「なあ、俺はいつまでここにいりゃ良いんだ？」
「さあ、いつだろうね。私にもわからん」
　そう言って溜め息を吐けば彼がやや申し訳なさそうに首を竦めた。


　あわや未曾有の大惨事となるかと思われた強大な吸血鬼達の大進行は、あちらもこちらも誰一人として血を流すこともなく終わった。いや、終わったというよりは始まりもしなかったのだ。
　やってきた吸血鬼たちは各々かなりの力を持つ者たちであったが、やたらとフレンドリーであった。誰一人としてこちらに敵意はなく、人にも物にも害を為そうとは一切しなかったのである。
　気配を察知してからこっち、生きるか死ぬかの闘いを覚悟して緊張感に苛まれていた我々としてはありがたいと思うよりもふざけるなという気持ちである。いや、勿論のこと闘いたくはないのだけれど。しかし最初に彼らの気配を察知したのは私であり、必然的に尤も長時間頭を悩ませていたのも私であるので全くもって釈然としない。私の心労をなんだと思っているのだ。

　きぃ、とそろそろくたびれ始めてきたイスが少しだけ軋んだ音を立てる。
　専らロナ戦の執筆用として使っている机も椅子もノートパソコンも、それなりの巻数を重ねてきただけあって随分と年季が入ってきたように思う。
　バックライトに浮かぶ文字は臨場感に溢れた文字が騒がしく踊っていて、冷静な目でみると少しばかりおかしくなる。
　その躍りの中心にいる、自分に良く似ているような男がいかにも格好良く華麗な活躍をもって街に平和をもたらしていて更におかしいような気持ちになる。

　言葉というのは便利だ。おおよそはこれと同じことをしていた筈なのに、表現の仕方一つでトンチキ捕物帖から鮮やかなる吸血鬼退治物語へと変わるのだから。
　しかしこれはある程度は自分と切り離しているからこそそれなりに書けるのであって、自分の気持ちを言葉で表そうとすればそれは酷く難しい。

　──くそっ、情けねぇ……。

　今の俺の格好はというと何とも気味の悪い、所謂触手と呼ばれる太い縄状の物が両手と両足の全てに肌を這い回るようにしてうごうごと絡み付いている。それは幾重にも重なり、今やそれらの触手のせいでまるで身動きが取れないという状態にされてしまっていた。
　見た目は元より、酷く気持ちの悪い粘着質な音を立てるそれらを口惜しく睨むも緩まるどころか決して逃がさないというようにぎゅうぎゅうと纏わりついてくる。いつもならばこんな程度の触手ごときいくらでも千切れるだろうが、そもそも掴むことすら出来ないのだからどうしようもない。
　だが誰かに助けを求めることは出来ない。何故ならば自分こそが逃げ惑う人々を救うべく、助けにきた立場なのだ。だというのにまんまと捕まった己の不甲斐なさと、そしてそんな俺を見てにやにやとした笑いを浮かべる痩身の男に対して小さくクソ、と吐き捨てた。

　まず最初に思ったのは闘うのに支障はないということだった。
　そしてその次に、これからどう動くかということ。
　そしてその次に過ったのは、あいつはどう思うんだろうということだった。


　今夜はこのトンチキ魔境新横浜にしては珍しくまともに、というと語弊がある気もするが普段の変態催眠でバカ騒ぎとは違う。その凶悪さと能力で人を襲い街を壊す危険度A級オーバーの吸血鬼との闘いだった。
　吸対からの情報によるとやはりと言うか他の街から流れてきた吸血鬼らしいが、その街の退治人に手傷を負わされ逃げた先がここだったらしい。なんとも良い迷惑だ。
　そいつは手負いの身を早急に回復しようとしたのか、ここシンヨコで吸血通り魔の事件が頻繁に起こるようになった。

花道くんの手料理「え、やばくないあの人？」
「誰？イケメンすぎるんだけど♡」
「湘北に彼女いるのかな？」
「えーあんなイケメンが彼氏とかマジうらやましいんだけど！」

冬に片足突っ込んだある日の部活帰り。
校門付近がすごくザワついている。
「なんだなんだ？」
「誰か迎えに来てるんすかね？」
三井と宮城がその大元に近づくと
「藤真！？」
三井が大声でその人物の名前を呼ぶ。
そこにいたのは翔陽バスケ部監督兼キャプテンの藤真だった。
「お、三井！宮城も。てことは部活終わったのか？」
「おう、今終わったぜ」
「藤真さんどーしたんすか？誰か待ってるの？」
「うん、花道待ってる」
「「なんで！？」」
思わず2人声が揃ってしまった。
「花道がご飯作ってくれるんだよね、今日」