introduction 黄金時代を過ぎて綻びきしみ始めた赤月帝国の片隅で、重い十字架を背負いながら解放運動を率い始めた一人の女がいた。その戦いで俺は後に無二の相棒と認める男と知り合うことになる。
解放軍のアジトへ、軍の発起人であり、初期リーダーだったオデッサ・シルバーバーグが「今日、この人に助けてもらったの」と連れてきたのは、山賊のような大男だった。
でかい図体には、我流らしい戦闘術によってついたのであろう厚い筋肉を張り付けている。伸びっぱなしの黒い髪に黒い瞳、顎には無精髭。破れ掛かったシャツは長旅の所為か薄汚れている上、袖が引きちぎれたように破れて本来あるべき場所に形を留めていない。男には『風来坊』という二つ名があるのだという。その名に違わぬ怪しい風貌に思わず溜息が漏れた。
オデッサの悪い癖がまた出たのか。男が軍に入ることには全力で反対したが聞き入れられなかった。それどころか、男は生来が陽気な質らしく、周囲とはすんなり馴染んでしまった。機動力があり腕っ節も強い。豪快に笑う錆声は多くの人心を掴み、軍の中心核を担うようになるにもそう長くは掛からなかった。
オデッサは見た目より豪放なところのある女だったからビクトールとは気が合ったようで、共に酒を飲んだり、折に触れ内密の相談事をしていた。奴の得意とする諜報活動の話でもしていたのだろう、漏れ聞こえてきた話はほとんどなかった。
奴を毛嫌いしていた理由なんて何のことはない、何をやってもそつなくこなし、オデッサに立てられる男への嫉妬が拭いきれなかったのが何よりの理由だ。
それから、男の瞳の奥に潜むもの。
オデッサはいつも俺に「ビクトールと仲良くしてちょうだいね」と言った。
ビクトールには「フリックをよろしくね」とも。
何故こんな男によろしくされなくてはいけないのかと反発しても、二人は笑うばかりだった。
そうして多くを受け入れた偉大な女は乱世に散った。
戦いはまた多くの禍根を生む。
戦う理由は人の心の内にある。
強き者だけが戦いの場へ赴く資格がある。
理解しているつもりの事実を、戦う理由の重圧を悟ったのは、あの戦争の最中だった。
圧倒的な喪失感を知ることで他人の痛みを知った。裏切りの憎悪も悲嘆も、命を奪うことの意味も飲み込んで先へ進んだ。
崇高に生きた女の遺志を継ぐために。
解放軍は新しいリーダーを迎え、時代のうねりはやがて後世まで語り継がれる革命となる。
そして数多の疵痕を残した戦は解放軍の勝利に終った。
目指した世界と引き替えに、多くを失った。
それ以上を生きることに、何の興味も湧かなかった。
俺は探さなければならなかった。
新たな秩序の生まれた世界で生き続ける理由を。
長くのびた道程へ足を踏み出し、再びその愛しい名を持つ剣を振るう意味を。
最後の戦いで致命傷を負って生死を彷徨った俺の傍に残り、付ききりで介抱したのは、故郷を失い風来坊と呼ばれた男。差し伸べられた手を取り、それでも生きろと言われて、同情とは決して無意味でないのだと認めた。
怪我が癒える頃、長い旅は始まった。