「ん、これ、天然モンやで」
黄昏を溶かしこんだような色合いの、ふさふさした髪の毛の先を引っ張りながら告げる。
A5サイズのその雑誌の、カラーページには長机に並べられた将棋盤を前に、誇らしげに、或いは照れくさそうに賞状を掲げた小学生らしき年頃の少年少女が何人か映っていた。第〇〇回ブルースター杯小学生名人戦、とアオリの文字も晴れやかな特集の、最後の写真には丸めた賞状らしき紙とトロフィーを抱えた三白眼気味の、ひょろりと背の高い男の子と、優勝:みずかみさとしくん(大阪府代表/唐綿小学校・五年生)との注釈があった。
「でも黒いやん、こん時」と生駒が指摘する。
彼の言葉通り、もっさりとボリュームたっぷりの髪の毛は今のような赤毛ではなく、この国にあってはまずまずありがちな黒い色をしていた。
「染めとったんや。悪目立ちするから」
「ふうん」
小学校の頃から将棋なんていう大人の世界で揉まれたせいでだろう、ふてぶてしいの一歩手前のマイペースな性分は、この一枚の写真が写し取ったおもざしからも想像が出来るだけに、水上を生駒隊の仲間たちとは違う形で、ある意味よく知る王子は彼の説明に釈然としないようだった。
六年ほど前の月刊将棋通信を、王子が古書店で目について手に取ったのは、それは当然頭の片隅に水上のことがあったわけで、だがしかしまさかそこの記事で彼の幼少期の姿を見つけることになるのは想定外だった。さすがの王子でもぺらぺらめくっただけでは、この子が水上だとは気づかなかったのだから笑い話にもなる。どれだけ人は目立つ特徴に惑わされがちなのかと。ましてや友人という埒とは違う関係を結んでいる相手のことなのに。
ぼくが知らない頃のみずかみんぐだ、と王子は人目を盗むようにして、そっと写真を撫でた。
「らしくないと思うんだよね、君にしては」
そのあたりの疑問が解消しないままでは落ち着かない、とばかりに王子は、ボーダー帰りに水上の後を追った。
「自分が俺のどこまで知っとんねん」
「そりゃまだまだ知らないことだらけだけどね。どこが気持ちいいとかはともかく」
「……」
往来で言うことか、と水上は苦虫を噛み潰した顔になる。
人なんかいやしないよ、といつ近界民が現れても不思議ではない警戒区域を軽やかな足取りで行きながら、王子は応じる。
「でも、君が自分の納得してないことには折れない程度には強情じゃないかなとは思ってるんだよね。君がこの髪」と馴れた様子でひとふさ、指先で摘まみながら王子は言う。
「に生まれついたのは自然ななりゆきだろ。なんでわざわざ染める必要があるのさ」
「悪目立ちするやろ」
「君がその程度のことを気にするとも思えないけどね」
「買いかぶり過ぎや」
「そう?」
それでも水上は苦笑いで応じてはくれた。
「うちはまあ、自分で言うのも何やけどそこそこええうちでな。暗黙の了解で、将来は俺も兄貴も親父の仕事を手伝うんを継ぐのを期待されとったんや。せやけどなあ、これに出会ってしもうてな」
と、水上は駒を掴む手つきをしてみせた。
「あっという間に虜や。趣味のうちはええけど、当然家のモンはええ顔せんわけ。で、まあ、妥協というか折衷案で、将棋続けさせてくれるんならこの悪目立ちする髪ィ染めてもええて」
けどなあ、と水上は王子に背を向けて、決してその表情を見せようとはしなかった。
「体質が合わんで、まあかぶれるかぶれる。額やこめかみのあたりなんて真っ赤に爛れてもうて、痒ぅて痛うて夜中にいつまでもぐずぐず泣いてたもんや」
「……それは……」
「けど、そんなの構わへん。ちっとも辛いことなかった。好きな将棋が指せれば。小学校三年の時かな。通っとった将棋道場の席主はんが将来、本気で棋士を目指すのなら、ちゃんと弟子入りしたほうがええでって、師匠を紹介してくれたんや」
ふとしたきっかけでその髪は黒く染められていたことを知って、呆れたように父よりも年嵩の棋士は諭した。
『染めんでもええ。裏朱みたいでええ色やん』
『けど、おとんがあかんて。将棋続けたいならこないなみっともない色どうにかせえて』
『ちっともみっともないことなんかあらへん。これは、おまえが持って生まれたもんや。おまえがイヤならしゃあないけど、そうやないなら大事にしてやらなあかんやろ』
『……』
『せやったら、うちに来い。うちからガッコも研修会も通ったらええ。うん、今時内弟子なんて流行らんから、そうや』
「敏志、うちの子になるか? 師匠はそう言うてくれた。嬉しかったなあ……」
「なれば良かったのに」
王子の言葉に水上は虚を突かれたように彼を見る。
「なれば良かったのに。縁っていうのはそういうものでしょ」
「無茶言うなや」
それでも水上はかすかに表情をほころばせた。