アナカプリ 丘の頂上に腰を下ろして、呑気な青空を見上げた。暖かくて気持ちのいい、昼寝にうってつけの午後。寝っ転がって目を閉じたいけれど、そうすれば駆け回る子どもたちの下敷きになってしまいそうだ。眠い目を擦ってあくびをする。甲高い声が耳に障った。
ヒーローは市民との交流も仕事だからと、とてもじゃないけど納得できそうもない理由で、州立エレメンタリーの児童たちのお守りをさせられている。こんなことでレポートを書かされる俺たちは可哀想だし、まだヒーローになってもいないアカデミー生と遊ばされる児童も可哀想だ。
だだっ広い公園は春の陽気に緑も元気よく、あちらこちらに鮮やかな花が見て取れた。花壇に並んだチューリップ、群生になったスイセン、木の下に集うクリスマスローズ。低学年の子供に合わせて中腰のまま走り回る同級生たちは滑稽だ。
「はい」
突然背後から声がして、驚いて振り返る。お下げ髪の少女が、シロツメクサの花束を俺に差し出していた。
「……くれるの?」
「うん」
「……ありがとう」
丘は一面クローバーが覆って、そろそろ白い花も蕾を開く季節になっている。匍匐茎のびよびよと伸び放題な花束を受け取ると、少女は何故か俺の隣に腰を下ろした。遊びに行かないのと尋ねても、何も答えない。だからといって遊んであげようという気にもならない。内心で途方に暮れる。
俺は膝に置いた花束の、特に茎が長く伸びている一輪を取った。別の一輪をすぐ下に添え、長い方の茎に一回転させて結びつける。その花の下にも同じように。少女の目がこちらを向いている。花束は、俺の手元で長い一本に撚られていった。
「はい、どうぞ」
最後の一本で先頭と末尾を結い合わせ、輪の形を作る。少し小さいけれど冠になったそれを、少女の頭の上に乗せた。ダークブラウンの髪によく似合っている。きょとんとした顔を微笑ましく見て、いつかの記憶が頭の中を横切った。
少女は花冠を手に取って眺めると、また頭の上に乗せ、そのまま走っていってしまった。子供の行動はよくわからない。けれど、自分の行動はいっそうよくわからなくて、俺は今度こそ目を閉じ、丘の上に寝転がった。
⁂
自分の記憶力にはさしたる自信もないけれど、ふとした瞬間に遠い昔の思い出が蘇ることはしばしばある。目の前で草花が編まれていくのを見ていたら、突然、アカデミー時代のそんな記憶がフラッシュバックした。
大勢の市民へのお返しに追われて、エリオスのスタッフにバレンタインのお礼をするのをすっかり忘却していた。そのことに気が付き、思い立ってウィルの実家に足を運んだ。
今手が離せないからちょっと待っててと、店を手伝っているらしいウィルの手元では、切り花にもできずブーケからもあぶれてしまった花たちが手際よく一本に纏められていく。確かにこれは、一度にやらなければ解けてしまうのだ。効率よく作業を進め、解けないよう綺麗にまとめる方法を、俺に教えてくれたのは。
「フェイスくんもやってみたら? ここにある花、使っていいよ」
「ええ、俺には無理だよ」
「何で? フェイスくん、花冠作るの得意だろ?」
ウィルは顔を上げてそう言った。……あれ、どうしてそのことを? 確かにアカデミー時代は同室だったけれど、あの日帰った後にでも、花冠の話をしたんだろうか。記憶がフラッシュバックすることはあれど、記憶力には自信がない。呑み込めない顔をする俺を余所に、ウィルはまた自分の手元に目を落としていた。花と花の間に葉を差し込んで、そのアクセントが綺麗だ。隙間があれば緑を入れるといいと、頭の中で声がする。
「ブラッドさんが、むかし弟とよく花冠を作ったって言ってたんだ」
アカデミー時代からさらに飛んで、幼少期の思い出も簡単に蘇る。春の陽気と草いきれの匂い、頭に花冠を乗せられる感覚と、こちらを微笑んで見る、兄の顔。
こんな立派な花じゃない。俺の記憶は瞼の裏に、丘の緑と白を映した。
アナカプリ Fin