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    hanaka_bsd

    @hanaka_bsd

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    hanaka_bsd

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    支部に上げた「三人でひとつ。」の続き、というか、救いがなかったので、生まれ変わりで救いをと思って書き始めたお話。相当好き勝手書いてます。多分続きは、ドラみつ+マイになるのかな、とおもいつつも、続きが色々迷走して書きあがらないので・・・前作みないと話がつながらないけど、支部にあげるには・・・。たまたま見つけたこちら(ポイぴく)に・・・。もし完成したら支部にあげますm(__)m。自分のケツ叩き用です。

    #ドラみつ
    drugAddict

    同い年で従兄弟のケンチンとは、母親の胎の中にいる頃から近くにいて、
    何をするにも一緒、兄弟であり親友のようにして育った。

    俺等のじいちゃんが単車好きのバイク屋をやっている事もあり、
    俺とケンチンの興味も子供の頃から、専らバイクで
    暇さえあれば、大人しくしていると約束をして、じいちゃんの単車を弄ってるとこ
    ろを一日中眺めていた。

    互いに惹かれたお気に入りのバイクのどちらが、どれ程
    カッコいいかといういい合いはヒートアップするにつれ駆けっこや早食いなんても
    のの勝負にまでもつれ込み、最後には、何で揉めてたかわからないが、
    いつかは、お互い好きなバイクに乗ろうという夢の話に夢中だった。

    友人はケンチン以外にも沢山いて、尊敬するじいちゃん、優しい母さん。
    何一つ、大きな不自由がない日々は、酷く穏やかに続いていた。

    小学校5年生の夏のはじまりのとある一日。

    この歳になるまで毎回、手伝いを申し出ても断られていたバイク屋の裏の
    大きな倉庫の片づけを、どうしてもと粘って頼み込んで、やっとの事、
    させて貰える事になった。

    「余計なモン触んなよって言われたけどさ、正直ワクワクするよな」

    「まあな。でもマジで触んなよ?万次郎、もう入れて貰えなくなるぞ」

    「わかってるよ」といいつつも口が尖るのは仕方がない。

    事、単車関連に関しては、普段はノリのいいケンチンも、
    いつも以上に悪ノリをしてこない。

    こうなってしまうと、むくむくと湧くばかりの好奇心は三分の一くらい減って、
    一人でも、とはいかなくなる。
    勿論、もう二度と入れてもらえなくなるかもしれないってのが一番の痛い所では
    あるので、無茶はするつもりはない。

    その事を良く分かっているからこそ、じいちゃんは上手にケンチンの手綱を握っている。
    俺の方に口煩くいうんじゃなくて、ケンチンの方に”頼む”んだろうけど。

    昼の少し前、只管に埃を払うだけの倉庫の方の作業に飽きた俺は、
    店でじいちゃんの作業をみていた。
    油にまみれたグローブを取ると、タオルでその手が拭われる。
    それが合図のように、傍に寄れば、その手が頭に被っていたキャップの上に
    ぽん、と乗せられた。

    小さい頃から、この油の匂いの交じったじいちゃんの大きな手に撫でられるのが
    好きで頬が素直に緩む。
    左右にゆらされて、鍔がくるりと回るのが擽ったくて目を細めた。

    「万次郎、そろそろ昼にするから賢を呼んで来い」

    「うん」

    そうめんだからな、伸びる前に呼んで来いよ。と、釘を刺されて、頷くと、
    ケンチンを迎えにいく。

    「ケンチーン、昼飯だってさ。そうめんっ
     おーい。ケンチン?」

    真夏ではないとはいえ、気温が高い中での作業だ、
    じいちゃんのいいつけは絶対だった。
    10分置きに水分を取る事、
    熱が籠ってしまう倉庫は、ドアは閉めないようにして作業をする事、
    その言いつけ通り、広く開け放したままの倉庫には俺の声が響いているのに、
    返事がない。

    まさか、ぶっ倒れてねーよな?と不安になって、慌てて中に入れば、
    ケンチンは、奥で蹲るようにしてしゃがみこんでいた。

    「ケンチンっ!!」

    慌てて近寄れば、「万次郎」と、微かに声が震えているのものの、ちゃんと、
    返事が返って来た。

    「どうした、具合わるいのか?」

    咄嗟に後ろからのぞき込めば、ケンチンは、その瞳からぼろぼろと涙を流している
    事に驚く。、
    腹でも痛くなって抑えて蹲っていると思っていたその両手には、
    大切そうに何かが抱えられていた。

    「いや・・・なんでかわかんねーけど涙が止まんねー」

    その腕の中にあったのは薄汚れているなんてかわいいものじゃないほど、
    塗装の剥げてさびた単車のタンクだった。
    ただ、ケンチンが前から憧れていたものとは全然違うそれ。

    まるで愛し子でも抱くように抱えられた、それをそっとこちらに傾けて
    見せられた瞬間、どくん、と心臓が大きく脈を打って、
    目の前が弾ける感覚がした。

    __三ツ谷。

    唐突に浮かんだのは、今ではない、過去。
    ずっと隣にあったその顔と、放さないとばかりにしっかりと繋いでいた手の感覚。

    この世に生を受けて、10年。
    今日まで、どうして、のほほん、と、生きて来れたのか。
    こんなにも足りてないのに、どうして忘れて居られたのか。

    心に問うばかりで答えがみつからない。

    ・・・確かにずっとここにあったはずの今は空っぽの震える手を広げれば、
    ぼたぼたと流れた雫は溜まりをつくり、その中に一番古い記憶・・・
    俺達がたった二人で三人ぼっちになった時の記憶が溢れた。

    ____
    _______

    小さくなっていく並んだ影が何度も手を振りながら遠ざかって行くのを
    見送ってから、くるりと振り返えれば、待ち望んでいたかのように、
    いつも俺の隣にあるものが空をみあげる姿が瞳に飛び込んできた。

    ともすれば暗闇に紛れて同化してしまいそうな長い黒髪が月明りに反射して
    ほんの一瞬、少し前までの彼奴自身の色を宿した。

    ふわり風に攫われたそれを三ツ谷の手が引き留める。

    サンダルのまま、ズボンの裾が濡れるのもいとわず、
    ざばざばと小さな波を捌いてその隣に立って、
    髪を抑えたままのその手を取れば、ゆるり、三ツ谷がこちらを見た。

    三ツ谷の引き留める手から解放された黒い髪は再び強く吹いた風に攫われて、
    下から、顔を覗かせた龍が尾の先までその姿を現す。

    まるで、風にのってどこまでも登りたいとでも言っているように頭を持ち上げ、
    天を仰ぐ様をじっと見ながら、取ったままの三ツ谷の手が再びそれを遮ってしまわ
    ないようにと握りなおした。

    この国では、俺の首に在る龍も三ツ谷の右のこめかみの龍もじろじろと見る奴も
    いなければ、これが何の印であるかを解るものだってだれ一人としていない。
    知るのは俺と三ツ谷、そしてもう一人だけだ。

    「マイキー」

    「ん?」

    「インスタントカメラなんかで、何撮ってたの?」

    うん、と一つ頷いてから、繋いでいない方の人差し指と親指でフレームの淵を
    象って覗き込めば、三ツ谷からは、それっきり何も返ってこなかった。

    俺が三ツ谷の許可も得ずに撮ったのは、俺の手とケンチンの骨、そして三ツ谷の
    シルエット・・・俺達のスリーショットだ。

    ケンチンを迎えに行ったあの日、わざわざタケミっちに会ったのは、
    ただ、辛いだけを背負わせてしまった彼奴に、”ごめん”と
    ”もう大丈夫”を伝える為で、約束なんてものは残す筈じゃなかった。

    本当はもう今となりにいる三ツ谷とケンチン以外とは、誰ともかかわるつもり
    もなかったのに・・・。

    たまたま通りかかった路地で立ち往生している日本人のカップルと
    目が合ってしまったのは、昨日の昼過ぎの事で、本当に偶然だった。

    此方が同じ日本人だと悟るやいなや、まるで藁にでも縋るように駆け寄ってきた
    二人は、”こっちには観光できていて、はしゃぎにはしゃいでしまったせいで
    迷子になった”のだと、聞いてもいない事情を大袈裟な身振り手振り付き、
    こちらの口を開かせない勢いで捲し立てるようにして説明すると、
    もしこの辺に詳しいのであればと、道を尋ねて来た。

    面倒だから”知らない”と切り捨てても良かったのだけど・・・。
    此方の人と関わりたくないという空気を一切読まない図々しさと
    その騒がしさに何かをほんの少し重ねてしまったせいで、
    簡単に教えてやったのは、ほんの気まぐれ、たまたまだ。

    たったそれだけの出会いだった筈だけれど、偶然は偶然を呼び、
    道を教えてから丸一日と数時間後、全然別の場所で再びばったり出会ってしまった
    彼等に、折角の再会だし、明日には東京に帰るから、
    その前に礼をしたいと申し出られた。

    勿論、こちらとしては、礼をされる理由もないので即座に断ったのだが、
    ”どうしても”と食い下がられたので、一つ頼み事をしてみたのだ。

    ただ道を教えてやっただけ。案内をしてやったわけでも、特別愛想よくしたつも
    りもない。
    そうだというのに、それだけの事にすごく感謝をして何度もお礼を言い、
    なにかを返したいと思ってくれる彼等は恐らくいい人たちなのだろう。

    だけど、すれ違っただけの出会いで彼等が本当に信頼できるかどうかなんて事まで
    は、わからないし、そこは、どうでもよかった。

    【もし、途中で・・・寧ろ、この話を聞いたすぐ後にでも、
     面倒だと思ったら何処かに捨ててもらってもいい。
     届かないならば、それはそれでも構わないものだ。
     本当に何かのついで、もしも気が向いたならでいい】

    という言葉と共に、写真一枚分しか撮ってない使い捨てカメラと
    宛名だけがかかれた封筒。それを置いてほしい場所を書いて託した。

    一言で東京といっても広い。
    彼等が東京の何処に帰るのかは知らないから
    俺が指定した場所に行くだけでも大変かもしれない。
    もっといってしまえば、このネットの普及する時代、電子機器を使えばボタン一つ、
    で済むのに、わざわざと現像しなきゃいけないのも手間だ。
    嫌がらせを頼まれたと取られて馬鹿らしいと早々に
    ゴミ箱にいれられてもおかしくない。

    そもそもが、暗闇に近い海での月の光だけ便りの一発撮り。
    俺の瞳にはきちんと映ったのと同じものがあの一枚に映し出されるかどうかの
    保証すらない。

    とても道を教えてもらっただけの対価としては見合わない赤の他人の願い。
    きっと、俺の望み通り届くのは難しいだろう。それでもよかった。

    ただ、もしも、善意と偶然が更に重なって、仲間(タケミっち)の元へと
    あれが届いたのなら。

    叶えられる事のないと知りながらもしてしまった「またな」という
    約束への罪滅ぼしになるかもしれない。

    そんな勝手な事を思いながら、海の向こう、遠く離れた場所にいる彼等の顔を
    思い浮かべた。

    もう二度と逢えなくていい。
    ただ、あの場所で、彼等の居るべき場所でできるだけ幸せに笑っていて欲しい。

    願いは、今も、同じ重さをもってこの胸にある。

    俺も三ツ谷も日本での全てを片付けた後、もう、
    何処にも戻る場所がなくなっていた。
    いや、失くしてきた、と言った方が正しいだろう。

    繋いできたのはこの互いの手と、もう一人の手だけ。
    たった二人で三人ぽっちだ。

    手首にまいた鎖がしゃらん、と音を立ててそこにつなげている小瓶(ケンチン)を
    三ツ谷とつないだ手の間に滑り込ませて一緒に握り込み、
    ぎゅ、と力をこめると、一歩、波の奥へと進む。

    隣の三ツ谷も合わせるように同じだけ進んで隣に並んできた。

    「三ツ谷ぁー。ケンチンの所行きてえ?」

    「マイキーは?」

    疑問は間髪入れずに同じ疑問で帰って来た事に、僅かに口の先を尖らせれば、
    三ツ谷は、そっと息だけで笑った。

    「俺”も”ドラケンに逢いたいよ。勿論」

    「・・・うん」

    それを同意と受け取って手を引いた俺を三ツ谷が引き留めた。

    「でも、駄目だ」

    やんわり、と二人の間でたゆんだ手が三ツ谷によって繋ぎ直される。
    その間も足元の波は、留まる事なく二人の足を繰り返し撫でては、
    遠ざかって行くを繰り返していた。

    「マイキー、俺はね?死ぬときはドラケンと一緒だと思ってたし、
     お前に想いを預けた時から、この命はお前のものだと思っている。
     今もね」

    ”お前がここで死のうというのなら、そうする”

    昔も今も変わらないのだと強調した三ツ谷は、
    引き留めた手とは真逆の意味を持つ誓いを静かに告げた。

    「・・・」

    「でもね、今、マイキーと逝く訳にはいかない。まだ。」

    「・・・」

    その強い意思に従って、繋がった手を離そうとすれば、それを許さないとばかり
    指先に強い力が込められた。

    「マイキーを逝かせる訳にもいかない」

    三ツ谷の伏せた瞳が、俺と三ツ谷とケンチンの重なった手に落ちる。


    「じゃなきゃあ、彼奴に逢えなくなっちまう。
     人はね、留まれないんだよ。
     きっと、ドラケンは俺達を待ってない」

    だってね、と殊更優しい声で三ツ谷は謳うように言葉を紡いだ。

    留まる事ができるのは、精一杯”生”と向き合わず、ズル(簡単に死を選んだ)を
    した奴だけだ。
    ズルをした奴はさ、何処にもいけなくなっちまう。
    俺達の周りにはさ、随分と早くに先に逝っちまった奴もいるけど、
    ズルをした奴って一人もいなかっただろ?
    だから、俺達がそれを選んでしまえば、もう、誰にもあえなくなっちまう。
    勿論、ドラケンの元へも。
    この繋いでいる手さえも離れて・・・永遠に、ひとりとひとりになる。
    追いかけたいなら、本気で逢いたいなら、どんなに辛くても、しんどくても、
    俺達は、生きなきゃいけない。
    どんなに早くに、と願っても、例え行きつく先が地獄だとしても、
    何度すれ違い、生まれ変わりを繰り返さな(遠回りしな)きゃいけなくても。

    伏せられていた三ツ谷の瞳が瞬きをして、ゆっくりと持ち上がった。
    真っ直ぐと此方を見たその瞳は、いつかと同じ。「この先俺が一緒に泣くから」と
    言ってくれたその時と同じく、一切の揺るぎのないものだった。

    「なあ、マイキー。ちゃんと、辿って一緒にドラケンに逢いに行こう」

    どれだけしんどくても、まだ生きろと、逃げる事は許されてないと、
    三ツ谷は言う。

    その言葉は正しく、厳しく優しい。
    三ツ谷はいつだって。

    「やるべき事はやった」

    頭では分かっているのに、確認するように言葉は俺の口を滑って零れる。

    「うん」

    「もう、何もない」

    「うん」

    「それでも、か?」

    「それでもだよ」

    ケンチンが死んでからのこの一年、ずっと長く感じていた。
    一分一秒が酷く長く感じていた。
    全て終わらせたら彼奴のもとにいこう。
    それだけを願っていたし、
    隣の三ツ谷もそうだと信じて疑ってなかった。

    だというのに・・・。
    まだ大人(20歳)にもなっていない俺達の今からはいつまで続くのだろう。

    「長いな」と、ぽつり、呟けば「うん。それでも」と返って来た。

    「・・・逢いてぇな」

    俺の口から泣言がぼろり、零れた瞬間三ツ谷の手が震えたのが分かった。
    ケンチンが死んだばかりのあの日、自分に全てをぶつけてくれたらいいと願った
    俺の煽りさえも、三ツ谷は乗ってる事は無かった。
    そればかりか全てを黙って受け止めた。

    此奴がケンチンの事を自分の片割れのように大事に想っていたのを知っていた。
    また、その逆も。

    二人は確かに特別だった。それなのに、あの日から三ツ谷は涙は流したものの、
    俺の前では一言の泣言もいわず、震えもしなかった。
    その三ツ谷が初めてみせた、本音(震え)。

    逢いたいなんて、そんなの、三ツ谷だって・・・
    三ツ谷の方が痛いくらい欲しているだろうに。

    三ツ谷の言葉は、ただただ、俺を生かす為だけの言葉だ。
    今もこのときさえも。
    ごめん、と言葉にするより先に、三ツ谷の右のこめかみに指を差し入れて、
    そのまま、首の後ろにまわした片手で引き寄せて、額同士をこつりと合わせた。

    __逢いに行こう。一緒に。傍に居る

    まるでしみこませるように惜しみなくくれる言葉に、深く一つ頷いた。

    「大丈夫だよ。傍に居る」

    一度は自分勝手に離れる事を選択して、独りぼっちになった俺にとって、
    ”傍にいる”という三ツ谷の言葉はまるで魔法のようだった。

    合わさった額がするり、横にずれて、ぎゅ、とその身体を掻き抱けば、
    三ツ谷が俺の左の首元の龍にすりとすり寄った。

    傍に居よう。離れる事無く、繋がった手を放す事無く。
    どんなに凍える夜も一人にしないから。

    まるで、刻み付けるように、教えこむように。
    願いを乞うように。

    肩先でゆれる三ツ谷の黒髪が、月の雫を受けて、銀色にかがやくのを、
    見つめながら、その柔らかい声に耳を傾ける。

    マイキー。
    約束があるんだよ。
    ドラケンが置いてった、未来(約束)。
    この先、俺とマイキーが必死で生きても、もう叶う事はないと、他の未来しか
    選べないとそう思ってた。けど、でもさ。
    彼奴は言った事は絶対守る男だったよな?
    マイキーが一番知ってるだろう?
    だから、それが叶ういつかがくるまで、生きよう。何度でも。

    ___ぼとり、ひと際大きな音を立てて、俺の掌に雫が吸いこまれた。

    この記憶は、俺の妄想や夢の話なんかじゃなくて・・・。
    俺達が遠い過去に実際歩いてきた道だ。

    あの夜から、幾度となく、約束を繰り返して三ツ谷と俺は一緒にいた。

    鮮明に覚えている初めの記憶と違い、途中の記憶はぼろぼろと抜けてしまって、
    薄くなっているものばかり、これが何度目の”生”なのかは、もう、
    忘れてしまったけれど。

    今回までケンチンに逢えた事は一度もなかった。
    今が、初めて。
    それなのに、今度は、いつだって俺の傍に居た三ツ谷がいない。

    やっと、ケンチンに逢えたもだという実感と、三ツ谷がいない事へのどうしようもない
    絶望感に、蹲ってしまいたくなった。

    俺は、なぜ、この手(三ツ谷)を離してしまったのだろう。

    __マイキー傍にいるよ。

    何時だって何度だって、同じ言葉で想いでそう伝えてくれていたのに。

    圧倒的にたりない掌の温もりを探すようにぎゅ、と握りしめる。
    ずっと一緒の約束は、俺の胸の奥に、まだ、三ツ谷の声で残ってる。
    だったら、今度は、お前を俺達が探す番だよな?

    まるでその腕に片割れを抱くように震えたまま、
    未だ、立ち上がれない俺よりも大きなその背を見た。

    「ケンチン、それが何か、わかる?」

    「・・・わかんねー。ただとんでもなく大事なモンを見つけた気分だ」

    「・・・インパルスだよ」

    三ツ谷だよ。

    数ある過去の朧気な記憶の中、それでも、
    俺と三ツ谷がずっと続けてきた事がある。

    ケンチンに逢う為に生きるという誓いは勿論。
    そのケンチンが俺達が分かるように、と目印に俺達は昔の愛機に乗っていた。

    何がどうしてここにあるのかわからないけれど、間違いない。
    過去、三ツ谷が愛した単車のタンクだ。

    自分より大きな背中に自分の背を預ける。

    泣いているせいで少しはやい鼓動は背中を伝って、ケンチンが生きている証拠を
    此方へと伝えて来る。

    __暖かい。

    ケンチンはここにいる。
    そう、噛み締めるようにして頭をこつりと、その背中につけた。

    「ケンチン」

    「・・・っ。何?」

    「俺、今日から”マイキー”な」

    「・・・は・・・?マイキー?」

    「そう、マイキー」

    「・・・どっからきたんだよ、それ?」

    「・・・・・」

    首を傾げるケンチンには、当たり前のように過去の記憶がないという事が分かる。
    今も掻き抱いたまま離さない腕の中の事も、その意味さえも。

    「大昔にさ、かーさんを笑わしたい為に考えた名前」

    昔、突然できた(腹違いの)妹の心の底から笑った顔がみたいという一心だけで、
    そう名乗る事を決めた本名にかすりもしない通り名は、沢山の俺の大切な奴等に、
    そう、呼ばれていた。
    今のケンチン自身には馴染みがなくても、その声で音となって耳に届くそれは、
    記憶を取り戻した俺には馴染んでいた。

    もしも、どこかで三ツ谷とすれ違ってもすぐわかるように。
    あの頃と同じ名前で待つ。

    「大昔?エマおばさんをか?」と、少し鼻声になったケンチンにうん、と頷いた。

    縁とは回る。

    これまで過ごして来た”生”の中でも、ケンチン以外の過去身近に在った皆が
    すこし形や立場を変えたり、近いままだったりとはしていたけれど、
    傍にある事は今ままでにも何度もあった。

    その中で、過去の記憶があるのは何時だって、俺と三ツ谷の二人だけだった。

    今世では、俺の記憶の一番奥・・・嘗てケンチンを慕っていた俺の妹は、今、
    俺の母親だし、俺の嘗ての兄は、祖父だ。

    友達で悪友で相棒。そして俺の一部だったケンチンは今、
    俺の従兄弟(母の妹の息子)。
    同じように、過去にあった俺達の宝物(友人)達も近くにいる。

    「・・・なぁ?ケンチン。俺等、ずっと一緒にいるよな?」

    「おう。・・・」

    当たり前だという響きをもった返事を噛みしめる。
    だったら、今、三ツ谷が居ない訳がない。
    ケンチンがいるこの世界に、彼奴がいない筈が・・・。

    「こっから先も。で、俺とケンチンはバイク屋になるんだ、絶対。」

    「・・・おうっ・・・」

    嗚咽混じりの約束は、その日、ずっと熱い倉庫の中に響き渡って、
    すっかりのびてしまったそうめんは食べられなかった。


    ___バイク屋になろうと約束して8年。


    ガラス張りの店の一番目立つ場所に飾られた、一機の単車に目を細めた。

    小さく鼻をこすったせいで、軍手についていたオイルが鼻先に伸びたのを、
    指紋ひとつなく磨かれたガラス越しに映った隣のケンチンが、「だっせェ」と、
    揶揄うように指を差して、げらげらと笑った。

    あまりもゲラゲラと笑うもんだから、こめかみに浮かんだ青筋がぴくりとひきつ
    る。
    同じように窓越しににっこり笑顔をつくったまま、
    ひょいと真横に伸ばした手で、同じようにケンチンのその鼻先にオイルを
    伸ばせば、「なにすんだ、コノヤロー」という不満の声と共に、
    長い両腕が伸びて来た。

    「こーしてやるっ」

    「あ”?テメ・・・両手はずるいっ」

    「ははははは。俺の手(軍手)の方がよごれてっからな」


    ぎゃーぎゃーと喚きながら、ひと際輝いてみえる一機が向こうに在る窓ガラスに、
    真っ黒になっていく間抜けな笑顔が二つ並ぶ。

    あの日、訳も分からず腕の中のそれを抱え、只管に泣き続けたケンチンは、
    じいちゃんに土下座をする勢いで頭を下げて、小学生の身で手伝いをするその対価
    として、あのタンクを譲ってもらい、
    今日までに一つずつ部品を集めて大事に組み立てた。

    小学校の頃から始めた手伝いは、
    中学を出る頃には立派にじいちゃんの右腕と言えるほどになっていた。

    俺もケンチンも高校には進学せず、本格的に従業員として働き始めて2年と少し。

    75歳現役だった祖父が20代の頃一代で築いた店は、じいちゃんと半生を共にし
    ているだけあって、かなりの年期が入っていた。
    それを俺達が正式に働きはじめたのと同時に少しずつリノベーションを始め、
    店を開けながらの作業だったから、丸二年をかけて、丁度、一回り奇麗に
    様変わりを迎えるという矢先の事だった。

    うっかりと大きなくしゃみをして持病のヘルニアを悪化させてしまった祖父に
    代わり、俺達は、オーナー代理としてこの店の業務を引き継ぐことになった。

    養生しながらも既に隠居をきめこむつもりのじいちゃんに、
    もうあの店は半分以上お前等にやったも同然だからと、
    祖父の名前が付けられた店の名も、いっそのこと、お前たちの好きに変えろとも
    言われたけれど、今は、まだ、肩書も権利もオーナーの
    代理である事にかわりはない。
    それは本当の意味で、自分達の店になった時にと考えて、
    そのままの名前を使わせてもらっている。

    今はまだ、人の褌である事は否めないけれど、正真正銘、
    俺達の新しい城。

    そこの一番目立つ場所に飾られたのが、あのタンクだけだったインパルスだ。

    客商売だから、そろそろ髪を黒くしようと考えていたケンチンに駄々をこねて、
    俺もケンチンも、一番懐かしいあの頃のように金髪のまま。
    店頭の一番目立つ場所には、立派にみえて、まだ心臓(エンジン)だけが
    足りていないインパルス。

    目印だけはそろえた。
    ・・・ただ、まだ、三ツ谷には逢えてない。

    「お前等、何やってんの?」

    ぐりぐりと互いの顔を押しあっていれば、後ろから掛かった声に、ぴたり、と
    手がとまった。
    すぐには振り返らず、ガラスに映った隣のケンチンと見合わせると、
    小さく頷いた。

    にい、と口を横に広げた悪い顔が二つならぶと、目だけで合図して、一斉に
    振り返る。
    そしてもう一人の従業員の顔へと両手を伸ばした。

    「・・・・」

    無言で頬を拭った己の手を見つめたその顔に表情はない。
    期待したリアクションすら。

    色素の薄い長いまつ毛がふるりと震えて、いっそ冷たさが増したような
    アイスブルーの瞳が、呆れたように、溜息を落とした。

    「お前等が、ものすごい浮かれてるのはよくわかった」

    「うっわ。イヌピーノリ悪いぃ」

    「そういう奴は、こうしてやる」

    そう言いながら、更に顔に手を伸ばせば、イヌピーはわかりにくくも、
    柔らかに笑った。

    別に浮かれてるのは俺達だけじゃないらしい。

    三ツ谷が眠れない夜に繰り返し聞かせてくれた、ケンチンの夢(約束)。
    ケンチンが始めるバイク屋に、俺とイヌピー。

    何度も語って聞かされたのとは、少し形が違ってしまったけれど・・・
    これが、その一歩だ。

    それから・・・。
    後、なんだっけ?三ツ谷。

    覚えている。
    三ツ谷が語ってくれたものだ、その声も、いつも同じ場所で柔らかく笑って、
    同じ場所で噛み締めるようにうっすら瞳を潤ますのも。

    ちゃんと覚えているけど、でも、お前の聲で続きをききたい。
    お前がいなきゃ、この先は、続かない。

    ずっと、この手を繋いでくれていた。
    眠れぬ夜に、ずっと手放せなかったぼろぼろの毛布を失くしてきた俺の手を
    握ってくれた。
    今は、いないその手のぬくもりを思い出して、ぎゅ、と握りしめた。

    ケンチンは嘘つかない。
    そうだったよな?

    まずは第一歩。
    だから、きっとこの先も・・・。
    それを叶うと信じて。
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    💖😭🙏😭😭👍💞💖
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    hanaka_bsd

    MAIKING支部に上げた「三人でひとつ。」の続き、というか、救いがなかったので、生まれ変わりで救いをと思って書き始めたお話。相当好き勝手書いてます。多分続きは、ドラみつ+マイになるのかな、とおもいつつも、続きが色々迷走して書きあがらないので・・・前作みないと話がつながらないけど、支部にあげるには・・・。たまたま見つけたこちら(ポイぴく)に・・・。もし完成したら支部にあげますm(__)m。自分のケツ叩き用です。
    同い年で従兄弟のケンチンとは、母親の胎の中にいる頃から近くにいて、
    何をするにも一緒、兄弟であり親友のようにして育った。

    俺等のじいちゃんが単車好きのバイク屋をやっている事もあり、
    俺とケンチンの興味も子供の頃から、専らバイクで
    暇さえあれば、大人しくしていると約束をして、じいちゃんの単車を弄ってるとこ
    ろを一日中眺めていた。

    互いに惹かれたお気に入りのバイクのどちらが、どれ程
    カッコいいかといういい合いはヒートアップするにつれ駆けっこや早食いなんても
    のの勝負にまでもつれ込み、最後には、何で揉めてたかわからないが、
    いつかは、お互い好きなバイクに乗ろうという夢の話に夢中だった。

    友人はケンチン以外にも沢山いて、尊敬するじいちゃん、優しい母さん。
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