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    りーでぃん

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    りーでぃん

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    没になったもの
    天馬兄妹と買い物に行く類の話

    えむくんと寧々は二人で遊びに行くのだと、グループチャットで連絡を受ける。隣に立っている司くんへ視線を向ければ、司くんは微かに首を傾げた。
    休演日である今日は、準備期間も含め随分と久しぶりの休みであった。最近は知名度が上昇したことで忙しく、休む暇などほとんどなかったのだ。えむくんも寧々も、数日前からソワソワとしていて何か良いことでもあったのかと思ってはいたが、なるほど、遊びに行く約束をしていたのかと今更ながらに気がつく。
    「司くんはこの後、用事はあるのかな」
    「あるにはあるが……どうかしたか?」
    「……いや、なんでもないよ」
    二人で何処かに遊びに行かないかと誘おうとして、撃沈をする。彼は知り合いが多いのだから当然の答えではあるのだが。たまには二人で買い物というものをしてみたくあったのだ。仲間の四人で何処かへ赴く機会はあるが、二人だけで遊びに行くという日はほとんど無く。えむくんと寧々だって二人で遊びに行ったのだし、僕達もと不確実な期待をしてしまった。自分の愚かさに内心で些か落ち込んでしまう。
    「咲希と買い物に行く約束をしていてな」
    「ああ、咲希くんとか。君たちは本当に仲が良いね」
    「そうだろう、そうだろう!……あ~、それでな、もし類が嫌じゃなければなんだが」
    司くんは何かを言い淀むように視線を彷徨わせ、ゆっくりと僕へ星の瞳を合わせる。
    「一緒に買い物をしないか?」

    「あ!お兄ちゃ~ん!るいさ~ん!」
    スマホから顔を上げて、ぱっと表情を柔らげた、司くんと良く似た金の髪の女の子。元気良く手を振って、綺麗に通る声で僕らへ呼び掛けてくる。司くんが駆け寄って隣に立てば、誰がどう見ても兄妹だとわかるほどに、二人の姿は良く似ていた。
    「おお、咲希!すまん、待たせてしまったな」
    「ううん、大丈夫!あたしもさっき着いたところだから!」
    にこにこと笑顔を浮かべていた咲希くんは、二人の傍に近寄った僕にもその笑みを向けてくれる。
    「こんにちは!るいさん!今日はよろしくお願いします!」
    「こんにちは、咲希くん。こちらこそ、よろしく頼むよ。いきなり来てしまってすまないね。折角二人だけでの買い物だったのに」
    「えへへ、全然大丈夫ですよ!むしろすっごく嬉しいです!お兄ちゃんからるいさんの話をいっぱい聞いてて、もっとお話ししてみたいなってずっと思ってたので!」
    「司くんが僕の話を?」
    「はい!色々教えてくれたんですよ!演出が凄いとか、演技も上手いとか──野菜が食べられないとか!」
    最後の言葉だけほんの少し、意地悪そうな顔をする咲希くんに、僕は顔を抑える。年下の女の子に何も面目が立っていない。司くんから情報が筒抜けなことに喜ぶべきか悲しむべきか。隣を振り向けば、司くんはぱっと顔を背ける。
    「ねえ、司くん」
    「す、すまん」
    横を向いて肩を震わせる司くんの姿は随分と珍しく、目にした瞬間、毒気なんてものは抜けてしまう。少し口角を上げてしまったのがバレたのだろうか、咲希くんは楽しそうに笑って、僕へと問いかける。
    「るいさんは何か欲しいものとかありますか?」
    「そうだね、最近だとハンドクリームが欲しいかな。寒くなってきたし前々から買おうとは考えていたんだけど何が良いのかわからなくてね」
    「それならまずはハンドクリームを買いに行きましょう!あたしとお兄ちゃんでぴったりのものを見つけちゃいますよ!良いよね、お兄ちゃん!」
    「勿論良いぞ!オレたちに着いてこい、類!」
    「僕の買い物が先でいいのかい?ついてきただけなのに、すまないね」
    「謝らんでいい!全くもって構わんからな!」
    きらきらと輝く笑顔で、二人は通路を真っ直ぐ前へと歩き出し、すぐに同じ道を引き返す。どうしたのかと不思議に思えば、身を寄せあった二人は小さな声で話し合いをしている。
    「お兄ちゃん、ハンドクリームとか置いてある店って何階だっけ?」
    「この階だったと思うんだが……何処だ?」
    「ち、地図見ようよ地図!」
    「そ、そうだな!」
    「どうしよう、ちょっと格好つけたのに迷ってるよ!」
    「類はあまりここに買い物へ来なさそうだしバレてないんじゃないか?黙っていれば気がつかれないはずだ!」
    「確かに!そうだね!」
    バレバレな話し合いに思わず笑い声を漏らしてしまうが、いっぱいいっぱいな兄妹には聞こえていないようだ。僕は顔をつきあわせて地図を読んでいる二人に近づき、肩を叩いた。二人は疑問を顔に浮かべ、僕を振り向く。
    「ん?なんだ?」
    「ほら、あそこの店がそうじゃないかと思ってね。違ったら申し訳ないけど」
    僕が指差した方向へ二人は視線を向けた。
    「あ~!ほんとだ!るいさんすごい!」
    「よくわかったな!凄いぞ、類!」
    素直に笑って顔を明るくする兄妹に、心の内がほんのりと温かくなる。実のところ、ここへは買い出しで何度か訪れたことがあり、その店も前々から目をつけていて知ってはいたのだが、こうして喜んでもらえ、あまつさえ褒められてしまえば、どうしたって嬉しくなってしまう。堪えきれずに笑いを溢してしまえば、二人は似たような表情をして不思議そうに首を傾げた。

    低い棚にずらっと並べられた幾つものハンドクリームに、僕は戸惑いを隠せずにいた。司くんと咲希くんは棚の前にしゃがみこんで、じっとハンドクリームを眺めている。
    「類、どんなのがいいんだ」
    「え、あ、ああ……えっと、どんなのがいいんだろうね?」
    「こういう匂いが良い~、とか、さらさらしてるやつの方が良いとか、ありますか?」
    「それなら匂いは抑えめでべたつかないものが良いかな。作業をする時に使う予定なんだ」
    司くんが瞬きをして数度頷く。
    「ああ、紙を捲る時に指が引っかかるんだな?」
    「おや、よくわかったね」
    「近頃は類のこともだいぶわかるようになってきたからな。変なことじゃなければ大体わかるぞ」司くんは胸を張って得意げな顔をしている。
    「フフ、それは嬉しいことだ。でも僕だって司くんのことはわかるよ」
    「ん?例えばどんな時だ?」
    「そうだね、咲希くんに作ってもらった弁当を持ってきた日とかは凄くわかりやすいよ」
    「そ、そうか?」
    「露骨に嬉しそうだからね」
    咲希くんは瞳を輝かせて破顔する。
    「えへへ、ちょっと恥ずかしいけど嬉しいな……!これからも頑張るから楽しみにしててね、お兄ちゃん!」
    「さ、咲希~!」
    瞳を微かに潤ませている司くんと照れ臭そうに笑っている咲希くんは随分と幸せそうに見えた。兄弟というものに馴染みが無いからだろうか、その関係性が少し羨ましくも思えてしまう。僕も、もっと司くんと打ち解けて話をしてみたい、だなんてことを考えて、一度、頭を振った。別に司くんの兄弟になりたいわけではないのだ。ただ不思議ともっと深く彼のことを知りたいと心の内で願っている自分が居て。今よりずっと彼に近しい存在になりたいと感じている、のだろうか。
    「類?」
    棚の前にしゃがむ司くんに問い掛けられて、僕は我に返る。
    「ああ、なんだい?」
    「どうかしたのか?」
    「いや、別になんでもないよ」
    「なんでもないという顔には見えないが」
    司くんは立ち上がって心配げに僕を見つめてくる。自分の思考に些か混乱をしている僕は、問題の中心である司くんから視線を逸らした。
    「本当に、なんでもないんだ」
    視界の端で司くんは、微かに首を傾げている。僕は真っ直ぐに向けられる視線を受け止められるだけの感情を持ち合わせてはいなかった。折角、好意をもって二人が買い物に誘ってくれたのに、おかしな様子の人間が居ては楽しめやしないだろう。そう考えはするのだが、考えれば考えるほどに全ての対応がわからなくなっていく。黙り込んでしまった僕を見て、何を思ったのか、司くんは笑った。
    「今度、二人で遊びに行くか」
    「……え?」
    「二人だけで遊びに行ったことはあまり無いだろう。いつも皆で行っていたし、行くのは大抵が映画館や劇場だったからな。どうせなら違う所にでも行ってみないか」
    その言葉に口をぽかんと開けてしまえば、司くんは楽しそうに笑みを溢した。
    「類のことをもっと知りたいんだ」
    その言葉に、理解をする。
    僕のことを知ろうとしてくれる人の存在は、初めてだった。
    照れ臭そうに微かに頬を染めていた司くんは、返答が無いことに焦ったのだろう、ぱちばちと目を瞬かせて首を横に振る。
    「別に出掛けることが億劫ならいいんだ。学校でも話せるしな!全くもって無理をする必要は……」
    「いや、行こうか」
    「君と遊びに行くのは随分と楽しそうだ。予定も詰めたいし明日の昼は一緒に食べないかい?」
    「ああ、いいぞ!楽しみにしてるからな!」
    司くんは顔を輝かせると、咲希くんの隣にしゃがみこんだ。
    「……楽しみにしてくれているのか」
    心拍数の上昇が抑えきれず、どうにか静まってほしいと胸を押さえた。
    キラキラと瞳を輝かせながら、咲希くんと言葉を交わしている。会話の中身は聞き取れないが咲希くんも司くんと似た表情を輝かせていて、良い話だということは傍目に見てとれた。
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