Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    お箸で摘む程度

    @opw084

    キャプション頭に登場人物/CPを表記しています。
    恋愛解釈は一切していません。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💐
    POIPOI 25

    お箸で摘む程度

    ☆quiet follow

    兄弟

    1123の日短編
    図らずも二人で実家にいる兄弟の話

    ##ビームス兄弟

    在る静寂 静寂は音が無いのではなく、静寂という音が存在するのだと思う。無いものに得意も苦手もないけれど、在るからこそ、得意と苦手があるのだと思う。ディノは、静寂が苦手らしい。おチビちゃんも多分そうなんだろう。キースのことはよく分からない。俺は、昔は好きだったはずだった。でも今は――



    在る静寂



     よく沈むソファに腰を据えて、俺は窓の外を見た。落葉樹は赤や黄色に彩られ、朽ちた命が地面を染める。足を急かしてやってくる寒さがまだ雪を降らせるまでには届かない、この時期は最も美しい。雲ひとつない午後だった。
     室内のしずけさが俺に迫る。うるさいくらいの静寂だ。目線をちらりと向けると、ブラッドはテーブルでタブレットを注視している。

     閑静な郊外にある実家では、アカデミーやタワー、イエローウエストとは全く違った時が流れているように感じる。敷地面積に対して人が少なすぎるということもあるし、家そのものの頑丈な造りに加え、俺の楽器演奏のために施された防音設備もはたらいている。暖炉にぱちぱちと爆ぜる薪の音だけが鼓膜を打った。いま深く吐いた自分の息の音。鼓動の音が耳からも入ってくる。カチリ、これは、タブレットの電源を落とす音。

    「フェイス」

     静かな声だった。静寂を壊すことのない、俺の静寂の中に含まれたその声。俺は緩慢に首を巡らせた。ブラッドが椅子を引いて立ち上がる。

    「コーヒーを淹れるが、お前も飲むか」
    「……ちょうだい」

     必要最低限の言葉で返そうとして、耳で認識したそれは、小さな子供のような拙さだった。俺が自分の言に羞恥を覚えるのを余所に、ブラッドは吊り棚から薬缶を取り出した。水を注いで暖炉にかける。湯が沸くのを待つ間に、ソーサーとカップを軽く濯ぐ。ドリッパーと挽いた豆、台形のペーパーフィルター。俺はソファの背面から覗いているだけ。
     喫茶店のマスターさながらの手つきで鶴口から湯を注ぐブラッドを、永遠に眺めていられる、と思う。俺がまだ火を扱うことを許されない年頃、給仕のまねごとはブラッドに一任されていた。ココアやホットミルクが小鍋の中でふつふつと温まるのを、ブラッドは真剣な顔で世話し、二つのカップに注いだものだ。ブラッドの陶器製のマグカップと、俺のプラスチックのコップ。大きさの違うそれらに、ブラッドは自分の分が多くならないよう慎重だった。およそ同量注がれた甘くてあたたかい飲みものは、小さな俺のコップのほうが沢山入っているように見受けられて、俺はいつも喜んだ。こんなに美味しいものを作り上げて、俺に多くをくれるブラッドは、俺にとっては魔法使いのようだったのだ。

     そのときの気分が鮮やかに蘇ってくるのを感じる。サーバーに二杯分抽出されたコーヒーを、ブラッドは均等に注いでゆく。少量ずつ交互に注ぐのは、日本茶の作法だといつか聞いた。しかしブラッドは日本文化に傾倒する前から、こうして二つのカップに飲みものを均等に注いでいたということを、俺だけは知っている。

    「飲むならこちらへ来い」
    「ハイハイ」

     指図の声は俺を刺すそれと同じだ。この家でだらしなくソファに埋まったまま飲むことは許されない。仕方なくブランケットを剥いで、室内履きをつっかける。ブラッドの向かい側に座った。そこはいつだって俺の特等席だった。
     差し出されるコーヒーカップ。ブラッドと同じだ。浅煎りのブレンド、ソーサーには茶菓子が乗っている。口寂しいのを寒さに甘んじて耐えていたことを、果たして見抜かれていたのかもしれない。こちらが求めるものを、言わずとも与えられる。また、過去の錯覚が襲う。

    「……ありがと」

     ブラッドがカップに口を付けているタイミングを見計らって、素早く言った。言葉を返されないように。そして言葉を続けなくていいように、俺もすぐカップに口を付けた。芳醇な香りが広がる。静寂が落ちる。


     俺は静寂が好きだった。静寂の中に兄の姿があったからだ。
     いつだって静かなこの家で、ブラッドといる時間はことさらに静かだ。それはきっと、俺がレッスンから逃げてきて、音楽のない場所を求めたからだ。ブラッドは静寂が好きだ。だから、俺も静寂が好きだったのだ。

     静寂を嫌いになったはずだった。兄の姿を思いだすからだ。
     音楽の海に身体を投げて、享楽はいつも音の中だった。何も考えなくていいように。何も思いださなくて済むように。アカデミーの頃もタワーでの生活も、それは案外容易に叶う。ディノもおチビちゃんも、キースもきっと、そして俺も、静寂が嫌いだからだ。
     それなのに、今、二人きりのリビングルーム。ブラッドの部屋を、ベッドの中を、テントの空間を思いだす。こんなにも静かで、こんなにも、落ち着いている。


    「フェイス」
    「……何」
    「お前の楽器は、ここにあるのか」

     不意にブラッドが言葉を掛けた。その内容は思いがけないもので、俺は目を瞬く。暖炉の薪がぱちりと爆ぜる。

    「あるよ。置きっぱなしってことだけど」
    「……弾いてくれないか。お前がよければ、だが」

     続く言葉は一層思いがけず、俺は危うく噎せそうになった。
     楽器を弾くことは、別に構わない。帰省の度に指慣らしはしていた。
     けれど、ブラッドに求められれば、それは途端に意味を持つ。ブラッドを避けたい音の氾濫が、それすらもブラッドを彷彿させるものになりかねない。


    「……いいけど……」

     それなのに、俺の口からは、自然に肯定の言葉が滑り落ちた。俺が静寂に兄を見出したように、兄は音に俺を見出したのかもしれないと思ったからだ。
     最後の一口を含んで、俺は立ち上がる。床を滑る椅子の音は、静寂の中に飲まれていく。

     室内のしずけさが俺に迫る。ヴァイオリンの音色が俺の静寂にどう関与するのか、ブラッドの静寂にどう関与するのかを考えながら、俺は口の中の苦味をゆっくりと飲み込んだ。


    Fin.
    2021/11/23

    Tap to full screen .Repost is prohibited

    お箸で摘む程度

    MOURNING元同室 生徒会選挙の別Ver.
    .昼休みのカフェテリア、注文口まで続く長い列はのろのろとしてちっとも進まない。ヘッドフォンから流れる音楽が、ああこの曲は今朝も聴いた、プレイリストを一周してしまったらしい。アルバムを切り替えることすら面倒くさくて、今朝遅刻寸前でノートをリュックサックに詰めながら聴いていたブリティッシュロックをまた聴いた。朝の嫌な心地まで蘇ってくる。それは耳に流れるベタベタした英語のせいでもあり、目の前で爽やかに微笑む同室の男の顔のせいでもあった。
    普段はクラブの勧誘チラシなんかが乱雑に張り付けられているカフェテリアの壁には、今、生徒会選挙のポスターがところ狭しと並べられている。公約とキャッチフレーズ、でかでかと引き伸ばされた写真に名前。ちょうど今俺の右側の壁には、相部屋で俺の右側の机に座る、ウィルのポスターがこちらを向いている。青空と花の中で微笑んだ、今朝はこんな顔じゃなかった。すっかり支度を整えて、俺のブランケットを乱暴に剥ぎ取りながら、困ったような呆れたような、それでいてどこか安心したような顔をしていた。すぐ起きてくれて良かった、とか何とか言ってくるから、俺は腹が立つのと惨めなのとですぐにヘッドフォンをして、その時流れたのがこの曲だった。慌ただしい身支度の間にウィルは俺の教科書を勝手に引っ張り出して、それを鞄に詰め込んだら、俺たちは二人で寮を飛び出した。結果的には予鈴が鳴るくらいのタイミングで教室に着くことができて、俺は居たたまれない心地ですぐに端っこの席に逃げたんだけれど。
    1441

    お箸で摘む程度

    TRAININGオスカーとアッシュ ⚠️死ネタ

    レスキューと海賊のパロディ
    沈没する船と運命を共にすることを望んだ船長アッシュと、手を伸ばせば届くアッシュを救えなかったレスキュー隊のオスカーの話。
    海はあたたかいか 雲ひとつない晴天の中で風ばかりが強い。まるでお前の人間のようだ。
     日の照り返しと白波が刺繍された海面を臨んで、重りを付けた花を手向ける。白い花弁のその名を俺は知らない。お前は知っているだろうか。花束を受け取ることの日常茶飯事だったお前のことだ。聞くまでもなく知っているかもしれないし、知らなかったところで知らないまま、鷹揚に受け取る手段を持っている。生花に囲まれたお前の遺影は、青空と海をバックにどうにも馴染んでやるせない。掌に握り込んだ爪を立てる。このごく自然な景色にどうか、どうか違和感を持っていたい。

     ディノさんが髪を手で押さえながら歩いてきた。黒一色のスーツ姿はこの人に酷く不似合いだが、きっと俺の何倍もの回数この格好をしてきたのだろう。硬い表情はそれでも、この場に於ける感情の置き所を知っている。青い瞳に悲しみと気遣わし気を過不足なく湛えて見上げる、八重歯の光るエナメル質が目を引いた。つまりはディノさんが口を開いているのであるが、発されたであろう声は俺の鼓膜に届く前に、吹き荒れる風が奪ってしまった。暴風の中に無音めいた空間が俺を一人閉じ込めている。その中にディノさんを招き入れようとして、彼の口元に耳を近づけたけれど、頬に柔らかい花弁がそれを制して微笑んだ。後にしよう、口の動きだけでそう伝えたディノさんはそのまま献花台に向かって、手の中の白を今度はお前の頬に掲げた。風の音が俺を閉じ込める。ディノさんの瞳や口が発するものは、俺のもとへは決して届かず、俺は参列者の方に目を向けた。膨大な数の黒だった。知っている者、知らない者。俺を知る者、知らない者。
    4385

    お箸で摘む程度

    TRAININGグレイとジェット
    グレイとジェットが右腕を交換する話。川端康成「片腕」に着想を得ています。
    お誕生日おめでとう。
    交感する螺旋「片腕を一日貸してやる」とジェットは言った。そして右腕を肩からはずすと、それを左手に持って僕の膝においた。
    「ありがとう」と僕は膝を見た。ジェットの右腕のあたたかさが膝に伝わった。

     僕とジェットは向かい合って、それぞれの柔らかい椅子に座っていた。ジェットの片腕を両腕に抱える。あたたかいが、脈打って、緊張しているようにも感じられる。
     僕は自分の右腕をはずして、それを傍の小机においた。そこには紅茶がふたつと、ナイフと、ウイスキーの瓶があった。僕の腕は丸い天板の端をつかんで、ソーサーとソーサーの間にじっとした。

    「付け替えてもいい?」と僕は尋ねる。
    「勝手にしろ」とジェットは答える。

     ジェットの右腕を左手でつかんで、僕はそれを目の前に掲げた。肘よりもすこし上を握れば、肩の円みが光をたたえて淡く発光するようだ。その光をあてがうようにして、僕は僕の肩にジェットの腕をつけかえた。僕の肩には痙攣が伝わって、じわりとあたたかい交感がおきて、ジェットはほんのすこし眉間にしわを寄せる。右腕が不随意にふるえて空を掴んだ。
    3823

    recommended works