きぃ、とそろそろくたびれ始めてきたイスが少しだけ軋んだ音を立てる。
専らロナ戦の執筆用として使っている机も椅子もノートパソコンも、それなりの巻数を重ねてきただけあって随分と年季が入ってきたように思う。
バックライトに浮かぶ文字は臨場感に溢れた文字が騒がしく踊っていて、冷静な目でみると少しばかりおかしくなる。
その躍りの中心にいる、自分に良く似ているような男がいかにも格好良く華麗な活躍をもって街に平和をもたらしていて更におかしいような気持ちになる。
言葉というのは便利だ。おおよそはこれと同じことをしていた筈なのに、表現の仕方一つでトンチキ捕物帖から鮮やかなる吸血鬼退治物語へと変わるのだから。
しかしこれはある程度は自分と切り離しているからこそそれなりに書けるのであって、自分の気持ちを言葉で表そうとすればそれは酷く難しい。
段々とディスプレイに増えていく文字の速度が遅くなってきた頃、そろそろ一度休憩をするかと椅子を後ろに引いて軽く伸びをする。
そのまま机の下にある引き出しを引いてみれば、そこにはメモ帳やクリップやどこで買ったのかも忘れたキーホルダーなんかがごちゃごちゃと入っているのが見えた。しかし俺は手前にあるそれらを飛び越えて、それよりも奥に手を入れる。
「まだ結構残ってんなぁ」
手に取ったのは何枚かが重なった紙束で、それは四百のマスに区切られた原稿用紙だった。
これは俺がフクマさんに本を出さないかと言われた時に、兼業ではあるが作家になるのを決意した時にノリで買ってしまったものだった。
しかし執筆は当然パソコンでしかやらないので、使いどころは一つもない。結局は買ったその時のフィルムを剥がすことすらないまま机に入れっぱなしだったのだ。
そんな無用の長物であった原稿用紙は最近になって漸くその数を減らし始めた。
──これが全部なくなるまで書いたら。
その時にはもうきっぱりと諦めよう。そんな決意をしてからもう半月は経っただろうか。
そして今日も同じことを思いながら原稿用紙を一枚取り出し、インクが半分程になったボールペンを手に持つ。
これで何枚目かは忘れた。まあ残りの枚数を数えたら解るけれど、なんとなくそれはしなかった。
まだ持っただけでは何枚かは解らないくらいには残っているというカウントダウン未満の猶予を摘まんでみる。その厚みに、早く無くしてしまわなければいけないという気持ちとは裏腹に心の中にほんの少しだけある、終わらせたくないというような未練がましさからくる安堵の気持ちが勝手に浮かんでしまう。情けない。
しかし無くなればそれで終わりだというのは絶対だ。
大体こんな行為自体が未練がましさの塊なのだから、情けなくてもバカみたいでも終わりよければ全て良しということにする。終わり、そうだ全部無くして終わりにするのだ。それでまた前と同じ日常にもどれるのだから。
つ、とまだ何も書かれていない原稿用紙にペン先を落とす。
小さなまるい点でマスが汚れるのを見て、何となく申し訳無いような気持ちになりながらもペンを動かした。
『好きです』
いつも始まりはこの言葉だった。あいつに言うには変かもしれないけど、別に誰にも読まれることはないのだから良いのだ。
──あぁ、そういえば昨日一緒に遊んだゲームは楽しかったよなぁ 。
『ゲームはあんまり得意じゃないけどするのは好き。お前と遊ぶのも好き。ゲームに誘ってくれるの本当は結構嬉しいし、最後にケンカになってもまた誘ってくれるから嬉しい。もうちょっと殺さないようにしたいけど、そうしたらお前にバレちまうかもしれないからこのままで行くけど、誘ってくれてありがとう。直接言えなくて悪いけど、きっと俺とお前はそういうので良いと思う』