ある「元」光の戦士の6.03その1「私はヒトではないわ」
風になびく髪を手で抑えながら、フェオは隣にいる『かわいい若木』に向けて告げる。
「そうだね。でもほら、生きる目的とか。そういうやつないの」
答える若木は、自分の長い髪が風に流されて顔に張り付き、視界を取り戻そうと四苦八苦している。
「順番が逆ではないかしら。生まれてきたら生きるものよ。目的がなくても生きていて良いのだわ。そうやってなんにでも理由をつけようとするの、ヒトの悪いクセよ」
「うーんでも、人生を浪費するのもどうかなとか思うんだよ」
若木……つまりフィーネは、目に突き刺さる髪の毛をなんとか手で払い除けるもすぐさま次の髪が飛んでくる。
「どうせ生きるなら楽しくすればよいのよ」
「そうはいっても、楽しめない時ってのもあるからさ」
フィーネは遂に頭を地面に向けて前屈の姿勢になり、重力に従って垂れ下がる髪の毛を両手で束ねる。
「ユニークな頭になっているわね」
フェオが見つめる先で、上体を起こしたフィーネは頭のてっぺんですべての髪の毛をまとめてちょんまげのようにしていた。
「風つっよい」
二人が立つアム・アレーンは普段から砂塵が舞っている土地ではあるが、今日は一段と風が強く砂嵐のようになっていた。
「口の中がじゃりじゃりする」
「がんばって若木。私もきゅうくつなのを我慢することにするわ」
フェオはフィーネの荷物のポシェットの中に潜り込んで全身すっぽりおさまり、砂から身を隠す。
「ちょっと、この中も砂まみれじゃない」
彼女のもぞもぞとした動きを感じながら、フィーネは前方に視線を戻す。
「行きますかあ……」
文句を言っていても仕方ない、とフィーネはバイクのアクセルをふかす。結ってポニーテールにした銀の髪が風に流されていく。
「カットリスからゴーグルもらってなかったら進めなかったよ」
既にゴーグルの表面には砂が張りつき、視界はかなり遮られている。それでも目に直に砂が入るよりマシというものだ。
「もっとマシな道はないのかしら」
「モルド・スークの方なら、壁がある分砂は少ないように感じるけど。でも、モルド・スークからトゥワインまで抜けられる尻尾の道っていう洞窟がずっと前から通行止めになっててさ。ここが通れれば直行できたんだけどね」
「アマロに飛んでもらうのは駄目なのかしら」
「アマロもやっぱり砂塵が目に入るから飛ばせられないんじゃなかったかな。バイク壊れないといいね」
「不吉なことを言わないでくれる?」
フィーネの心配も最もで、バイクの車体もまた、砂まみれである。
「おととい洗車したのにさ……なぜかバイクの整備、私の担当になってるんだよ」
「あなたが一番乗るからじゃないの?」
「そうだけど、私はできればクリスタリウムから出たくない。なんなら家から出たくない。つまりバイクに乗って移動する仕事は本意ではない」
「じゃあ、あなたなぜ冒険者になったの?」
フェオがポシェットの中からつっついてくる。彼女の言う通りひきこもりたいなら、ほとんど移動しっぱなしな職業を選ぶのは間違っている。
「旅は好き。家も好き。自分の意思に反して外に出ないといけないのはめんどうくさい」
「妖精王が城の中にいるのが退屈なのと同じかしら……?」
「そう、同じだよ」
フィーネがバイクの速度を落とす。バイクは今、線路の上を走っている。速度を落とさないと枕木でタイヤが跳ねてしまいそうだ。
「だいたいさあ、道中に魔物が出るから私が行けって話らしいけどさ。魔物が出るような危険な旅を職人にさせたらいけないんだよ」
「若木なら魔物なんてなんでもないでしょう」
「そうだけど、普通の職人ができない仕事を引き受けたらいけないと思うんだよね」
「お給料ははずんでもらっているでしょう?」
「そうだけど、護衛ってもっと報酬高いことが多いんだけど。足元見られてますよカットリス」
ミーン工芸館の名前を使ったほうが効率的に仕事が入ってくる。逆に護衛は、いつどこに依頼者が現れるかわからず仕事が不定期で安定しない。安定しないから護衛の仕事は高報酬なものだ。今回は継続して発注を受けられる約束らしく、安定した仕事だから安価で受注した。という事情はうっすら推測できているものの、フィーネは口をとがらせつづける。
「やっぱり冒険者稼業に戻ったほうが性に合ってるのかなー」
文句を言っているうちにトゥワインにたどり着く。
「お、キー・サットだ。ホルスルしらない?」
キー・サットはトゥワインの、ミステル族の採掘師だ。以前、彼が採掘する際の護衛を引き受けたことがある。闇の戦士として戦っていた時期の話だ。
「ひさしぶりじゃねえか。アンタ、何しにきたんだ?」
「仕事だよ。坑道のメンテナンスあれこれと、採掘の道具の修理とか、いろいろ。あ、ミーン工芸館のフィーネですこんにちは」
改まりつつ雑な自己紹介をするフィーネに、キー・サットの目は驚き丸くなる。
「え、ミーン工芸館からくる職人ってもしかしてあんたか?なんで職人なんかやってるんだ?」
「元からなんでも屋みたいなもんなんで……おつかいのプロとも呼ばれるし」
バイクを建物の側に寄せて、鍵を抜き取りカバーをかける。さらに紐を巻いて吹き飛ばされないようにする。普段ならここまでやらないが、この風と砂だと、帰りにバイクに砂が詰まりそうで怖い。
「そうなのか……?それでホルスルを探しているのか。待ってろ、呼んでくる」
ホルスルはロンゾ族の鉱山労働者の親方だ。彼こそが、今回の仕事の依頼主である。
「若木!」
突然ポシェットからフェオが頭を出した。
「わ、びっくりした」
フィーネが体をややのけぞらせる。
「うわあ、まだ砂がいっぱいね……。私だけ帰っても良いかしら?」
頭だけで周りを見回すフェオは、口に入った砂を吐き出しながら苦言を呈す。
「えー、一緒に行こうよ。ほら、おやつあるし」
カバンからフィーネが取り出した包みは、砂まみれになっていた。期待せずに包みの中のククルラスクを確認してみるが、ダメそうである。
「ちょっとじゃりじゃりするけど」
試しにフェオに差し出してみると、無言で片眉をつり上げられた。フィーネもまた、無言で手を引っこめる。
「早く終わらせて帰ろうね」
砂まみれになってしまったおやつをかなしい顔でカバンに戻しながら、フィーネは短期決戦を決意する。
「よう、待たせたな」
背後から汗と砂にまみれた姿のホルスルが現れた。
「おひさしぶり。ミーン工芸館の……」
「『職人の』フィーネだな。早速坑道の魔物退治、頼むぞ」
フィーネとフェオが顔を見合わせる。
「職人なんで、魔物退治専門じゃないです」
フィーネが依頼書を引っ張り出して差し出す。
「ほら、ここに書いてあるだろ。『坑道のメンテナンスあれこれ』ってよ」
ホルスルが一文を指でなぞり、フィーネは依頼書を再度確認する。
「メンテナンスって、灯りに油を差すとか道の補修とか道具の修理とかって聞いてるけど」
依頼書から視線をホルスルに戻しながら、フィーネが確認する。
「いや、それが依頼だ。でも道中魔物が出るだろ?だからいろいろやってもらうことになりそうだ。仕方ないよな」
フィーネは腕を組み、ホルスルをまっすぐに見る。
「さては最初から魔物退治もさせる気だったな……。それ、ミーン工芸館に伝わってる?」
「おう」
「誰に言ったの」
「カットリスってねーちゃん」
「なるほどね」
フィーネは少し離れると角に手をあて、パールリンクを操作する。ふぉんふぉんふぉん……。
「……聞こえる?私よ、フィーネ。突然ごめんなさい……緊急事態よ」
ミーン工芸館においてあるパールリンクのどれかしらにつながっているはずで、職人の一人が対応する。
フィーネは、「でも」「おかしいじゃん」「えー」「やだ」「カットリスを出せ」「待ちなさいよ」「カットリスを出せ」「逃げるなカットリス」「おいこらカットリス」「カットリス!出なさい!」などと言っていた。
三十分ほどして道具の手入れをしていたホルスルの前にフィーネが現れる。
「疲れた顔してんな」
「おたくのせいもあると思いますが?」
杖を持って魔法を使えるように準備しているところをみると観念したらしい。
「報酬は弾むよ。倒した魔物の数だけ上乗せだ。うちの若いの何人か、手伝い件、魔物退治の確認についていかせるからそいつに記録させてくれ」
ホルスルは淡々と伝える。
「自分の仕事を見直す良い機会かもしれない」
側を飛んでいるフェオを見上げて、フィーネが愚痴をもらす。ミーン工芸館と通信している間に、砂塵はややおさまったようだ。
「お仕事やめちゃうの?」
フェオがフィーネの髪の砂を払いながら尋ねる。
「私はミーン工芸館のこと、けっこう気に入ってるんだよ」
言いながらフィーネがぶるぶると頭をふって砂を払うと、長い髪が暴れてフェオにぶつかり、フェオはフィーネの頬の鱗をべしべしとひっぱたく。
「腕っぷしが強い職人を集めれば良いんじゃないかな。そうすれば私が出ないといけない機会が減るし」
「そんな人たち、いるのかしら」
「腕が立つ人は武器の手入れができる人、けっこう多いよ。それなら簡単な道具の整備とか修理も教えればできるようになると思うし、職人の腕っぷしを強くするより腕っぷしが強い人を集めて職人にすれば良いんじゃない?」
坑道への道を歩きながら、ホルスルのいっていた「若いの」と合流する。
「それにね、私もそろそろ原初世界に一回戻らないと」
「それ、ずっと言っているけれど、全然戻らないじゃない?」
「今度こそ、一回くらいは……まあ、二、三ヶ月以内、いや、半年……数年に一回くらいは帰ったほうが……いや手紙で良いかな……」
フィーネがどんどん面倒くさがり始めているのは明白である。
「ま、まあ、戻ってる間にも仕事を受けてくれる人を見つけるのは大事だからさ」
言いよどみながらフェオを見上げて、フィーネが立ち止まり、後ろをついてきていた「若いの」も足を止める。
「先を考えすぎて足が止まらないようにね。ほら、歩いて歩いて。後ろの人たちが困っているわ!」
「はいはい」
『美しい枝』に諭されて、『かわいい若木』は再び歩き出した。
~おまけ~
キー・サットとホルスル
トゥワインのサブクエスト「ミステル族の鉱夫」から始まる連続クエストを進めると登場する人物。「ミステル族の鉱夫」は風脈クエスト。