兄とは反りが合わなかった。
それはあの日だって変わらなかった。
髪を赤く染めたのは、自分の殻を壊したい一心だった。校則で禁止されているわけではなかったし、担任の渋い顔も特に気にしなかった。親は俺になんの期待もしていない。そんな中で、突っかかってきたのはやっぱり兄だった。
「頭悪そうな色」
前髪を引っ張られ、片手で振り払う。眼鏡の奥の瞳が不機嫌そうに揺れるのが分かった。
兄とは全てが合わないのだ。学力も、価値観も、趣味も。そして、そんな相手への接し方も。
「冬樹、今日も出かけんの」
あの日だって、靴を履いている最中にわざわざ話しかけてきたのだ。
「……そうだけど」
「はー、そんなんだから馬鹿なんだよ」
「引きこもって小説読んでるお前に言われたくないし」
そんなことを言いながら扉を開けると「俺も買い物行くから」なんてサンダルを履いて追いかけてきた。
正直邪魔だと思った。だから俺は、イヤホンで音楽を聴きながら早足で道を歩いていたのだ。それがいけなかった。
「ーー冬樹! 危ない!」
俺の記憶はそこで途切れている。
白い壁は俺のことを責めているようで、病院で顔をあげることができないでいる。床を見ていても辿り着けるようになった病室で痩せた顔を見ていると、俺はここに閉じ込められるんじゃないかという恐怖すら抱く。
俺に手を伸ばした兄の表情がどうしても分からない。いつも俺のことを恨んでいる顔で再生される。
そもそも、突き飛ばしたのが兄の方だったのかも定かではなかった。本当は自分が殺したのではないか。嫌いな人間を手にかけてヘラヘラと生きているんじゃないかなんて考えてしまうのだ。
俺が死ねば良かったって思ってるんだろ。
そんなことを問いかけても兄は何も話さないし、誰もここが地獄の淵であることに気付かない。
「冬樹?」
その声で我に返る。部長の顔はこちらを心配するもので、すみません、と小さく口にして周囲を見た。文芸部の誰にも、兄のことは話したことがない。
「俺は、本読み始めたのはほんと最近で……でも、に、兄さんが好きだから。家にいっぱいあって、これ良いよとかって言われたりして……だから、兄さんのおかげっていうか……」
口数が多くなっていることを自覚していても、流れる汗と同じようにそれは止めることができなかった。
「へー、仲良いんだな」
「……良いです、そこそこ」
「兄弟仲がいいのは良いことだ」
うんうん、と頷く他のメンバーに対して曖昧に笑う。
誰か助けてくれと思いながら、今日も俺は兄の待つ病室へ行く。