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    支部より移行させました、モブ視点でのロドの30年。穏やかで優しいシンヨコの街で生きるふたりのはなし。

    或る少女の備忘録蜂の巣かと思ったら下等吸血鬼の巣だった、というのは両親の談である。

    実家には猫の額ほどではあるものの庭があり、凝り性である母は家庭菜園半分、ガーデニング半分のちょっとした園芸を楽しんでいた。モッコウバラなんかは黄色くて可愛らしい花が咲くので私も好きだったが、匂いに誘われ虫がやって来るのだけはどうにも苦手だった。その当時小学生であった私は、小さなモンシロチョウですら避けてしまうほど昆虫類が苦手だったので、軒下に蜂の巣が出来ていたと両親から申告を受けた時は卒倒するかと思った。
    後になって聞くところによると、駆除依頼をした業者からこれは蜂の巣ではなく下等吸血鬼の巣である、と教えられた両親もまた卒倒しかけたのだという。何しろ我が家のローンはまだまだ残っていて、万が一家屋に被害が出てしまっては目も当てられない。駆除業者からは退治人ギルドの連絡先を教えてもらい、そちらに仲介を依頼することになった。こういうことはよくあるらしい。
    やって来たのは真っ赤な衣装に映画俳優並に整った相貌の退治人と、分かりやすくクラシカルな吸血鬼に加え、何やらころころと可愛らしいアルマジロだったので私たち家族は目を丸くしてしまった。
    「お嬢さん、良ければうちのジョンと遊んでいて貰えるかな」
    初めて対面した吸血鬼は、子どもの私でも分かるほどに丁寧な言葉遣いや所作で接してくれた。涼やかに通る声に紳士的な対応。後にベストセラーとなった書籍を読み、彼が高等吸血鬼であることを知った。隣に並ぶ退治人と比べると決してイケメンとは言い難いものの仕草や表情がとても綺麗で、私は後にも先にも彼ほど洗練された人物を見たことが無い。
    よければこちらもどうぞ、と渡されたクッキーと共に、私とアルマジロのジョンとはリビングで駆除終了を待つことになった。初めて触れたアルマジロはヌウヌウと可愛らしい声で鳴き、私が飽きて外に出ていってしまわぬようにと転がったり腹毛を撫でさせてくれたりと、あの手この手で構ってくれた。
    退治自体は至って手早く完了したらしい。大きめのビニール袋を被せると、根元から力ずくで引きちぎり、巣には殺鬼剤を噴霧することで退治完了したということで、袋から僅かに漏れる殺鬼剤で数回吸血鬼が砂になってしまったこと以外、とてもスムーズな退治だったらしい。どうやらその吸血鬼はやたらと死にやすいらしく、それならばなぜ退治人に同行しているのだろうと疑問に思ったものである。
    その後、ランドセルを背負う道すがら、時々彼らを目にするようになった。というより、退治人という職業の人たちに目がいくようになった。吸血鬼という存在は、私が思うよりずっと身近なものらしい。残念ながら私の小学校で防犯グッズの使い方講座をしてくれたのは、件の退治人ではなかった。塾で仲良くしている友人に聞いてみたところ、彼女の小学校には退治人と吸血鬼のコンビがやって来たとのことで羨ましくて仕方がなかった。


    「おや、もしかして」
    吸血鬼軒下大発生のお宅のお嬢さんかな、と声をかけてきたのは、あの時の吸血鬼だった。その時の私はもうランドセルを背負っておらず、中学校からの帰り道に寄ったスーパーでの出来事だったため、よく覚えているなぁと嬉しくも驚きを隠せなかった。
    「なぁに、ついこの前の事だろう?」
    彼はそう笑っていたものの、あの事件が起きたのは私が低学年の頃の話だ。しかし長命種である吸血鬼にとっては、きっと瞬き程度の時の流れなのかもしれない。もう買い揃えるには勇気のいる巻数になってしまった、件の退治人の著書を思い出す。
    「そうか、もうそんな季節だったね……おっと失礼、覗いたわけじゃないんだが、見えてしまったもので」
    私の手にしたカゴの中身を一瞥し、吸血鬼はそう呟いた。製菓用板チョコレートにバター、グラニュー糖。ちょうど店内BGMはバレンタインのとっておきの洒落たチョコレートを歌う曲になっていて、たまらなく恥ずかしくなってしまった。照れ隠しに、初めて手作りすることを告げれば、吸血鬼は顎に手を当て何かを考えたのち、
    「君さえ良ければなんだが、一緒に作ってみるかね」
    そんなお誘いをしてくれたのだ。料理上手だと名高い吸血鬼とのお菓子作りなんて、と浮き足立った私が二つ返事ではいと答えると、きちんと御家族に確認してからだよ、と苦笑いで窘められた。私はその場でスマートフォンを取り出し、母へ電話をかける。私からの話を聞いてやはり母も驚いていたものの、すぐさま吸血鬼からの誘いを許してくれた。そして私たちは連絡先を交換し、それぞれの都合の良い日を確認し連絡し合うことになった。今年のバレンタインデーは月曜日だったため、前日である日曜日の午後に約束を取り付け、私は初めて、退治人事務所へ訪れることとなった。
    「ようこそお嬢さん、外は寒かっただろう。ココアでも飲んで温まってから、作業に取り掛かるとしようか」
    事務所に招き入れてくれたのは吸血鬼で、温かなココアを運んでくれたのは退治人だった。すっかりお姉さんだな、と笑う退治人は、私の記憶よりも幾分か体格が良く、がっしりとした大人の男性になっていた。
    かくして私は吸血鬼とのお菓子作りに勤しみ、生まれて初めてのフォンダンショコラを完成させることが出来た。匂いにつられたらしい退治人がアルマジロを抱えてはキッチンを覗き、その度に吸血鬼に叱られていた。そんな時間が楽しくて仕方なくて、出来上がったものをラッピングしながら、この時間がもっと続けばいいのに、と思った。誰かの指が動くのを見るだけで、うきうきしてしまうというのは初めてのことだった。洗い物をするその長い手指すら、あまりに軽やかで目が離せない。
    見てて面白いだろ、と囁いたのは退治人で、許されたつまみ食いのチョコレートを一欠片、口に放り込むと眩しいものを見るように目を細めてみせた。手際が良くて見てて気持ちいいんだよな、と笑うので、それに同意するように頷いた。
    「はい、こちらはご家族でどうぞ召し上がれ。ついでに、また下等吸血鬼が湧いた時には、お気軽に当事務所までご連絡を」
    手渡された紙袋からは、ふんわりと良い香りが漂う。確かにやたらと沢山作っているなとは思っていたものの、まさか自分の家族の分まであったなんて。よく見れば、退治人の名刺もちゃっかり同封されていて、その卒の無さに感心したものだ。


    「おや、これは随分と可愛らしいお姫さまだ」
    あの頃のお嬢さんと同じ年頃かな。
    懐かしいその声は、私の記憶にあるものと寸分変わらないものだった。
    二人暮らしになってもう随分と経った実家に、あの時以来の下等吸血鬼が発生してしまった。たまたま私が実家に顔を出した時に気が付いたので、すぐさまあの事務所に退治依頼の電話をかけた。既に大御所と言える立場にいるはずの彼らは、「軒下に蜂の巣が出来たかと思ったら、下等吸血鬼の巣が出来ていた」と告げれば少しの間ののち笑って地味な依頼を受け入れてくれた。
    歳を重ねた退治人は、それこそ大御所俳優のような貫禄とあの頃と遜色のない手際の良さで退治をしてくれた。子どもは離れていた方が、ということで私の娘はアルマジロと共にリビングに避難している。きゃっきゃと楽しそうな笑い声が聞こえてくるので、アルマジロの子守りは相変わらず完璧だと言えた。
    吸血鬼のクラシカルな装いは、シンプルなベストとスラックスになっていた。痩せぎすではあるが、背が高く脚も驚く程に長い彼に、その装いはよく似合っていた。また、長く伸びた後ろ髪がゆらゆらと揺れるのが、彼の所作と相まってとても美しくて目を引いた。そんな髪を遊ぶ左手の薬指に、細く輝くものが見えた。あの頃には無かったはずのもので、そうか、吸血鬼の彼にも、そういった存在がいたのかと感慨深くなる。だとすれば、こういった場を退治人と共にするのは危険なことのように思えた。だって彼は、誰よりも死にやすいから。
    退治人と一緒にいて危なくないのかとそっと尋ねてみる。持ち込んだ殺鬼剤を鞄に片付けながら、吸血鬼はにんまりとその口の端を吊り上げた。
    「離れがたくなっちゃったんだよ」
    私も彼もね、と吸血鬼の視線が退治人に向けられる。つられて私もそちらを見遣れば、退治人の太い薬指にも細身のリングがあることに気が付いた。驚き目を丸くする私を見て、吸血鬼が楽しそうに笑った。
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