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    huzuwhite1

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    ラブレター ゆまおさ プリントが配られた。
     文豪と呼ばれる昔の小説家の恋文、いわゆるラブレターらしい。死んだ後もそういうのが残されて回し読みされるかと思うとなかなかむごい所業をする。
    「今日は、授業の前に文豪が書いた恋文を紹介したいと思います」
     一限目は国語の授業だった。教室に入ってきた先生が、開口一番にそう言い放つ。先生曰く、テストに直接関係ないが、とても素敵なのでみんなにも紹介したいと思って、と照れたように笑っていた。
     プリントを読めないなりに眺めていると、先生が「せっかくだからだれかに読んでもらおうかな」と言い出した。指名されたのはオサムだった。オサムは立ち上がり、凛とした声でその文章を読み上げた。
     その声を聞きながら、おれは初めて意味を理解する。
    「もらいたい理由はたった一つあるきりです。そうしてその理由は、ぼくは」
     同じだ、と思った。
     となりでプリントを読み上げるオサムを盗み見ながら漠然と共感する。好きだから一緒にいたい。その気持ちわかるぞ、あくたがわ。
    「ぼくのやっている商売はいまの日本で一番金にならない」
     おれは近界民だからオサムに迷惑をかけるかもしれない、それでも好きなものは好きなのだ。だからといって強制する気もない。もしおれがこれを伝えたら全部オサム次第で決まることだ。
     オサムに選んでほしいんだ。
    「これでやめます。皆様によろしく」
     そう締め括られる。最後までずっとオサムの視線はプリントだけが独り占めだった。オサムが一瞬でもおれのことを見ることはない。
     どうか一目でもおれの方を見て、その言葉を聞かせてくれたなら。
     なんて考えてすぐに思い直す。いや、どうにかなってしまうなそんなの。
    「はい、長かったけどありがとね、三雲くん。今ではもう廃れてしまっているけど、昔はこんなラブレターを書いたそうです。ほかの人のも残っているから、ぜひ調べてみてくれるとうれしいです」
     先生は優しく笑ってクラス全体にそう話しかけた。ではテストの範囲をやりましょうか、と教科書を開いて黒板につらつらと文字を書き始めた。
     ボーダーで支給された端末を思い出す。たしかにこういうのがあるのなら、手書きの文章なんていうのはもう使い道がなないのだろう。
     オサムはどっちがいいんだろう。手紙かメールか。
     本格的に授業が始まってしまって、読めない文字が黒板に増えていく。ひらがなはだいぶ読めるようになったけど、漢字が多いとなかなか難しい。
     プリントを眺めながら、オサムのことをちらっと横目に映す。
     あとで聞いてみるか。


    「オサムはラブレターとかもらったことないのか?」
    「ないな。そもそもラブレター自体もうめずらしいんじゃないか?」
     国語の授業が終わって、早速オサムに聞いてみる。オサムはラブレターをもらったことはないらしい。やっぱり端末があると文字に起こすのはそっちのほうが楽だしな。
    「空閑こそないのか?」
    「おれ? ないな。そもそも直接のほうが早いだろ」
    「それもそうか」
     おい、もうちょっと興味持ってくれてもいいんだけど。
     それ以上広がらない会話がもどかしい。オサムは告白されたことないのとか手紙もらったらうれしいかとか。聞きたいのはおればっかりか。
    「オサムは今日は支部か?」
    「ああ」
     だからって聞きたいことも聞けないまま、違う話題に転換する。直接言えたらどんなにいいか。
     

     訓練を終えて、夕飯を食べてそのあともいつも通りに一日が終わろうとする。屋上でいつも通りの復習をしようとして、思ったより月が明るくてやめてしまった。
     今日は屋上にはだれも来なかった。
     みんなが寝静まった頃に、部屋に戻る。勉強机のライトをつけて、今日もらったプリントを机の上に置いた。となりに筆箱を用意して、中からシャーペンを取り出して握る。
     プリントに線を引くと紙とペンが擦れてぎゅっと音がする。文字の右横に長い線を引く。もらいたい理由はたったひとつ、オサムのことが好きだから。
     この気持ちが伝わってしまったらどう思われるだろうか。おれは文豪じゃないから文章を書くのは得意じゃない。そもそもオサムと同じ体でもない。同じ男ではあるけれどそれも利点じゃない。近界民だし、トリオン体だし。迷惑になるだろうか。
     おれがオサムと一緒にいたい理由はたったひとつ。でもオサムがそれを断る理由はきっといっぱいある。 おれのひとつが、オサムのいっぱいを上回る日が来ればいいのに。
     線を引くのをやめて、鞄からノートを取り出す。あとほんの少し近づきたい。
     ノートを開いて一枚破る。折り目もつけずに破ったノートの端は汚く波打っていて到底渡せるようなもんじゃない。でもいい。渡すつもりなんかないんだ。
     プリントの横にがたがたのノートの紙切れを並べて、ペンを握る。
    「……なんだこの四角い文字」
     「貰」の文字が読めなくて、一行目から止まる。
     せっかくなら書こうと思った。線を引くだじゃ足りなくて、自分で書きたいなんて不相応だろうか。でもほんの二、三行だけ貸してくれないか、あくたがわ。
     これだけは覚えた書き慣れない「オサムへ」の文字をノートの一番上に書く。
     こんなのは後生になんて残らなくていいし、渡すつもりなんてないけどさ。
     それでも本当は。
    「……ま、時間はあるしゆっくり写すか」
     よくわからない四角い文字からとりあえず書き写すことに決めた。





    2021012

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