昼の娘と夜の王「君は誰だ? ここは塔の一番上だぞ。落ちたら死んでしまう」
「私は死なない。だって吸血鬼だから」
とても驚いた。目の前に吸血鬼がいる。闇夜を切り取った漆黒のマントに赤い宝石の瞳。家の男たちの誰よりも大きな体。何よりこんな高い塔の窓から中に入ろうとしている。
「何をしに来た。ここに居てはよくない。家の人間に見つかれば殺されてしまう」
僕は窓辺に駆け寄った。不思議と怖くはなかった。
僕の一族は、王家から聖剣『バンパイアキラー』を賜り、吸血鬼殲滅を家訓に掲げている。僕からすれば滑稽で酷く野蛮な、血生臭い生業だ。
「怪我をしているのか?」
吸血鬼は首を横に振った。
「違う。私を傷つけられるものはそんなに居ないよ。多分お腹が空いただけ」
「空腹なのか。うーん、でもここには湿気ったクッキーくらいしか……」
僕の部屋には何もない。ドレスなんて元から要らなくて侍女に頼んで売ってしまった。そのお金で買った本が僕の宝だ。僕は要らない娘。知らない男の家に嫁がされる時までここに閉じ込められている。貞淑で従順な女であることを望まれる世界はひどく色褪せていて、面白くない。
「良い匂いがする。そうか、君の血だ」
吸血鬼はクンクンと、犬のように鼻を寄せてきた。
「血を少しだけ飲ませて欲しい。丸眼鏡の可愛いお嬢さん」
「お嬢さんはやめてくれ」
僕は少しだけムッとして、胸を張った。
「僕の名前はウィルヘルミナ。ああ、ミナでいい」
吸血鬼を狩る一族の娘が、吸血鬼に血を望まれている。僕は嬉しかった。まるでこの瞬間、世界が開けたようで。
「ミナ。うん、可愛い名前だね」
「可愛いというのもやめてくれ。それより、君の名前を教えてほしい。僕の血をあげるから」
「私の名は——」
それが、吸血鬼の王と僕との、最初の出会いだった。