
    「は?いきなりなにを……!?」
     答えを聞かずにぎゅっと抱き締めれば、彼の体は石のように固まり、そのままぴくりとも動かなくなる。
    「そんなことを気にしなくなるくらい、もっと君と時間を重ねたいよ」
     司、と愛おしい目の前の人の名前を口にすれば、うおおおおと腕の中や周りから羞恥の声やどよめきやらが聞こえてきて、ああそういえばここは教室だったなと少しばかり反省をして。しかしたまらずに抱き締めてしまうのも仕方ないほど、彼の心が愛おしくて柔らかくてしかたがなかったのも事実だった。
    「やっぱいい!今まで通り呼んでくれ……!」
    「どうしてだい?司」
    「うおー!やめろー!!!」
     耳の端まで真っ赤にして、けれど僕を強く押し返すこともできずにされるがままになっている彼の愛おしさに、頭がくらくらしてしまう。彼にとっての大きな嫉妬が僕にはとても幸せなことなのだと知ったら、彼はどうするのだろうか。笑うのか怒るのか悲しむのかはたまた驚くのか。そのどれでもなかったとしても、彼のことをもっと深く好きになるだろうことは確実で。こんな嫉妬を向けられることは他の誰かはあるのだろうか。ないといい、などとばかり思って、僕の中の特別に、君の中の特別に、いつか君が気がついてしまう日を、きっと待ちわびている。
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