Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    5oma_n

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 25

    5oma_n

    ☆quiet follow

    ⚠死ネタありの🦍🦇⚠
    ドちゃがかわいそうなのでご注意ください。支部からの移行です。

    何だそれ、とロナルドに聞かれたので、ドラルクは小脇に抱えた瓶を楽しげにひと撫でしてから
    「しあわせ貯金」
    と笑った。
    SNSで見かけたそれは、何かひとついいことがあったらそれをメモに記して瓶に貯めていく、というもので、一年経ってからそれを開いてこんな事があったなぁと思い出すものらしい、ということだった。
    「人間は面白くて可愛らしいことを思いつくよねぇ」
    小さく折り畳んだ紙が、瓶の中に幾つか見受けられた。つい先日食べ終わった蜂蜜の瓶を綺麗に洗い、キッチンで乾かしているのを目にしていたため、恐らくその瓶なのだろう。瓶と共に抱えられているジョンは、微かにまだ甘い匂いが漂うのかふんふんと鼻をひくつかせている。
    「どんなこと書くんだよ」
    「なんでもいいみたいだよ。とりあえず今日は、ジョンが良い子だった、っていうのと、プリンが上手に出来た、っていうのを書いてみた」
    「えっ、プリンあんの」
    「あるよ。ヒナイチくんにも声かけてきて」
    プリン、という言葉に、ジョンがつぶらな瞳を輝かせる。普段から売り物みたいに綺麗に出来上がるプリンが、更に上手に出来たなんて。ロナルドははたはたと手をばたつかせるジョンを抱え、共にヒナイチの潜む床をノックしてやることにした。案の定床下から飛び出るようにして姿を現したヒナイチも、実に嬉しそうにプリンを頬張っていた。


    「今日はね、失敗しないでコウモリになれたんだよ」
    「だからってふらふらしてんじゃねぇよ」
    「いやぁ、流石に野良猫に咥えられるとは思わなかったね!」
    棺桶に転がるドラルクの手には、例の瓶がある。あまり大きさが無いためだろうか、既に瓶の半分ほどが折り畳んだメモで満たされていた。それをドラルクは目を細めて眺めている。
    退治を終えたロナルドが、件の野良猫とすれ違ったのは奇跡といって良いだろう。もしもう少し遅ければ、猫は自身のねぐらに吸血鬼扮するコウモリを引きずり込んでいただろうし、そうなればきっと見つけ出すのは困難だったに違いない。見覚えのあるコウモリを咥えた猫をひっ捕らえ、無理矢理引き剥がせばそのコウモリは塵になり、ドラルクへと姿を変えた。
    死にやすい吸血鬼は、目を離しても離さなくても、気が付けばその姿を塵にさせてしまう。その状態で水に流されでもすれば。陽の光に晒され続けでもすれば。呆気なくその永遠の命は霧散し二度と元には戻らない。
    「お前、ひとりで出掛けたりすんなよ。外行くなら俺がいる時にしろ」
    「なんだなんだ、独占欲の強い彼氏みたいなこと言い出して」
    「茶化すな」
    「茶化してないよ、だってここに来るまでひとりと一匹だったんだよ?今更じゃないか」
    そう言ったドラルクが、あ、と呟いたのが聞こえてしまった。どうしてこの吸血鬼がここに住むことになったのか。忘れていた訳では無いのに、あまりに自然にこの事務所に溶け込んでしまっているから、それが頭から抜け落ちてしまうことは少なくない。何となく気まずげな空気が漂い、ロナルドはソファベッドから身を起こした。同じように棺桶から身体を起こしていたドラルクと目が合う。両手にしっかと包まれた瓶。それをつるりと撫でると、うふふ、とドラルクが綻ぶように笑った。
    「もう一枚追加しちゃおうかな。ロナルドくんが優しかったって書いてさ」


    ぽとり、ぽとりとメモが増えていく。
    蜂蜜の瓶はすぐにいっぱいになってしまったので、ホームセンターで果実酒を漬ける瓶を購入することにした。こんなでかい瓶買っちまってどうするんだよとロナルドは呆れていたが、ドラルクは満足そうにその瓶をキッチンの下へとしまい込んだ。滅多にロナルドが見ることはないその瓶であったが、目にするたびに着実にそのメモは増えていった。


    開かなくていいのかよ、とロナルドが尋ねた。
    そう言えば、しあわせ貯金をし始めてから既に一年が経過していた。ドラルクはすっかり忘れていたというのに、ロナルドがそれを分かっていたのがなんだかむず痒くて嬉しくて、ドラルクはまたひとつ、メモを封じ込めた。


    しあわせの貯金は、ある日を境にして唐突に終了した。


    吸血鬼の塵を蒐集しているという好事家たちの名が吸血鬼対策課の捜査により浮上したときには、もう既に遅かった。ドラルクの塵は生まれや育ちの良さもあったのだろう、その他の吸血鬼の塵に比べて質が良いのだという。悪趣味なオークションは定期的に開催され、竜の子の塵は出品されるたびに高値がついたらしい。
    小瓶に詰めては眺める者、湯に溶かし入れ不老不死になれないか画策する者、舐めるように体内に取り入れる者などドラルクの塵の用途は様々で、その報告書を読みながら、ロナルドは何度も嘔吐し泣き崩れた。ドラルクの肉親の目に触れていい書類ではなかったが、兄からはそうもいかないことだからと諭されてしまった。
    実際、書類に目を通したドラルクの肉親たちは、ロナルドほど取り乱してはいなかった。それは息子を溺愛してやまない父もそうであったので、その態度にロナルドは酷く驚き幻滅した。付き合いの長くない自分ですらこうなのに、と歯噛みすれば、真祖はその大きな身体を屈めてロナルドに耳打ちした。
    もっともっと昔には、これよりももっと酷いことをされる吸血鬼がいたものだ。
    その言葉に血の気が引いた。
    「……これだけでも帰ってきてくれたなら、まだましなのかもしれないな」
    掠れた声でドラウスが呟く。押収した塵は肉親の元へ届けられていた。証拠品だからと当初はフリーザーバッグに詰められ名前を書き記されていたその塵は、彼らの手元に届く前に小さな骨壷へと移されていた。本当はこういうことは良くないのだが、と目を腫らしたヒナイチがこっそりと教えてくれていて、ロナルドはその心遣いに何度も頭を下げた。
    「またうちの子として生まれてきてくれるといいのだけれど」
    ドラルクの母が骨壷をつるりと撫でる。
    その手つきの柔らかさに見覚えがありすぎて、ロナルドは吼えるように涙した。竜の一族は誰ひとりとしてロナルドを責めることはしなかった。それがたまらなくつらくて、いっそ殺してくれればいいのに、とロナルドは血が出るほど手のひらを握り締めた。


    しあわせ貯金の瓶と、塵の一部はロナルドが所有することになった。
    あの時いっぱいになってしまった蜂蜜の瓶に塵を詰め、事務所のデスクの上に置く。塵は瓶の三分の一程度の量で、瓶を傾ければさらさらと流れた。塵はもう、吸血鬼には戻らない。
    「……あ、これ、ジョンの手形だ」
    かさかさと開いたメモのひとつ。ジョンがフットサル大会でMVPを取った、と記されたメモの端に、スタンプのようにジョンの手形が押されている。
    ドラルクがその姿を消した夜、ジョンは静かに棺桶の上で事切れていた。何かを察したのだろう、零れた涙が棺桶の蓋に染みを作っていた。
    件の好事家のひとりは依頼人を装い事務所に侵入し、そうとは知らず招き入れたドラルクを殺し、塵のまま袋に詰めたのだという。余りの手際の良さに吸対が尋問すれば、同じ手口で複数回、吸血鬼を捕らえていたらしい。
    「今日は三回しか死ななかった……三回は死んでんだろ、ばかじゃねぇの」
    特売卵が変えた
    台風が逸れて安心した
    雪が積もっていた
    ひとつひとつ開いていく。
    そのどれもが日常を切り取った、ドラルクが感じたらしいちょっとしたしあわせばかりだった。
    「ロナルドくんがツケを完済してくれた……って、てめえで払っとけよな」
    十枚ほど開いてから、ロナルドは息を吐いた。
    いないはずのドラルクの痕跡が一気に流れ込んできて、少しだけ苦しくなる。あぁ、もうホットミルクをツケで頼んでくれる吸血鬼はいないのだ。
    瓶にはまだまだメモが入っている。手にしたままでいた一枚をそっと開く。ロナルドくんが。また俺かよと舌を打つ。
    「ロナルドくんが、優しかった」
    あの時の声が、表情が、目の前に蘇る。
    一族に引き取られた棺桶。細い身体に纏わり付くネグリジェ。鼓膜を揺らす吸血鬼の声。大きな口が、品良く弧を描く。
    あ、と思った時にはもう遅く、視界が歪んだ。ぶわりと込み上げるものを止める術は無く、あの時以来泣いていなかったロナルドは堰を切ったように声を上げて泣いた。
    馬鹿野郎、なんで、なんで。
    デスクの上の塵はもう何も言ってくれないので、ロナルドは鼻を啜り目元を乱雑に拭った。そうして瓶を抱え込むと、その中へ右手を思い切り突っ込んだ。
    これを全て読み切ることが、ロナルドからドラルクへの弔いだった。





















    数年後、久しぶりにかの真祖からの連絡があった。感情の起伏感じられない声が、ほんの少し、弾んでいるように聞こえる。
    「──あぁ、ポールくん?あのね、実は最近生まれた子がいるんだけどね……──」
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭😭😭😭😭❤❤❤❤🙏😭😭😭😭😭😭😭🍼💯💯💯😭😭😭❤😭😭😭🙏💘😭😭😭😭😭😭😭😭👏😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭🙏😭
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works