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    hinoki_a3_tdr

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    町日書こうとして迷子になった

    窓の向こうで桜がの花びらがヒラヒラと舞落ちている。それをぼんやりと眺めながら、遠くで響く楽器の音に耳をすました。
    ああ、少し音が外れている。あっちは跳ねすぎ。こっちはまあまあ。
    大して自分も上手くないのに、上から目線で批評する。この傲慢さは、最上級生ならではだろう。
    「っと、来てたのか」
    「……町田センセー」
    なんで来ちゃうかな。
    ガラリと大きな音を立てて、開かれた扉の先には一人の教師がいた。
    「ちょっと提出物があったから」
    「そうなのか。どうだ、準備ば順調か?」
    「誰に言ってるの? なーんもしてません!」
    「胸を張って言うことか!」
    カラカラと笑う先生に、胸が痛くなる。俺は、ちゃんと笑えているだろうか。
    「それにしても、日野ももう卒業か。毎年のことながら、やっぱり早く感じるなぁ」
    「ジジくさいなぁ。先生まだ若いんだからしっかりしなよ」
    「言ったな、この不良生徒め」
    卒業。そう、卒業だ。あと一ヶ月もしないうちに、ここに俺の居場所はなくなる。この人との接点も、こうして面と向かって話す理由も無くなるのだ。
    それが辛くて、悲しくて。過去の思い出に浸れば気も紛れるかとわざわざ出向いたというのに。当の本人に会ってしまうとは。
    一年に一度の別れの儀式。自身にとってこれ程重いものはない。でも、この人にとってはただの通過儀礼でしかないのだ。それが、酷く虚しかった。
    「じゃあ用事もすんだし。そろそろ帰るよ」
    「……そうか」
    「なに、センセー、俺に会えなくて寂しいの?」
    言ってすぐに後悔した。そんなわけないのに。自分から傷つきに行くなんて、ほんとに馬鹿だ。
    吐き出した言葉は無かったことにはならない。俺はこっそり力んで、言葉のナイフに身構えた。
    「……寂しいよ」
    「……へ?」
    一瞬、何を言われたか分からなかった。
    「酷いな。そんな薄情なやつだと思われてたのか?」
    「そうじゃないけど、毎年のことでしょ」
    「毎年、寂しくて仕方ないよ。でもそれ以上に誇らしくもある」
    「誇らしい?」
    「俺の教えた生徒たちが、未来に羽ばたいていくあの日が、ある意味では俺の集大成なんだよ」
    そう笑う町田先生に、憑き物が落ちた気がした。あんなにも卒業というものが嫌で仕方なかったのに、単純なものだ。
    「ふーん、そっか」
    「ちょっとクサかったか」
    「ううん、そっか。なら、先生の最高傑作として世に羽ばたいてあげようじゃないですか」
    「大きく出たな!お前はどちらかといえば問題児寄りだろうが!」
    これは痛いところをつかれた。確かに授業態度がいいとは言えなかったしな。
    先生からの手痛い評価にしょんぼりしているとふっと吹き出すように笑われた。
    「お前は、変なとこで落ち込むよな」
    「尊敬する先生から不良とか問題児とか言われたら? そりゃね??」
    「尊敬? お前、俺のこと尊敬してたのか? お前が??」
    「ひっどいなぁ。これでもちゃーんと先生のことは慕ってたんだよ?」
    嘘ではない。先生の授業だけは真面目に出席していた方でもあるし。
    唇を尖らせ、拗ねたように振る舞う。これでジュースでも奢ってもらえればこの上ない思い出になるだろう。
    期待を込めてじっと先生を見つめると同じように向こうもこちらを見つめ返してくる。
    「卒業……しちゃうんだな」
    ポロリと、こぼれ落ちた言葉が意図しないものだということは先生の顔を見ればすぐに分かった。口を手のひらで覆って、目を見開いている。
    「センセイ?」
    何となく聞かないことにした方がいい気がした。だがこのまま何も言わずに去るのも不自然で、戸惑ってしまう。
    俺の呼びかけで、ようやく先生は意識を取り戻したようだった。
    「…………」
    「先生、ほんとに大丈夫?」
    「……大丈夫じゃないかも」
    「え!? ほかの先生呼ぶ?」
    絞り出された声、未だ口を覆っている手のひらに邪魔をされてはっきりと聞き取ることが出来ない。
    もごもごとした音がしばらく聞こえ、とうとう手のひらから開放された。
    「……日野、卒業式のあと、時間ある?」
    「え、作ろうと思えば?」
    卒業式の予定など特に決めていない。その時の流れで適当に過ごすつもりだった。
    「そうだな、十分でいい。時間を貰えるか?」
    「よくわかんないけど、分かった」
    クエスチョンマークを振りまきながら、とりあえず首を縦に振った。先生はそれに満足そうに笑って俺の肩を叩いた。
    「よし、決まりだ。じゃあな。引き止めて悪かった」
    「う、うん」
    笑顔なのになんか怖い。促されるまま、俺は飛び出すように教室を出た。背後にいる先生がどんな顔をしているかなんで考えもせずに。
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