──くそっ、情けねぇ……。

　今の俺の格好はというと何とも気味の悪い、所謂触手と呼ばれる太い縄状の物が両手と両足の全てに肌を這い回るようにしてうごうごと絡み付いている。それは幾重にも重なり、今やそれらの触手のせいでまるで身動きが取れないという状態にされてしまっていた。
　見た目は元より、酷く気持ちの悪い粘着質な音を立てるそれらを口惜しく睨むも緩まるどころか決して逃がさないというようにぎゅうぎゅうと纏わりついてくる。いつもならばこんな程度の触手ごときいくらでも千切れるだろうが、そもそも掴むことすら出来ないのだからどうしようもない。
　だが誰かに助けを求めることは出来ない。何故ならば自分こそが逃げ惑う人々を救うべく、助けにきた立場なのだ。だというのにまんまと捕まった己の不甲斐なさと、そしてそんな俺を見てにやにやとした笑いを浮かべる痩身の男に対して小さくクソ、と吐き捨てた。


　ある日に正体不明の敵が街に攻めてきたのと同時に、更にこれもまた正体不明の自称妖精だかなんだかが俺の目の前に現れた。
　その自称妖精に、どうか街の平和の為に闘ってくれと涙ながらに訴えられてしまい、なんだかよく解らないままいわゆる魔法少女というものに変身した時は驚いたなんてものじゃなかった。しかし敵は待っちゃくれないと襲ってくるのをそのまま持ち前の暴力を駆使して何とか追い払うことに成功した。しかしそれで解決というわけにはいかなかった。
　それを皮切りにして次から次へとどこからか攻めてくる敵を、自称妖精と共に変身しては追い払うというのが最近になってできた俺の隠れた日常となってしまったのだった。

　その日も街を脅かす怪人の出現に急いで現場に駆けつけどうにか民間人を全員避難させたまでは良かった。だがその少し気を抜いてしまった隙を突かれてしまった。その結果、今現在の俺は間抜けにも磔のような状態で浮かされている。

「ふふ、良い格好だねぇ」
「うるせぇ、とっとと離しやがれ！」
　がぁ、と吼えたところで相手は余裕綽々のムカつく顔で笑う。そりゃあそうだ。
　このまま殺されてしまうのだろうかという考えが過るが、まあ他に被害者がいないならそれでも良い。しかしせめて一矢だけでも報いてやりたいという気持ちだけは死ぬまで無くならないだろう。冥土の土産に、どうにかしてその面を凹ませるくらいは貰っていってやれないものかと相手を睨み付けるも向こうは表情が変わっても、それは怯えなど一つもなく喜悦ばかりが増えていて憎たらしいことこの上ない。

「威勢が良いね。うん、良いことだ。ところで君と会うのはもうかれこれ片手の数は越しているわけだけどそろそろ私の名前くらいは覚えていてくれているかな？　最初に会った時にも言ったけれど私は君の事が大層気に入っているんだ。ね、だから魔法少女なんて危ないことは辞めてしまってさ、このまま私の物になる気はないかな？」
　奴はそんな馬鹿げた事を言いながら俺に近づいてきた。磔にされて無防備な身体は生かすも殺すも嬲るも容易いことだろう。
　やけに細い指が、腹を露出した衣装のせいで剥き出しになっていた下腹部をなぞるのに背中が震えた。

　──こいつ、俺にそういうことをする気か？！
　しかし、ならばこれは奴に一矢報いることができるのではないか。
　俺は思い立ったが、すぐさま変身を解除する呪文を叫んだ。
　途端に今までひらひらとした可愛らしい衣装に身を包んでいたそれなりに可愛いような顔をした女の子から、ゴツくてタッパもあるムキムキイケメンマッチョな変身前の正体である俺自身の姿となった。

「ハッ！　ばーか、俺は男だ！　期待してたとこ悪いが残念だったな！」
　女相手にそういう欲を発散させようとしていたのだろうが、正体を知ってさぞ顔を歪ませているだろうと見てやった。
　しかし見た先にある表情は、確かに歪んではいるが、その歪み方は──。

「あぁ、知ってたよ。ふふ、本当に君ってばかわいいねぇ。変身を解除してくれてありがとう。これでもう、君は僅かな抵抗も許されない、ただの人間になっちゃったね♡」