ある「元」光の戦士の6.02その7 フェオは階段の上からミーン工芸館を見下ろすのが好きだった。
クリスタリウムの発展を支えてきたミーン工芸館。時に困難に立ち向かうために頭をひねり、時に祝杯をあげてバカ騒ぎをした。
以前はその輪の中に水晶公もいた。
今はもう、彼はいない。
ただ彼が救いたいと願った人は、フェオの『かわいい若木』として今ここに生きている。
彼の決意が、意志が、希望が彼女の命となって燃え盛っているのだ。
彼が憧れた「英雄」とは違うかもしれないが、彼女はいま、工芸館の一員として新たなスタートを切ろうとしている。
彼なら、そんな彼女の背中でも押してくれただろう。
……結局寝坊して、出勤初日からカットリスに謝り倒す『元』英雄をどう思ったかはわからないが。
「生きるって大変だよね」
「いきなりどうしたのかしら」
「だってごはんを食べるためのお金を稼ごうと思ったらこんなド田舎に来させられてさあ」
すれ違ったヴィースににらまれる。
「ファノヴの里をド田舎呼ばわりなんて。私の若木は相変わらず怖いもの知らずなのだわ」
ぼやきながらフィーネの背中を追いかける。
「ほあ?」
当の若木の方はどこ吹く風である。
「にらまれていたわ」
「はへぇ」
基本的にこんな調子なのである。気が抜けていると言うか、自然体がすぎると言うか。
「闇の戦士だとは気づいていなかったみたいなのだわ」
「うんうん。よきかなよきかな」
人に賞賛されたいだとか、そう言った欲求は彼女にはないようだ。
と、フィーネが急に立ち止まり、フェオはその背中にぶつかり止まる。
「ちょっと、急に止まらないで」
「ごめんよ。でも依頼主、ここにいるから」
振り返るフィーネは一軒の家を指さしている。そして前を向き直すと、階段を登って扉を開け中に入っていく。
「どんなヒトなのかしら」
フェオは興味津々でフィーネの背中から顔を出してのぞきこむ。
「きみがフィーネかい」
ヴィースの男性が出迎える。
「帰ります」
フィーネが540度回って階段を駆け下りる。
「ま、待ってくれ!」
ヴィースの男性が追いかける。
「きみ……どこかで会わなかったかい?」
「さ、さあ……人違いだと思うけど」
「いや、人違いじゃない。こうして出会えたのもなにかの運命だきみが、フィーネ=リゾルートだったなんて」
男性が大げさに驚いて見せる。
「若木もモテるのね」
フェオがやきもち半分、面白半分の顔になったその瞬間、ヒュッと風を切る音ともにフィーネの頭があった位置を槍が通り抜ける。
「きみに受けた屈辱、忘れた日はないよ」
「わ、わたくしなんのことかわかりませんわよ」
とっさに屈んで回避したフィーネは視線が泳いでいる。
「なにをしたのかしら」
想定外の展開に、フェオはにんまり笑って空に舞い上がる。頭上から見物を決め込むつもりのようだ。
「我が『美しい枝』ァ助けてーーー」
「きみさえいなければ俺は手に入れていたんだ彼女を」
面白くなってきた。
「しらんから わたしじゃないから しらんから」
フィーネ逃走の一句である。