ティボルトは分かりやすく機嫌が悪かった。街に出た途端、モンタギュー派閥の三下に絡まれたのが原因だ。普段ならば、適当にいたぶってそのストレスを解消するのだが、今日はたまたま邪魔が入った。
──あの神父め。
教会を的に回せば、次に出てくるよは太守だ。天下のキャピュレットと言えど、彼らの敵に回ることは得策では無い。ティボルトは足早にその場を立ち去ることしか出来なかった。
「わっ!」
ドスンと何かがぶつかる音、それに続いてバサりと落ちる音がした。苛立ちのまま歩いていたせいで、人にぶつかってしまったようだ。
倒れた人物は年若い女性のようだ。亜麻色にチョコレートを垂らしたような髪の色はこの街ではあまり見ない。そのはずなのに、どこか既視感を覚えながらもティボルトはその手を差し出した。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ」
女性にしては少し低い声が耳朶を打つ。助け起こしてわかったのだが、随分と身長が高いようだ。そして何より、硬い手のひらに残る剣だこ。
ティボルトは目の前の女性に不信感しか無かった。もしかしたら、モンタギューが呼び寄せたどこぞのスパイか傭兵か。
「あの……」
「あ、申し訳ない。女性をジロジロ見るだなんて」
「いえ、お気になさらず」
うっかり態度に出てしまった。今日は本当についていない。うつむきがちに荷物を拾う女性を手伝いながら、内心ため息をついた。
「わざわざありがとうございました」
「いえ、こちらの不注意でしたから」
「それでは失礼します」
このまま見送るべきだろうか。できることなら相手の素性だけでも知って起きたい。そんな打算から飛び出したのは自分でも予想もしない言葉だった。
「良ければ、少しお時間頂けませんか? あなたに一目惚れしたんです」