Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    りーでぃん

    @Rutu_konpeito

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 5

    りーでぃん

    ☆quiet follow

    支部に上げようかと思ったけどわかりにくい内容な気がしたのでとりあえずここに置いておく

    事故チューした類司の話

    Toi Toy Toiファーストキスはレモンの味なんて言葉は全くの嘘で、不慮の事故におけるキスはただの赤い鉄の味でしかなく、微かな痛みがじわりと口内へ広がっていく。
    水色、という声が聞こえていた。ワンダーステージの客席で寧々と着ぐるみ達と色鬼をしていたらしいえむが、オレの服へ触れにきたのを覚えている。色を求めにきたえむが、段差に躓き、立っていたオレの背中に追突して、その衝撃で体が前へ倒れているのだと、瞬間的に理解した。
    目の前で脚本を読み返していた類が、倒れかけたオレを受け止めようとするのが視界に映り、そのまま強く、キスをする。
    かつりと鳴る歯のぶつかる音。見開かれた満月の金の瞳に映る自分は、随分と呆けた顔をしていて。
    唇が触れた瞬間、求めていた愛を埋められたような気がした。


    深夜一時頃、ガレージを改造した作業部屋で機械のメンテナンスをしていた。動かさず仕舞ってある機械達はバッテリー切れが起きたり、錆び付き壊れやすくなってしまう。過去のショーで使用した大量の機械達に終わらない作業。随分前から体勢の変わらない体は、錆びた機械のようにがちりと固まっていた。器具を置き、腕を回し、軽く伸びをする。
    終わらない作業に手を出したことは一種の現実逃避だった。
    メンテナンスだけでなく、次のショーの構想も練らなければならない。高頻度でショーをしている分、同じ展開では観客も飽きがくる。そのためにも今までのショーとの差別化を図りたかった。
    しかし、何も思いつかないまま既に一週間が経とうとしている。ここ暫く、スランプ気味であったことに目を瞑っていたが、とうとう直視せざるを得ない日が来てしまった。気分がわずかに落ち込み、溜め息をつくと、吐く息の量と表情から気分が落ちている人を検出する、昔作った掌サイズのメリーゴーランド型の機械が、小さなショーを繰り広げ出した。
    白馬の駆けるメリーゴーランドは、セカイの空に浮かんでいるものになんとなく似ていて、連想ゲームのように、彼のことを思い出し、また、憂鬱になる。
    ──ここ一週間ほど、彼に距離を取られていた。
    初めは気がつかなかった。昼食に誘えば屋上までついてきて、弁当の交換をしてくれる。実験にも演技の練習にも付き合ってくれる上、爆発騒ぎを起こしてしまい、呆れたように追いかけてくる先生から逃げることにもわざわざ付き合ってくれる。正に、いつも通り。
    だからこそ、彼から話しかけられた記憶が暫くないと気がついた瞬間、今まで味わったことのないような衝撃を受けた。
    授業終了のチャイムと同時に僕のクラスへ駆け込んでくることもなければ、委員会の仕事をしている最中に話しかけてくれることもなく、なんなら単純に、昼食にすら誘われない。その事実に酷く落ち込んでしまい、取り繕っていたつもりだったが、遠回しに寧々にもえむくんにも気を遣われた。年上としてとんだ失態である。
    あの日、半ば事故的に彼とキスをした。それから彼は僕と距離を置くようになった。そこから導きだされる結論はたった一つで。
    ──嫌だったのだろう、きっと。そうでなければ彼が僕を避けることは無い。
    あの時キスをした瞬間、彼の琥珀のような瞳は目一杯に見開かれていて、その彼の目に僕だけが映っていた。唇の端が切れてどちらともわからない血の味がじんわりと口に広がって、それでも僕から離されない瞳に、微かなる独占欲を覚えた。その自らの愚かさを悟られないように振る舞ったつもりだったがバレていたのだろうか。
    再び溜め息を吐くが、既にショーをやめたメリーゴーランドは察することをせず、ぴくりとも動かない。感知システムに異常が見られるようだ。これもメンテナンスと改善をしなければならない。
    少し思案し、修理をしようと手にしていた器具を床に置く。それから、伏せて置いてあったスマホの画面を光らせ、アプリを立ち上げた。ショーに使うための音源がいくつも入っている音楽ファイルの中、目当ての曲を見つけ出す。
    「……司くんは許してくれるだろうか」
    彼の想いを知りたいのなら、セカイに行けば良い。それをわかっていて選択できなかったのは、セカイを覗く行為が、彼の心を覗く行為と同義だからだ。そうしてもし、知りたくもない彼の僕への感情を見つけてしまったらと考え、結局、再生ボタンを押す。スマホの画面がちかりと瞬き、あっという間に部屋全体が白い光に包まれていく。
    彼の心を知ったことで嫌われるよりも、何も知ることが出来ないまま彼に距離を取られ、疎遠になることのほうがずっと恐ろしいと、身勝手にもそう思ってしまっている。

    ぱっと、目を開く。それから、不意に違和感を覚えた。……音楽が聞こえない。
    ぐるりと辺りを見回せば深夜だからなのだろうか、深い藍色の空には星々がきらきらと瞬いている。歌声を響かせているはずの花は蕾を閉じていて、気味が悪いほど随分と静かだ。観覧車やメリーゴーランドに空飛ぶ汽車は、眠るように地面に落ちたままピタリと動作を停止していた。
    異変が起きているのは目に見えていて、しかし僕はいつからこのセカイが眠りに落ちたような状態なのか、知らなかった。避けられ始めたときから無意識的にここへ来ることを恐れ、ここ暫くは覗くことすらしていなかった。しかしこのセカイの状態はなんなのかと、訪れていなかったことを後悔する。
    ──やはり、嫌われてしまったのだろうか。僕の中にある彼への執着が悟られてしまったのだろうか。不安と後悔と疑念が胸の内からふつふつと湧いてくる。
    誰からも好かれる彼の、初めてのキスを僕が奪ってしまって。あの清廉潔白な彼の、切なく揺れる瞳と触れた熱い舌と、甘いような血の味を僕だけが知っていて。キスをした瞬間、衝撃に口を開いて僅かに伸ばした舌に、彼の柔らかな舌が絡まった瞬間のとてつもない背徳。
    その全てに酷く興奮したのだ。
    僕は、彼が僕にしか見せない顔をする瞬間が好きだった。
    爆発騒ぎがばれて、先生に怒鳴られた瞬間のどうしようか、と焦ったような表情、そのまま走りながら話しかけてくる彼の、眉毛を吊り上げながらもどこかわくわくしているような顔。僕の演出を見て、小さな子供のようにきらきらとした瞳で見上げてくるその無邪気さ。野菜を拒否した途端に見せる、苦々しさと諦めを混ぜたような困り顔。それから、屋上でただ、雑談のような会話を繰り返し、微睡んでいる時の穏やかな微笑み。
    その全てをあますことなく心のファインダーで切り取り、時折、アルバムを捲るように思い出す時間がとても好きだった。
    僕だけに見せる顔を一枚も写真に収めなかったのは単純なことで。ただ、誰にも見せたくなかっただけなのだ。彼のその顔は僕だけが見ていればいいと、そう思ったのだ。
    そんな、誰にも見つからないように飼い慣らしていたはずの独占欲を彼は見いだしてしまったのだろうか。
    深く落ち込みながら、静寂に満ちたセカイを見て回ろうとして、不意に、がしりと足を掴まれた。驚きに声すら上げられず、反射的に足を動かせば「マッテ~!ルイクン!」と聞き覚えのある高い声が聞こえ、何かに掴まれた足に視線を向ける。
    そこには、司くんに言わせれば、僕に少し似ているらしい、三毛猫のぬいぐるみが居た。水色とオレンジのオッドアイの瞳から重たい涙を溢しそうになっていて、けれど急いたように僕のズボンを何度も引っ張ってくる。ズボンが破けないかと、些か心配を覚えてしまうほどの力強さだった。
    「アッチ!アッチにツレテッテ!」
    指差した先にはベンチが見えるがそれは随分と遠く、霞んで見える。彼の短い手足では辿り着くのに時間がかかるのだろう。
    足元へ縋りつく柔らかい綿の体を掬い上げ、地面を歩き出せば、猫のぬいぐるみは「アリガトウ」と感謝を示すように、顎へその綿の詰まった柔らかい頭を擦り付けてくる。
    意思をもって動いているのに、体温も心拍もない、けれど愛おしい存在。僕の作る機械も同じ様なものではあるが、それとこのセカイのぬいぐるみ達とは、確実に何かが違うように思えることが不思議だった。
    「一体何があったのか知っているかい?セカイに流れている音楽も遊具も、全て停止している。君の他に誰も見かけない。異常事態のはずなのにミクくん達も見当たらないのは変だ」
    「ミンナスヤスヤシテルヨ」
    「すやすや……寝てるのかい?」
    「ウン!ネムタイってミンナ寝チャッタノ。カイトは頑張ッテ起きキテタケドサッキ寝チャッテ……ア!ルカはまだオキテル!でもイッテラッシャイッテ、待ッテルカラ行ッテアゲテッテ、バイバイシタカラ……あと起キテルのは僕とアノ子ダケダヨ」
    「あの子?」
    「ウン、アノ子」と猫のぬいぐるみはこくりと頷いた。
    あの子とは誰なのか訪ねようとするが、ぬいぐるみの瞳に再び涙が盛り上がるのを見て、口を閉じる。
    「サイキン、アノ子がボクのカオをカプカプシテクルンダ」
    皆でおいかけっこをしていて、”あの子”とぶつかってしまったのだと。勢いあまって口同士を合わせてしまって、その日から”あの子”に顔を甘噛みされるようになったのだと、ぬいぐるみは目を伏せた。
    「イツモ噛ンダ後ニネ、ゴメンネ、ってアヤマッテクルノ。ソノママトオクに行ッテ、マルマッテ、震エテル」
    ボクは嫌じゃないのに、と寂しそうに呟き、彼は目に浮かぶ涙を布の腕で拭った。
    なるほど、きっと”あの子”というのは彼がいつも行動を共にしている、勝ち気な茶色の犬のぬいぐるみ。前に一度、司くんと喧嘩をしてしまったあの日、彼らもこのセカイで僕らと同じように喧嘩をしていたのをよく覚えている。彼との喧嘩により回らない頭でも、興味深く思ったのだ。司くんによく似た犬のぬいぐるみは、その通り、司くんの心を写し取っているのかもしれないと。
    それに、セカイ全体が眠りについている事象。司くんの想いに異変があることは確実だった。一番に眠ってしまうはずのルカさんは、一人、目を覚ましている。彼女は誰かが困っているときには、はっきりと目を覚ますのだと、ふと思い出す。
    「イル!ルイクン!イタヨ!」ぬいぐるみが僕の腕をぺしぺしと叩く。
    既にベンチまで数十メートル。そこに居たのはぬいぐるみではなく、人間の形をしたもの、その誰かはふと僕の方を向いてベンチから立ち上がった。
    見覚えのある金と赤の夕暮れの髪が揺れていて、足を進めていた速度が不意に落ちる。こんな夜遅く、日付が変わる前には既に寝ているはずの彼はここに居るはずがない。けれど僕が決して見間違えるはずもない人間が、そこには居た。
    「司くん……?」
    彼は困惑しきったような、迷い子のような幼い顔で僕をじっと見つめてくる。それから不意に腕を差し出してきた。
    「……ずっと泣いてるんだ」
    赤いスカーフを首元に巻き付けている小さな茶色い体。震える大きな尻尾とへにょりと畳まれた三角の耳、司くんの腕に抱かれていたのは想像通り、犬のぬいぐるみだった。
    それを認識した猫のぬいぐるみが、僕の腕からぴょんと飛び降り、司くんの足元に駆けていく。地面にしゃがみこんだ司くんは犬のぬいぐるみを下ろそうとするが、彼は涙を浮かべて嫌々と首を振るばかりで腕から離れようとしない。
    視線を感じふと顔を上げれば、何故か僕を見つめていた彼とばちりと視線が合った。彼の星の煌めく瞳を真正面から目にすることも随分久しぶりのように思え、不意に胸が詰まる。
    「どうして僕と話そうとしてくれないんだい」
    「話したくないわけではない」
    「なら何故僕を避けるんだ」
    「お前と居ることが苦しいからだ」
    「僕は君に何かしてしまったのかな」
    「違う。オレが……」
    目を伏せて黙り込んだ彼の目元には隈があった。あまり眠れていないのだろう。近頃はしっかりと顔を見る機会がなかったせいで気がついていなかった。
    もし、この犬のぬいぐるみが話す音が本当に彼の言葉なのなら、僕はそれを無視できない。僕が聞けない恐れの言葉を、猫のぬいぐるみが音にする。もし、司くんが言えない、抱えている想いがこうしてセカイに現れているとするならば、彼の涙の理由を、この犬のぬいぐるみは口にできる。犬のぬいぐるみは小さく鼻を啜って、小さな小さな涙声を溢す。
    「モウイッカイ、キスシタイナンテ、イエナカッタ……」
    無意識に彼から漏れた言葉に、司くんが息を呑んで、背中を震わせている犬のぬいぐるみを抱き締めた。彼はぬいぐるみを抱き締めたまま瞬きを繰り返していて、ふっと瞼を伏せると「すまん」とぽとり、誰に言うでもない言葉を地面に落とす。
    死人のような血の気の引いた青白い顔、縋るように犬のぬいぐるみを抱き締めている彼の姿に、言葉を掛けることを躊躇う。彼は謝罪の理由を決して教えてくれない。そういう人なのだ。彼は。自分の心に秘めておけば誰も傷つかないから、一人で悩んで考えて誰にも心配をかけないように笑える人。彼が秘める心の底は誰も知れないのだ。──ただ一匹を除いては。
    「君はどうして猫のぬいぐるみくんにもう一度キスをしたいと思ったのかな」
    僕を見上げるのは、涙に濡れた真っ黒な瞳。唯一、司くんの心を知る、司くんの写しのような犬のぬいぐるみ。体を固まらせた司くんに抱き締められたままの、布で作られた全てを見透かすような黒い瞳は頭上の司くんを見上げ、丸い鼻先を司くんの色を失った頬に押し付けた。
    「ツカサと、オナジ」
    それだけを呟いてただ、涙を落とし続ける犬のぬいぐるみをぼうっと見つめていた司くんは、ふと視線を上げると、僕の瞳にぴたりと焦点を当てた。表情がすとんと抜け落ちたような、それでいて苦しみに満ちたような僕の知らない顔で、静かに、口を開く。
    「──キスをした瞬間、お前の一番になれた気がしたんだ」
    触れたら壊れてしまいそうなほど、小さくて掠れた音。
    世界中に響くような大きな声で自信満々に言葉を話すような君は何処へ消えたのかと、思考を紡ぎ、その思考が君を蝕んでいる毒なのかと、彼の心の片鱗に触れ、理解をする。
    「嬉しかったんだ。お前の目にオレだけが映っていることが、本当に嬉しくて、泣きたくなって、息ができなくて、苦しかった。ただの事故なのに、……お前は気にしていないと言うのに、オレばかりがお前を求めている」
    人々を笑顔にさせるスターでいたいと望む彼は、苦しそうに目を細めながら決して涙を流さず、ただ、僕の瞳を絡めとる。
    「愛を埋めてもらえたと思ったのに、もうずっと、空っぽだ」
    誰もに愛を与え続ける彼は、僕だけを見つめ、くしゃりと寂しそうに微笑んだ。
    ああ、なんだ、簡単なことではないかと、僕は思わず笑いを溢してしまう。単純なことなのだ。君は僕が好きで、僕は君が好き。だから恐れて愛を口にできない。司くんは笑いだした僕を見て、光を反射して煌めく瞳を不満げに瞬かせ、そっぽを向こうとした。
    その何処かへ行ってしまいそうな彼の腰を引いて唇を合わせれば、司くんは夕焼けの瞳を真ん丸に見開き、林檎飴のように染まった頬に、ぽつりと透明な雫を落とす。
    「愛は埋まったかい?」
    呆然としたように息をついて、それから恥ずかしげに笑う司くんを見て、目を瞬かせていた猫のぬいぐるみは、キラキラとオッドアイの瞳を輝かせる。
    それから、未だ涙を溢している犬のぬいぐるみを振り向くと、そのまま飛びつくようにキスをした。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭😭😭😭💖💖💖💖☺☺🇱🇴🇻🇪💜💛💜💛
    Let's send reactions!
    Replies from the creator