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    ogata

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    ogata

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    なつかしいビクフリ。

    #ビクトール
    viktor.
    #フリック
    flick
    #ビクフリ
    bicufri

    優しい歌「おーい。開けてくれー」

     部屋の外から熊の声がする。

    「ああ、帰ってたのか」

     部屋のドアを開けてやると、ビクトールがずかずかと入ってきた。
     何やら色々と抱えている。よく見ると、今しがた自分が望んでいたものであることに気づいた。

    「ほらよ、土産だ」

     右手に持っていた酒瓶3本のうち1本をこちらに寄越した。風呂に入ってきたばかりらしいビクトールは、タオルを首から下げて機嫌よく鼻歌を歌いながら寝台に腰掛けた。
     手渡された酒瓶を覗き込んで驚く。
    「どうしたんだよこれ。何か高そうじゃないか。蒸留酒……カナカンか?」

     ビクトールがにやりと笑った。

    「今日の任務の帰りに、リュウが交易でボロ儲けしてな。その場にいた奴全員に特別報償が出たんで貰ってきたんだ」
    「おいおい。まさか、また皆でリュウを丸め込んだんじゃないだろうな」

     その責務に就くには人間が善良すぎるのではないかと心配され続けている我らがリーダーは、たまにチーム内の者の奸計に嵌って必要のないものを買わされている。それが軍師の耳に入ったらしく、最近、

    『軍主に不必要な出費をさせ軍費を私用せし者、後日その3倍相当分の労働を科す』

     と張り紙されていた。

    「いや、今日お零れに与れたのは、ナナミとユイが同行してたからだ」
    「ユイが?リュウの奴、善からぬこと吹き込まれてるんじゃないのか?」
    「それがなぁ。ナナミが掘り出し物で『すてきなおまもり人形』とかいうのを見つけたんで、ここんとこリュウにあの手この手で買わせようとしてたみてえなんだよ」
    「なんだ『すてきなおまもり人形』って……。あからさまに怪しい名前だな」
    「群島の方から来たまじない人形らしい。効果は眉唾もんだが、なかなか手に入らないってんで値が上がってるみてぇでな。ナナミの熱意にリュウが折れて、私用に使える金を稼ぐためにユイに相談したってのが真相みたいだ」
    「ああ、ユイは貴族の坊の癖に金儲けの才能があったからなあ。そういや最近リュウも交易にハマってるようだし。コツでも伝授されたか」

     まぁたまにはいいだろと笑って、大男は小刀でコルクをキュッと抜く。
    「たまにはリュウも気晴らししたいだろうよ。それに、然しもの鬼軍師もナナミとユイの暴走タッグにゃ敵わねぇさ。少なくともユイがこの城に留まってくれてることには感謝してるはずだしな」
     それは違いない、と頷くしかない。トランの英雄が同盟軍に加勢していると聞けば、それだけでこの軍の士気も上がるというものだろう。

    「まぁ、俺も丁度飲みたかったとこだ」

     『可愛い』という形容がよく似合う外見をもった、同盟軍リーダーの重責。そして先の大きな戦いで、父親を親友を喪った青年の計り知れぬ思いに、瞬時心を巡らせつつ。
     それでも「とりあえず今は、タナボタで上等な酒を飲めるなら僥倖だ」という回答を出せるようになった。間違いなく目の前の男の影響だろう。
     グラスを2つ用意してやると、ビクトールはそれを受け取って、氷をひとつずつ落とすと、なめらかな音をたてて琥珀に輝く液体を注いだ。

    「味わって飲めよ。お前が好きそうなの選んでやったんだぜ」

     何を押しつけがましい、と思わなくもないが、これは見る限り確かにビクトールの好みというより俺の好みに合ったものなのだろう。この香しい酒を前にして文句の出ようはずもない。

    「ああ、有り難く。じゃ、」

     薄暗い灯りの中で、軽くグラスを合わせてささやかな宴をはじめる。
     その酒は度数は高めだったがするりと喉の通りがよく、熱を放ちながら胃へと落ちていった。

     この男とは、解放軍の時を含めるともう5年は一緒にいるだろうか。
     出会った頃は、こいつの馬鹿みたいに響く声も、目障りな存在感も、人を食ったような笑みも、とにかく何もかも気に食わなかった。オデッサが命を落としたことを知ってしばらくは、顔を見るのも堪えた。
     それが何の因果か、この男と共に解放軍リーダーだったユイ・マクドールを助け、背中合わせで帝国の象徴が滅ぶ様をこの目に焼き付けることになった挙げ句、瀕死のところを拾われ、長い旅を共にして今に至っている。

     腐れ縁の男は、先ほどから何を話すでもなく、窓辺から月を見ながら鼻歌を続けていた。

    「お前、さっきから何を歌ってるんだ?」
    「ん?これか?こりゃこの地方で歌われてた歌だ。今使われている言葉とはちぃと違うんだよな」
    そう言ってビクトールは、すうと息を吸いなおして

    「『La passione commuove la storia』」

     と言った気がした。よく聞き取れなかったのは、古い言葉だからだろう。

    「この辺りは都市同士が近くて何かともめ事も多かったから、行進曲とか、この歌みたいに戦いを慰めるような曲が昔っから多いんだ。うちの裏の家に住んでた幼なじみが、」
     くいと一口含んで続ける。
    「家の手伝いなんかしながらよく歌ってた」
    「……ふうん」
     ビクトールから、昔の話を聞くなんて珍しい。
     幼なじみというのは、ディジーという娘のことだろうか。

     この本拠地を手に入れる前、ビクトールは望まぬ再会を果たしていた。
     復讐を遂げたはずの宿敵、吸血鬼ネクロード。
     そして、ネクロードの持つ紋章によって互いを喰らいあっていたところに遭遇し、自らの手で墓を掘り葬ったはずの故郷の人々。
     その中にいたはずの、幼なじみのディジーという少女。
     永遠の眠りを享受していた人々は、ネクロードの持つ月の紋章によって再現されていた。
     もちろんその命が取り戻された筈はなく、あくまでも偽りの魂である。
     しかし、生前の面影を残した外見を持ち、怯えた表情で自分の名を呼ぶ娘の首を、ビクトールは容赦なく刎ねたという。

     居合わせたリュウとナナミが、自分のところへその時のことを伝えに来たことがあった。何と声を掛けていいかわからず、いつもビクトールの側にいる俺に救いを求めて来たのだろう。優しい姉弟だ。
     しかし結局自分は、ビクトールが私憤を押し留めてリュウの手助けをするための日々に戻って行く様を、側で黙って見ていることしかできなかった。
     それからのビクトールはいつも通り、弱音を吐くことも行動がブレることもなかった。

     どうすればそんなに強く在ることができるのか。

     何故そんなに優しく笑えるのか。



    「あれ、なんか陰気になっちまったか?悪ぃな」
     振り向いたビクトールが、気遣わしげにこちらを伺った。
    「いや…その歌、もうちょっと聴いててもいいぜ」
     思わずそう答えた。
    「おっ、俺様の美声に聴き惚れたか」
     寝台の縁に座ったビクトールが、嬉しそうに手を伸ばして俺の頭をがしがし掻き混ぜた。
     この男はいつも、頭を撫でたり背中を叩いたり肩を抱いたり、スキンシップをとりたがる。そうしてあっという間に他人の懐に潜り込んでしまう。人との距離を縮めることが上手いのだ。
     いつもならぞんざいに叩き落としてやるその手を払うことも、今だけは躊躇われた。
     グラスを置いてブーツを脱ぎ、寝台に寝転んで伸びをする。
     窓から見える月が明るい。
     そうしていると、何やら気を良くしたビクトールの声が先ほどまでより大きくなってきた。釘を刺しておかなければ、近所迷惑になりそうだ。
    「おい、どっかのガキ大将が開いたリサイタルかよ。鼻歌ぐらいにしておいてくれ」
    「え?気に入った?そう言われると、もっと聴いてもらいたくなるな!」
    「だからお前、声がでかいって言ってんだよ!俺にだけ聴こえるぐらいでいいんだ」
     つまみの皿に手をのばして、がははと開いた口の中に、載っていた果実の切れ端を突っ込んでやった。
     あ、甘い、ともぐもぐ口を動かす様が本当に熊のようだ。

     いつの頃からか、旅をしていても、戦闘でも、この男がいないことは考えにくくなった。
     旅の相棒としてこれほど心強い者もそうはいまい。
     どれほど腹の内を見せぬ食えない男であろうとも、この男が内側から放つ暖かさに助けられたことも認めざるを得ない。



     毎年この日が来る度に、夜が明けるまで一人で月を見上げていた。
     去年の今日にはまだ、きっとこんなにも穏やかに歌を聴くことができなかったことを覚えている。
     死に目にすら会えなかった彼女と、残った自分の閉ざされた未来を思い、胸が痛んだ。
     そんな夜が、そう遠くもない過去、確かにあったのだ。


     でも今夜、自分は一人じゃない。


     鼻歌を歌う男がすぐ手の届くところにいる。この酒も、おそらく今日がその日だと知って持ってきたのだろう。
     去年も、一昨年も、その前も。
     一晩中起きて、空を眺め、溜息を吐き、剣を磨き、そしてまた空を眺めていた自分を、 少し離れたところから見守っていたような気がした。
     共に旅をして、砦で暮らして、互いの背中を守って、そういう男なのだと理解していった。


     腐れ縁の男は少し笑って、寝台に座り、本当に小さな声でその歌を歌った。
     アンネリーのような柔らかで澄んだ歌声ではないが、とても優しい歌に聴こえた。


     全ての悲しみの記憶は永遠ではない。
     忘れたいと願っても、決して忘れないと誓ったとしても、握り締めた砂が手のひらから零れおちるように記憶はいつか少しずつ欠け、先の尖った感情は形を変えてゆく。

     いつかまた、道程を共にしたこの男とも、道を分つ時が来るのだろうか。
     その時自分は、またこの月を、今日と同じように穏やかに見上げることができるだろうか。
     この男のように、強く在ることができるようになるだろうか。
     今はまだ想像もつかない。



     ただ。



     身を裂かれるほどつらいと思ったあの日の記憶も、


     オデッサ、君との別れでさえも、




     今夜はとても穏やかに振り返ることができるんだよ。
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