ある「元」光の戦士の6.03その8「お前ら、会うたびに喧嘩するのなんとかならねえのかい?」
フィーネの母の腕にできた傷の手当てをしながら、父親がため息をつく。
「ため息のつき方が若木にそっくりなのだわ……!」
フィーネに出された緑茶をすすっていたフェオが感激するその横で、フィーネもまたため息をつく。
「似てないよ」
「ほら、今、そっくりだったのだわ!」
フェオは喜び、フィーネと父の間を飛び回る。
「それにしてもお前、風の噂じゃあ聞いていたが腕が立つようになったんだなあ」
父親の感嘆をよそに娘は淡々と答える。
「母さんより腕っぷしが強い人のほうが少なかったよ?あ、でもアジムステップはもっと喧嘩っ早い人がいたなあ」
「いやあ、それでも母さんに喧嘩で勝てるようになったなんてなあ。父さんなんだか涙腺にきたよ」
「涙腺にくるところではないと思うんだけどなあ」
フィーネは自分の分のお茶を勝手に淹れていた。
「ちょっと、あんたに飲ませる玉露なんてないから。その辺の水でも飲んどき」
「うるせードケチ」
文句を言われて、フィーネは茶葉を多めに入れることにする。フェオはひねくれた性格は母親譲りなのね……!と内心で納得した。
「ところで紅玉海で侍っぽいやつらに絡まれたけどあれ何?」
父親に向かってフィーネが訊ねる。
「ん?なんだ、それ」
「父さん母さんの差し金って言ってたよ?」
フィーネと父、二人して母の顔を見る。
「あんくらいの人らに捕まるようならさっさと冒険者引退させんといかん思ってなあ」
母はにこにこしていたが、言葉の端々には棘がある。表情と腹の中は一致していないようだ。
「ねえ、若木若木」
フェオが小声でささやく。
「もう少し手加減してあげれば良かったんじゃないの?怪我させちゃってるじゃない」
フィーネも小声で返事をする。
「あれより加減するとたぶん、私の骨が何本か持っていかれてたと思うよ」
フェオが「え」と息を呑む。
「お母様はそんなに強いのかしら……!」
フィーネは小声で母がいかに暴れ馬であるかとフェオにあることないこと吹き込み、母は小声で嫌味を言っているしで父の視点だと家庭が地獄絵図。耐えきれずに、もしもの時は母の方に味方しようと覚悟を決めて口を開く。
「それで、今日はどうしたんだ?金でもせびりにきたのか?」
「んにゃ、せびりにきたのは米。米を出すんだ早く」
テーブルをぱんぱんとたたき催促するフィーネ。
「せびる気ではあるんだな。来るなら手紙のひとつも送れよなあ……」
父がぼやき、娘はまくしたてる。
「手紙書いたじゃんこの間。それから何ヶ月か前にも書いたしさ。返事しないのそっちでしょ?」
文句を言いつつ、フィーネは金平糖を勝手に食べ始める。
「なあにこれ」
フィーネはつまんだ金平糖をフェオの口にいれる。
「甘いよ。あとけっこう固いからきをつけて」
「手紙?そんなもん来てた?」
母は青筋を立てながら笑顔を崩さない。
「ほら、この間の。辛うじてフィーネの名前だけ読めたアレじゃないか」
今度はフィーネが不思議そうな顔を作る番だった。
「米送って~って書いたでしょう?羊皮紙の手紙」
「これがあんたのいう手紙か」
母がひらひらさせているのは、確かにフィーネがしたためた手紙である。
「こんなわけわからん記号書かれても全然読めへんで?」
ぽいと寄越された手紙をフィーネとフェオは二人で手紙を確認するも、おかしな点は見当たらない。
「何かおかしいところあるかなあ」
「何もないのだわ」
二人が不思議そうにしていると父親が口を挟んだ。
「それ、外国の言葉か?どこの言葉で書いてあるんだ?」
言われてフィーネが気づく。
「やべぇこれノルヴラント語で書いてる」
「あら、そういえばエオルゼアとは文字が違うんだったかしら?」
ノルヴラントの住人であるフェオはもとより、クリスタリウムに引きこもりすぎたフィーネもまた、ノルヴラントの文字を書くのが当たり前になりすぎていた。当然クガネの住人である父母にノルヴラントの文字は読めない。
「ほら、あんたが悪いんじゃないの」
「とりあえず米くれ」
悪びれるでもなくひたすら米を要求するフィーネに、母は側に置いてあった米俵をひょい、と担ぐ。
「お、くれるんだ。絶対難癖つけて寄越さないと思った」
「なあ、一応お前のものではないよな?」
父に諌められるも娘は思いっきりスルーした。
「俵三つほどほしい。船で運ぶから港まで持ってきてくれれば良いよ」
母はそのまま俵を持って出て、しばらくすると手ぶらで帰ってきた。
「私の米は?」
「働かざる者。食うべからず」
母はそう告げると家の奥に行ってしまった。残されたのは困った顔をしている父と、わかっていなさそうな顔をしている娘の二人だ。
「家の仕事、手伝っていけ。米はいくらかやるから……」
「お宅の差し金で絡んできた侍さんの対応料も入ってますが?」
「まあ、そういうな。母さんと喧嘩すると面倒なのは」
家の奥から妻がのぞいているのに気づき、夫は言葉を言い直す。
「ん、親子喧嘩をするのは良くないと思うからな。家庭は円満な方が良いと思わないか」
「思いません」
「ねえねえ若木」
「なにー?」
そこで父ははたと気づく。
「なあ、そこの、えーとフィーネのお友達?」
「私?何かご用かしら?」
「そう、えーと」
「私は若木の『美しい枝』よ!」
「え?」
初めて相対するピクシーに戸惑う父。
「妖精王様とお呼び」
フェオの頬をぷにぷにしながらフィーネが要求する。
「王様なのか?」
「そうよ」
「どこの……?」
「イル・メグ」
「はあ」
いまいち話が通じているか不安だが父はこのあたりで奔放な娘の友達だしな、と納得することにした。
「えーと妖精王様。甘いお菓子があるんだけど」
「ふむ……それで要求は何かしら?」
訂正、娘よりよほど話が通じるかもしれない。
「フィーネと一緒にうちの仕事を手伝ってほしいんだ。やってくれたらお菓子を渡すし、フィーネには米を持たせる」
「あ、おい、親父それはずるい」
フィーネの抗議を遮ってフェオが宣言する。
「仕方ないわね!若木、働きましょう」
「それ絶対私だけ働くやつだよね?」
思いのほか話がうまく進み、父は小さくガッツポーズをした。