ファイト・クラブ土曜早朝一二三が自宅に帰宅すればリビングに明かり、ゆるく誰かの話し声と騒がしい音が聞こえて、あ、独歩いる、多分ソファで寝落ちてると思い、一二三は静かにリビングのドアを開けた。
ら、独歩がソファから手だけ出してひらひらと振り
「おかえり」
と言った。
「え、なんで起きてるの、待ってた?」
「待ってない、眠れなかった、今日休み、ちょうどいい、映画見てる」
「なる」
一二三が独歩が寝転んでいるソファに近づけば独歩が何を見ていたのか理解した。
「好きネ〜」
「年々沁みる…もう主人公が俺としか思えない」
テレビの中では男たちが殴り合いをしている。
シャワーを出来る限り早く済ませ、それでもしっかり髪の毛を乾かした後、一二三がまたリビングに戻れば独歩は起きていて、相変わらず映画を見ていた。
ソファに寝そべる独歩の身体の上にゆっくりと一二三は乗っかかった。それに合わせて独歩も身体の向きを変えたので丁度いい感じにだらんと二人はソファに寝そべった。買って良かった、おっきなソファ万歳。
一二三が視線をテレビに移せば、タイミングが良かったのか独歩が早送りしたのかはわからないが、苦手なセックスシーンがある辺りは終わったとこだ。一二三も独歩に付き合わされうんざりするほどこの映画を見ているので、大体の流れは把握している。間に合ってよかった。一二三はこの映画のラストシーンが好きなのだ。
「辞める時絶対こうして辞めてやる」
はは、と自嘲気味に独歩が笑う。
映画、主人公が仕事を辞めるシーン。上司の前で主人公は己を殴りそれを全て上司に殴られたと騒ぎ、結果、退職金をたんまりもらって会社を辞めるのだ。
「いーと思う。」
適当に答えながら一二三は、あ、今このシーンてことはこの後あのシーン来るじゃん。と思った。
二人の思い出のシーンのことである。
独歩覚えてっかな、と思いながら一二三はテレビから視線を移してじっと独歩の顔を見る。が、独歩は確実に一二三のその行動に気づいているだろうにテレビに釘付けだ。
ちぇーと思いながら一二三は独歩の胸に右後頭部をくっつけた。
テレビの中で主人公が高級車を破壊している。
この映画を初めて二人が見たのは高校生の時である。
独歩がインターネットで「死ぬまでに見るべき映画ランキング」だったか「サブカル映画ランキング」だったかを見て駅前のTUTAYAでDVDを借りてきて二人で見た。一二三は最後のシーン良いなと思ったぐらいだったが、17の独歩の心にはなにか刺さったらしい。その映画のDVDが視聴した翌々週には独歩の部屋に置いてあり、以降ちょくちょく見ていた。映画は一回見れば充分派の一二三は独歩がソレを見ている時はだいたいいつも横で雑誌か漫画を読んでいた。
『アレやってみたい』
と独歩が言ったのは17、冬。夜中、観音坂家のリビングで若かりし観音坂少年は相変わらずこの映画を見て伊弉冉少年は横で本を読んでいた。そして主人公が車を盛大にブッ壊すシーンを指差して独歩はやってみたいと言った。一二三はンー、と思い、『あっこの、廃車』とだけ言った。
思春期の少年とは愚かできっと凶悪ないきものだ。
18の時に一二三の世界は何もかも変わってしまったが、18までだって、そこそこ、幼少期から一二三は大人にも子供にもちょっと変な目に合わされていて、独歩はその度防犯ブザーを鳴らしてきた。だから二人は気づけばどこか壊れており、しかもそこに思春期パトスが乗算されて、
埃を被った何故か右側前輪のタイヤのゴムが取れている車を適当な棒で──
そして全速力で──
観音坂家に辿り着いた時の事を一二三は細部までしっかり覚えている。汗ばんだ体に寒空真夜中の空気が気持ち良かった、途中まで着ていたコートを左腕に抱えて、汗を拭くため玄関ドアの前で繋いでいた手を離した。お互い手汗が凄かった。そして夜中なので声を殺して二人で笑った。
ド青春メモリーすぎる、と29の一二三は思い返して思う。
視線をテレビに固定したまま一二三は独歩の手を探し出し、自分の左手とその手を繋いだ。
あの時の手を今もこうやって繋いでいるのだからすごい話だ。シンプルに、すごい話だ。
ああ、テレビの中、主人公が悪に染まっていく。
結局暴力行為を働いたのはあの夜だけの話で、一緒に棒で殴りぬいた車がどうなったのか知らない。二人の悪事は誰にもバレなかった。でもまぁ、独歩がまたやろうと、暴虐の限りを尽くそうと言うのならば全然付き合うと当時の一二三は思っていたし、今も正直思っている。
ン?でもアレだ、よく考えたらこの映画の主人公、オチ、俺っちの方が似てね?と一二三は思った。が、いや境遇的には独歩か。ンーつまり俺っちと独歩を足して2で割ったみたいなハイブリット主人公…と、思い直した。そう思うと十数年越しに一二三はこの映画が好きになれそうな気もしてきた。年々沁みるってそーゆーこと?でも多分独歩と違う意味なんだろうけどー、と結局そのまま一二三は独歩に付き合って映画を最後まで見た。
ラストシーン、きれえ、と一二三は思う。
いつだって一二三は独歩と手を繋ぎ二人で壊れてく世界を見ていたいと思っている。