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    bin_tumetume

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    ※陰キャ人外×陽キャ一般人パロ(互いに苗字呼び/モブ女性生徒/ちょっとだけ痛そうな表現注意)

    ##ほぼ100日冬彰チャレンジ

    8日目「ひとりぼっちのかいぶつ」 無口なクラスメイト、青柳冬弥とは先月の席替えを機に隣の席になった。一番後ろの窓際に並んだ特等席二つ。それが彰人と冬弥の席だった。暇なときはグラウンドで体育の授業をしているやつらを眺めることもできるし、少し工夫すれば居眠りしたって教卓からは見えづらい。彰人がその席を最高だと判じたのは、それだけではなかった。
     隣の席の生徒は、休み時間中いつもひとりで本を読んでいた。テストで好成績を残した者のみ掲示される順位の中では常にトップとして名を残すことで有名だったけれど、それを笠に着た様子もない。それでも、一重に分厚いグラスの眼鏡と口元まで覆うような長い前髪のせいで表情が読めない彼に、積極的に話しかけにいこうとする者はいなかった。本人もそれを気にした様子もなく飄々としていたのが、拍車をかけたのだろう。彰人も、隣の席になってすぐはどう接するか悩んだものだった。
     しかし、その男は意外にも話を振ってみれば嫌な顔ひとつせずに返事をした。始めのうちは話しかけられたことに戸惑うかのようにぽつりぽつりとした返事も、一月隣の席で過ごせば段々に流暢なものになっていく。当然のように頭の回転もよく、いつの間にか休み時間のたびに冬弥と話をするのが彰人の学校生活の楽しみのひとつになっていった。趣味が合うわけでもなかったから、不思議と波長が合うとしか言えない。他の同級生達と何かが違うような雰囲気を纏ったそのクラスメイトを、彰人は確かに気に入っていた。
     冬弥は彰人と違って勤勉で、授業に身の入らない彰人を度々窘めた。そもそも、初めて話すきっかけとなったのも、授業中に上の空でグラウンドを眺めていた彰人が、教師から指名されて答えられないでいるのを冬弥がこっそり助けてくれたことだった。それから、たびたび授業に集中しないでいるのを見咎めてはペンでつつくようになってきた。普通ならば口うるさいと感じるようなことも、冬弥から起こされたアクションなら彰人は笑って受け止められた。嫌いだったはずの勉強を少しくらいはやってみようかと思うくらいには。


     ――だから、こんなことになってしまった。


     は、は、は。
     獣のように荒い吐息が耳障りだ。それが自分の口から発せられていることなんて事は分かりきっていたが、それを止める方法は思いつかなかった。頭がぼんやりと霞がかり、視界は滲んで歪んでいる。聴覚は、じゅるじゅる、ぴちゃりと下品な水音を拾っていた。
    「っ、は……ぁ、」
     堪えきれずにこぼれた母音とともに、背中をぞわぞわと悪寒が駆け上がっていく。悪寒であって欲しかった。肩口に顔を埋めた男の片目を覆うほどに伸びた前髪が、さらりと肌をくすぐる。ずるり、と自分の肩に突き立てられていたモノが抜け出ていく。楔の役割を果たしていたそれが無くなったことで、支えを失った躰はずるずるとくずおれた。ぐしゃり、と下敷きにされたプリントが悲鳴をあげる。
     前髪に隠された、整った美貌の口端に血液が付着している。捕食者特有のギラリとした輝きを灯したシルバーに射抜かれて、ぐらりと思考が歪むのはきっと貧血のせいだ。改めて、どうしてこんなことに……と回らない頭で回想した。

     明日の授業で提出する宿題のプリントを、自分の机に忘れたのだ。それに気がついたのは、最寄駅に着いたときだった。前までの彰人ならば、すぐにまあいいやとそのまま帰宅していただろう。今日の彰人だって、そう思いかけた。しかし、頭に過ぎったのは近頃声に表情が乗るようになってきた冬弥の姿だった。また宿題をやってこなかったのか。それから、呆れたような溜め息。なんだか、こんなことばかり繰り返していたらいつか冬弥に愛想を尽かされてしまいそうで。せっかく仲良くなってきた矢先に、こんなくだらないことで仲違いをするなんて馬鹿らしい。気は乗らなかったが、駅に向かう同じ制服の学生達に逆らうようにして夕暮れの通学路を戻った。
     黄昏時とはいうけれど、施錠時間ギリギリに滑り込んだ薄暗くなった教室に誰かいるとは思わなかった。クラスの前の廊下にだって、教師はおろか生徒の姿のひとつもない。さっさとプリントを取って帰ろうと目的のものを見つけ出したところまではよかった。教卓の影に隠れるようにしていた折り重なった二つの影のうち、息を潜めていた片方と目が合ってしまった。だらりと投げ出された女子生徒の脚には力が入っておらず、意識がないことは確実だった。それに覆いかぶさって自分を振り返る、男子の制服を着た人物は。
     その正体を頭で理解する前に、人とは思えない素早さで壁に体を押し付けられていた。ガタン、一拍置いて自分の席の椅子が床へと横倒しになる大きな音が響く。目の前に肉迫するのは、クラスメイトの青柳冬弥だ。異質なシチュエーションのはずなのに、彰人の体はただそれだけを認識した瞬間に力が抜けて一切の抵抗を止めてしまった。普段は隠れた口はがぱりと開かれ、綺麗に並んだ歯の中で異様に発達した犬歯が鋭く輝いた。噛み付かれる瞬間はまるでスローモーションにも思えて、普段から喋らない奴はめいっぱい開いても自分よりも小さい口をしているのだな、なんて呑気ことしか考えられなかった。
    「ぅ、ぁ……っ」
     どくり、どくりと血潮が熱く脈打っている。意識を失う間際まで血が抜かれたせいで、全身に力が入らない。
    「……運が悪かったな、東雲」
     血に塗れた唇の端を歪めて、冬弥が笑う。初めて見た笑顔は、まるで泣いているかのようで下手くそなものだった。ズキズキと股間が痛む。自分の意志に反して、性衝動を訴える自身の体が信じられなくて、彰人は視界が滲むのを堪えて縮こまるように体を丸めた。
    「く、そぉ……っ」
    「吸血鬼の吸血行為には、誘淫作用がある。痛みを誤魔化すためにな」
    「きゅうけつ……き……?」
    「ああ。……俺は、人間じゃない」
     冬弥に噛まれた首筋に、震えた手を当ててみる。そこには、血が流れ出ていないのが不思議な程くっきりと、二つの小さな孔が並んでいた。触れれば、存在を主張するかのようにピリリと微弱な痛みを訴える。
    「彼女のように気を失ってしまえたら記憶も飛ぶんだが……東雲は俺たち吸血鬼との相性が良いんだな。見つからないよう人払いしていたはずなのに食事を見つかったのも、誤算だった」
     憂鬱そうにため息を着いた冬弥の手の平が目の前に突き出されて淡く光を放ち、釘付けにされる。金縛りにあったように体がぴくりとも動かない。教卓付近で倒れたまま意識を取り戻さない、暗がりのせいで誰なのか識別もできない女子生徒を視界に捉え、口封じ、の三文字が嫌な予感を伴って頭を過ぎる。
    「なに、する気だ……」
    「何もしない。ただ、少し眠ってもらうだけだ」
     言葉のとおり、抗いようもない強烈な眠気が彰人を襲う。頭がぐらぐらと揺れ、強制的に瞼が下がっていく。
    「悪い夢を見ただけだと思ってくれ」
    「あお、や、ぎ……」
    「……お前にだけは、知られたくなかった」

     朦朧とした意識の中で最後に聞いたつぶやきは、夢だったのか、現実だったのか判別がつかない。ただ、彰人が次に目を覚ましたのはいつもと変わらない自室のベッドの上だった。少しばかり体が怠いが、それ以外に特筆するべき不調はない。母親に聞けば、大人しそうな男子生徒が放課後に熟睡してしまって目を覚まさない彰人を背負って家まで送り届けてくれたらしい。
     首元には確かに噛み跡が残っている。起きたことを夢にするには証拠がありすぎた。頭が良いくせに、馬鹿な奴。宿題なんてする気分にもなれず、彰人は明日問い詰めてやろうとひとりごちて就寝した。

     翌日、無遅刻無欠席の優等生が座るはずの隣席は、ついぞ埋まることは無かった。彰人の心にも、ぽかりと穴を開けたまま。
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