【魈蛍】涼を求めて「あーーーつーーーいーーー!」
「もう、パイモン騒がないで。余計に暑く感じる。」
じりじりと肌を焼く陽射しに、つぅ、と背中に汗が伝う。炎スライムを抱きしめたかのように全身が熱い。水分補給はしているけれど、それ以上に日差しが強くて干からびてしまいそうだと蛍は照りつける太陽を睨んだ。
「でもよぉ、お前だって暑いだろ〜? 汗すごいぞ」
「そりゃ、こんなに気温が高かったらね。」
ぽた、とこめかみから顎にかけて汗の粒が流れていく。酷く喉が乾いて蛍はふぅ、と息を吐いた。
「凡人は脆いな」
こんな気温でも汗ひとつかかない魈に蛍は仕方ないんだよと笑い、暑い暑いと騒ぐパイモンを撫でた。
「うーん、なにか涼しくなるものってあったっけ」
「水浴びでもするか? これだけ暑かったらすぐ服も乾くだろ」
ちらりとパイモンの目線が小川の方へ向く。釣られて蛍も小川を見れば、水面が涼しげにキラキラと輝いていた。
「んー……ヒルチャール達もいないみたいだし、しちゃう?」
そろりと小川に近付くと、ひんやりとした風が頬を撫でる。蛍の言葉にパイモンもにやりと笑った。
「つめたいぞー!」
きゃっきゃとはしゃぐ声。パイモンが溺れてしまわないように抱きしめて、蛍はざぶん、と音を立てて川へ沈む。気温の割に水温が低い。干からびた身体が潤うようだ。
「お前たち、そんな暇はあるのか? 今日はやることが多いと言っていたのはお前たちだろう」
呆れたように言いつつも、魈も去る気配はない。依頼が多いから助けて欲しいと甘えたのは蛍なのだが、こうも暑いと任務どころではないので許して欲しいと魈に向かって苦笑いをする。
「魈も一緒にどう? 冷たいよ」
「我は暑さなど感じない。」
「そんな事言って〜! オイラのことなら気にせずイチャついてもいいんだぞ?」
「わ!」
ニヤニヤと笑みを浮かべたパイモンが魈をからかうように蛍の胸元にぎゅっと抱き着く。その様子を眺めていた魈の眉間にシワが寄った。
「もう、パイモン。魈をからかわないの」
恋仲になったとはいえ、二人の関係に劇的な変化はない。蛍としては、魈は優しいから付き合ってくれているだけなのかもしれないと不安になるも、贅沢は言わない。
(こうして一緒にいる時間を作ってくれるだけ有難いし)
もう少し恋人らしいことをしたいと思わないこともないが、無理強いはしたくない。
「私も魈に無理させたくないし」
ぎゅ、とパイモンを抱き締めて、ざぶざぶと冷たい水の中を進む。
水温が低いからここでフルーツでも冷やしてみんなで食べようか。そう提案しようと魈の方を振り返った時だった。
「そこまで言うなら、良かろう」
ばしゃん、と音を立てて魈も川へ身を沈める。やがて蛍たちのそばまで来ると、蛍の腕を引いて自身の腕の中へ抱き寄せた。パイモンは押しつぶされまいと蛍の腕からすり抜けて浮遊する。
「しょ、魈……⁉」
恥ずかしさにもぞもぞと身動ぎをするも、その腕はがっちりと蛍の姿を抑えていて動けない。水で冷えた身体がじわじわと魈の熱を伝え、体温を取り戻していく。気恥しさはあれど、折角彼から触れてくれたのだ。ここで勇気を出さないでどうすると恐る恐る魈の背に手を回してみれば、肩口で彼が微笑んだ気がした。
「お、オイラお邪魔みたいだからあっちに行ってるな!」
甘酸っぱい空気にあてられたのか、パイモンは慌てて飛んでいってしまった。ならば、と蛍は後ろに重心をかけ、ばしゃん、と大きな音を立てて彼ごと川へ沈む。びしょ濡れになった魈の前髪からはぽたぽたと水滴が垂れて蛍の顔を濡らした。
「魈、水、冷たくて気持ちいいね」
「ああ」
楽しそうに笑う蛍の頬へ手を伸ばし、水で張り付いた前髪を避け、その無防備な額に口付ける。
「触れ合いたいのならそう言えばいい。お前との触れ合いならば、我は拒否しない。……無理をしている訳でもない」
「ん、ありがとう魈」
びしょ濡れのまま、二人で額を合わせて微笑む。水は冷たいのに、触れた身体は熱い。そのままゆっくりと、蛍は魈の唇へと口付けた。