Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    hariyama_jigoku

    リス限はプロフ参照。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 51

    hariyama_jigoku

    ☆quiet follow

    タキモル♀小説。一応UiRiA後の話だけど自分用なので明るくないです。「インシデント・カイ」

    ##ウマ

    .

    「君は……」
    「え?」
     トレーニング前の準備時間、私は今日予定していたメニューのプリントから顔を上げる。タキオンは既に着替えを終えていて、いつの間にか私の方を目を細めて見つめていた。
    「ごめん、集中してて。もう準備大丈夫?」
     ちかちかとする目頭を押して、タキオンの方に向き直る。トレーニング前にタキオンが差し出してきたドリンクを飲んだ瞬間、私の手が七色に光り出したのだ。
     アグネスタキオンは、トゥインクルシリーズを走り切った。今は休息と準備期間を兼ねての、トレーニング期間である。これで少しは彼女の実験への欲望も収まるかと思っていたのだが、そうは問屋が卸さない。むしろ大きなレースを控えていない今こそチャンスだと、あの手この手で私や周囲のウマ娘を実験台にしようとしているのだ。
     先程のドリンクもその片鱗である。私はいい加減慣れてきたからいいものの、タキオンの悪評を知らないウマ娘を実験の毒牙にかけようとするのはどうにか食い止めたいものだ。
    「あぁ、もう私は構わないよ。練習場に行くとしようか」
     そう言って、タキオンは早々にトレーニング室を出て行ってしまう。先程何か言いかけていたような気がするが、気のせいだっただろうか。首を傾げながら、彼女の背中を追いかけた。
     廊下を歩いていると、すれ違うウマ娘たちは七色に光る手に驚いた顔をする。中には私の横を歩くタキオンと私を見比べて、またかという顔をする者もいた。たまに同僚のトレーナーに声をかけられることもある、アグネスタキオンのトレーナーは苦労するんだろうと。
     けれど、私の足取りは極めて軽い。大げさだが、これは私の勲章のようなものだ。確かによく分からない薬を飲まされたり、妙な実験に付き合わされるのは中々リスクがある。それでも、私はタキオンがそうして何かを頼まれる度に、トゥインクルシリーズの最中のことを思い出すのだ。
     プランB―――タキオンは自分の体の限界を知り、自らの脚で走ることを諦めようとしていた。そして私はそれに気付くことすらできなかった。タキオンの悩みに気付くことはなく、全てを知ったのは彼女が覚悟を決めた後である。正直トレーナー失格だと言ってもいい。それでも彼女は私を必要としてくれた。だから、二度と私は間違えたくない。だから、タキオンが喜んでくれるなら、彼女の走る力になるのならいくらでも実験に付き合ってあげたいと思っている。

    「ずいぶんと機嫌がいいようだね」
    「そうかな?」
    「私にはそう見えるとも。それも何かの副作用かな」
     タキオンが不思議そうに、こちらを見上げた。確かに少し機嫌はいいが、きっとこれは私自身の問題だろう。だが、私が考えていることをタキオンに伝えて、実験を増やされては敵わない。
    「そうかもしれないね」
     誤魔化すように笑うと、タキオンは考え込むような仕草を見せる。きっと次の検証内容か、はたまた別のことを思考しているんだろう。私もそろそろ次のレースに向けて、実践的なトレーニングを組まなければいけない。そんなことをしながら、練習場へと入った。

    *

     ううん、と唸る。トレーニングは順調だ。タキオンは着々とメニューをこなし、自身の納得する走りを確かめているように見える。とても順調だ。それでもどこかもやもやとする。
     最近、タキオンとあまり話せていないような気がする。勿論トレーニングにはちゃんと顔を出しているのだが、その時は練習内容であったり次のメニューについての相談が多く、コミュニケーションといった感じではない。
     それに、とトレーニング室の机に項垂れるように、頬杖をつく。私の体は今、どこも異常はない。妙な光も発していないし、突然意識を失うことも全然ない。少し前から、タキオンは私に実験体になることを持ち掛けなくなったのだ。そりゃトレーニング中しか話していないんだから、当然そうなるに決まっている。
    「はあ……」
     とうとうため息すら飛び出した。タキオンの実験に付き合わされない分、他の仕事をあれこれと片付けていたがそれもそろそろ尽きてくる。残った仕事もタキオンと相談が必要なものばかりで、肝心の彼女が捕まらないのだから今日は進めようがない。
     こうしていてもしょうがないと、ひとまず立ち上がる。息抜きに屋上で風にでも当たってこようと、トレーニング室を出た。

    「タキオン?」
     屋上に行ってみたものの、結局落ち着かず早々に引き返してしまう。そんな時だった、廊下でタキオンを見かけたのは。
     私には気付かずに、誰かと話しているようだ。不敵に笑うタキオンの手にあるのは、何らかの薬品だろうか。それを勧められている相手のウマ娘の顔は、私からは見えなかった。
     その瞬間、どきりと心臓が跳ねる。そう、常にタキオンは自分の実験対象が増えることを喜んでいた。実験対象はきっと、誰だっていい。むしろウマ娘の方がいいはずだ、だって彼女はウマ娘で私はただの人間だ。身体能力も、厳密な体の構造だって違うのだ。同じところも多いとはいえ、彼女と私は違う。
     背中を冷たい汗が伝う。顔を背けたいのに、その光景から目が離せない。一歩一歩と、抵抗するように後退っていく。タキオンの実験体は、条件を満たせばきっと誰でもいいのだ。
     私にとって、替えのきかない絶対の存在。あの狂気と執念に満ちた走りの、アグネスタキオンの代わりなんて誰もいない。ならば今の彼女にとって実験体にすらなれない、私の存在は―――。
     ぷつりと何かが途切れるような音がした。勝手に体が動いて、踵を返す。真っ白な頭で、トレーニング室へと足が勝手に向かっていた。

    *

    「君は、こんな暗い部屋で何をしているんだい?」
     声が降ってきた。その方向へと顔を上げると、あまりの眩しさに目を閉じる。そこでようやく、私が暗い部屋にいることに気が付いた。開け放たれたドアの向こうは、暗い場所にいた私が見るには目が痛い。
     かちり、と小気味よい音がした。眩しさが増して、顔を覆うように目を背ける。すると、ゆっくりと足音が近付いてくるのが分かった。
    「はぁ。あんなに私にトレーニングをしろと迫っていたのは、誰だったかな。こんな所で油を売っているとは、全く」
     タキオンが、こちらを見下ろしている。私はトレーナー室の床に座り込んでいて、恐る恐る見上げた彼女の表情は分からない。まだ目が慣れていない上、蛍光灯の光を彼女が遮って逆光になっている。
    「―――タキオン、私」
     心臓の音が、いやに煩かった。どう言葉を続けるべきか、全く頭の中に浮かばない。私はいつもどんな風に、彼女と話していたっけ。彼女はどんな風に、私に声をかけてくれていたっけ。分からない、分からない、分からない。
    「ごめん、なさい」
     どうにか、それだけ絞り出した。するすると視線が下に落ちる。目が慣れたらタキオンの表情が目に入るだろう。彼女の目に、一つでも失望の色が写ることが何よりも怖かった。
    「まあ、いいさ。今日も貴重なデータが取れたからね」
     満足げな声色、耳を塞ぎたくなってしまう。つらつらと述べられる、実験内容はきっと廊下で見たあの時のものだ。じくじくと胸が痛む。鉛のように重い足を持ち上げて、私は何とか立ち上がった。
    「これから実験する薬とかはないの? 私のせいで、トレーニングを潰しちゃったから、代わりに―――」
     そこまで言って、ひゅっと喉が鳴る。勇気をふり絞って見下ろしたタキオンが、訝しげな顔で私を見つめた。
    「今の君がそれを言うのかい?」
    「えっ?」
     タキオンの目が、私を真っ直ぐに見つめている。彼女が何と言ったのか分からず、聞き返そうとすると声は続いた。
    「君では、無理だよ」
     その言葉に、頭を殴りつけられたような衝撃を受ける。
    「トレーナー君、君は自分の状態を分かっていないようだね。今すぐ君は―――」
    「私じゃ、もう駄目なの?」
     タキオンが、目を見開いた。
    「おい、君っ」
    「なんで、私じゃもう役に立たないから?」
     静止の声は耳を通り抜けていく。何もかもが急に恐ろしくなって、タキオンから目を逸らした。
    「君は何を言っているんだ!」
    「なんで、私だって、あなたのことを」
     頭を抱えて、涙がじわりと滲んで、視界が揺らぐ。影の落ちる床が、歪んで映った。私がもう必要ない、役に立たないのなら、私は―――。
    「私はやっぱり、トレーナー失格だった?」
     私の声が、突き刺さるように胸の中に落ちる。誰かが私の名前を呼んだ。肩に触れた熱を、反射的に振り払った。ぱしり、と強い音が、酷く遅れて耳に届いて、顔を上げる。私が振り払ったのは、伸ばされたタキオンの手だった。
     唖然としていると、ずいとタキオンが一歩距離を詰めた。拳一つ分くらいの距離に、彼女の顔が迫る。
    「それが、今の君の狂気の源泉かい?」
     頭に冷水をかけられたように、思考が冷えていった。私は今、何を。手を抱えるように胸に抱く。全身ががくがくと震え出した。
    「ごめんなさい、タキオン、私そんなつもりじゃ」
     私が今したことが頭の中を駆け巡る。これじゃあ本当にトレーナー失格だ。自身を責め立てる声が、がんがんと頭に響く。
    「落ち着きたまえ、トレーナー君」
     諭すタキオンの声に、首を横に振った。とにかく、と彼女は落ち着いた声で、ペットボトルを机からつかみ取る。恐らく彼女のものだろう、市販のパッケージが貼られていた。
    「飲みかけですまないが水だ。とにかく落ち着くんだ」
     タキオンが背中を擦ってくれる。震える手をどうにか抑え付けて、ペットボトルに口を付けた。こくり、と一口嚥下する。その度に、大丈夫、と耳元で穏やかな声が聞こえた。促されるままに一口、また一口と口に含む。その瞬間、体の力が抜けて、ずるりと指からペットボトルが滑り落ちた。
     からん、という音。重力に従って、私の体は、瞼は、倒れるように落ちていった。

    *

     温かな手が、髪を撫でる。生温い温度が心地良い。微睡みのまま寝返りを打とうとすると、ぎしりと軋んだ音がした。何かに阻まれていて、ゆっくりと目を開く。
    「あれ、私……」
     はっと気付くと、眼前にはタキオンの顔があった。彼女は私とぱちりと目を合わせ、にまりと口角を上げる。
    「やっと起きたか。君は案外寝汚いのかな?」
    「は、えっ」
     私ががばっと体を起こすと、タキオンがひょいと体を逸らす。がたっ、とパイプ椅子が跳ねて、また軋んだ音。先ほどの音の正体はこれか、と周囲に視線を向けた。いつもと同じトレーナー室だが、窓の外は真っ暗である。タキオンはもう一つのパイプ椅子に腰かけていて、私と彼女の間にもう一つパイプ椅子が並んでいた。どうやら私はそれをベッドにして、膝枕のような形で眠っていたらしい。
    「混乱しきっているようだね」
     そんな私を見かねたのか、タキオンが肩を竦めながらそう言った。こくこくと頷いて、記憶を辿った。朝食後に、トレーナー室に来て仕事をしていたことは覚えている。だがそれ以降何をしたかが、ぼんやりと頭に霞がかかったように思い出せないのだ。
    「トレーナー君、君はここで倒れていたんだよ」
    「わ、私が?」
     告げられた言葉に私がまじまじとタキオンを見ると、彼女はそっと腕を組む。
    「君がいつまで経っても練習場に来ないものだから、心配して探しに来たんだよ。全く、とんだサプライズだったよ」
     拗ねたように口を窄める様子から、タキオンが私を横たえさせてくれたのだろう。いくら力があるとはいえ、身長の高い相手を動かすのは手間だったに違いない。
    「ごめんね、タキオン……。迷惑かけちゃったみたいで」
     椅子に座ったまま頭を下げると、大きなため息が降ってくる。恐る恐る顔を上げると、びしっと胸辺りを指刺される。
    「君は少々根を詰め過ぎだ」
     確かにタキオンの言う通りかもしれない。私に自覚はなかったものの、現に体は限界だったのだろう。その結果がこれだ。
    「私はね、多少考えを改めたんだ」
     タキオンが、ゆっくりと口を開く。その声色は、私に言い聞かせるようなものだった。
    「君の言葉で私はプランAを選んだ。それは君が私のトレーナーでないと、成せなかったことだ」
     目の前に座るタキオンが、じっと私の方を見つめている。
    「替えがきかないんだ、君は。折角私がモルモットにする回数を減らしてやったというのに、どうして君自身が己を消耗するようなことをするんだい」
    「えっ」
     その言葉を聞いた瞬間、何故か霧が晴れていくような心地がした。何か勘違いをしていたような気がする。タキオンは私が思っているより、私のことを考えていてくれたようだ。そのことが、じんわりと胸の中に広がっていく。
    「ごめんなさい、タキオン。私、あなたの気持ちを考えていなかった……」
    「構わないよ。私も確かに、君に何も言っていなかったからね」
     彼女がふっと息をついて、途端にその目が一瞬怪しく光った。
    「けれど、そんなにモルモットになりたいんだったら、これを飲みたまえ!」
     タキオンが後ろ手に取り出したのは、青い色の謎の液体である。グラスに入ったそれを、彼女は実に楽しそうな顔で私の手に無理やり持たせてきた。
    「……これ、飲まなきゃ駄目?」
     しばしその謎の液体と見合ってから、おずおずとタキオンに聞く。
    「飲んでくれるんだろう? 効き目は抜群さ、私は一気に飲むことをおすすめしておくよ」
     常より有無を言わせぬ仕草、それにどうやら私を心配して作ってくれたものらしい。多分。それなら飲まなきゃ申し訳ない、という気持ちがもたげてくる。
    「い、いくよ……」
     宣言して、グラスに口をつけた。期待するようなタキオンの視線が痛い。意を決して、グラスを一気に傾ける。
    「ん、んっ?」
     舌に触れたのは、意外や意外野菜ジュースのような味だった。それもどちらかというと、フルーツベースの飲みやすいタイプに似ている。
    「そんなに警戒するほどのものじゃなかっただろう?」
    「う、うん。いつもこの味だったらいいのに……」
    「それはまあ、検討しておこう。飲んでから一時間後、あと明日起きてからの様子を聞かせてくれ」
    「分かったよ」
     一息つくと、まだ少し休んでいるといい、とグラスを片付けるためにタキオンは立ち上がった。その背中に、薄ら思っていたことを投げ掛けてみる。
    「もしかして、思ったよりも心配させちゃった?」
     少しの沈黙が部屋に落ちる。そして、ふふっと小さな笑い声がした。
    「さあ、どうだろうね」
     タキオンの声色からは、真意は読み取れない。けど、私はそれでも次は気を付けようと決意した。
    「まあ、君のせいで今日のトレーニングはおじゃんだったからね。このツケは今度の休日にでも払ってもらうとしよう」
    「うう……、でもありがとう。タキオン」
     私の言葉に、タキオンが少しだけこちらを振り返る。目を細めて、楽しそうに彼女は笑った。
    「気にすることはないさ。私も、少しは収穫はあったさ」
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖💖💖👏🙏💕
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    hariyama_jigoku

    DONE鋭百小説(鋭百々)。付き合ってていちゃついてる二人。互いの無意識の話。
    侵食 ちゅ、ちゅ、とリップ音が鼓膜を舐めるように繰り返される。くらくらと、その度に指先から全身に火が点っていくようだった。無意識に腰が引けるが、腰に回された腕が程よくそれを妨げている。
     眉見の肩に手を置くと、それを合図と思ったのか殊更ゆっくり唇が合わせられた後に緩慢に離された。吐息が濡れた皮膚に当たって、妙に気恥ずかしい。口と口をくっつけていただけなのに、なんて女の子みたいなことは言わないが、一体それだけのことにどれだけ没頭していただろう。腕がするりと離れ、柔らかなベッドに手を置いて体重をかける。
     勉強会という名目だった。元より学生の多い事務所では、勉強会がよく開かれている。C.FIRSTは専ら教え役だったが、S.E.Mなど加われば話は別だ。いつしか習慣と化したそれは、ユニットの中でも緩慢に続いている。事務所に行くだけの時間がない時。例えば定期テスト中―――下手に行けばつい勉強が手に付かなくなってしまう―――とかは、互いに課題を持ち寄って百々人は秀の、眉見は百々人の問題を見る。最初は二人が眉見に遠慮したものの、受験の準備になるからと押し切られる形になった。今日もそうなる予定だったが、秀が生徒会の仕事で欠席することを知ったのがつい一時間ほど前である。今日はやめておくかと聞こうとした百々人に、眉見が自分の家に来ないかと持ち掛けて今に至る。いつもは何かと都合の良い百々人の家だったのだが、一人で来るのは―――それこそ二人が付き合い始めてから来るのは初めてだった。
    1834

    recommended works