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    お箸で摘む程度

    @opw084

    キャプション頭に登場人物/CPを表記しています。
    恋愛解釈は一切していません。

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    お箸で摘む程度

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    100

    ##平面上のシナプス

    平面上のシナプス100. defence mechanism


     DJの手を握って走る。とにかく、運営に気づかれない場所に逃げなければならない。
     見えない扉を無理やり飛び出して、俺たちは走った。廊下の全てが実在しているわけではないからか、立ち止まれば、景色は実装されている廊下の風景になってしまうらしい。トレーニングルームも、決して安全な場所ではないのだ。トレーニングチケットを利用したトレーニングそのものはゲームに実装されていないけれど、トレーニングルームの風景自体は頻繫に登場するみたいだから。

    「DJ、どこか、無い場所って知らない!?」
    「何それ、そんなの、思いつかないよ!」

     そうなのだ。俺たちはこの世界がゲームの中だと知って、描かれていない場所があることも知っているけれど、この世界の中に生きているのだから、その場所を見つけ出すのは至難の業だ。設定上には存在していて、しかし実際には描かれていない場所。
     俺はこれまでの記憶を総ざらいして、その場所を探した。情報屋という設定の俺が一人きりで訪れそうな場所なら、どこか。タワーの中で一人なら何をしただろう、つまらないから誰かをからかって面白がろうとして、例えばアッシュパイセンに――

    「そうだ、デザイン部! 衣装の保管室!」

     ふと、クリスマスの兵隊衣装や、DJに着せたアカデミーの制服のことを思い出した。どうやって行けばいいのかは分からない。けれど、見えない廊下を保管室に行くと思って駆け抜ければ、角を曲がった先に目的の場所は現れた。



    「はぁ、はぁ、……ヨシ、ここならきっと、誰にも見られない」
    「ッふぅ……まさか、二年も経ってアカデミーの制服を着せられたのが、役に立つとはね」

     中に入ると、そこは少し埃くさい感じがして、カバーの掛かった衣装が何列にも渡って並んでいる感じがして、部屋の奥には試着室とソファがある感じがした。二重写しか半透明に見えるその風景は、少し角度を変えると、もう0と1の集合体でしかない。

     俺たちは上がった息を整えようと努めながら、一人掛けのソファにそれぞれ腰掛けた。この身体もプログラムされたものでしかないはずなのに、必死で酸素を吸い二酸化炭素を吐くそぶりをするのは何故なのだろう。

    「で……話は戻るけど、それ、ビリーはそのゲームを持ってるっていうの?」
    「ウン。「エリオスライジングヒーローズ」っていう、ソーシャルゲームみたい」

     俺は、これまでに判明したさまざまなことを、掻い摘んでDJに説明した。今しがた経験してきた設定と実在の相違、クエスト機能に伴うヒーロースーツや連携の仕組み、画面の向こうの司令という存在、それから、俺たちとこの世界を生み出した運営の存在について。

    「運営はこの世界と俺たちを作った存在だから、いくらでもオイラたちのことを操作できる。司令――ユーザーの希望に応じたり、不具合があれば修正したりネ」

     俺は再びアプリを開いて、先程届いたばかりの〝お知らせ〟を見せた。

    「さっき、DJの部屋なのに、俺っちが司令に返事をしちゃったデショ?それってゲーム的には明らかにバグだから、運営は対応、つまり、オイラたちに手を入れようとしてる。今はまだ単なる不具合だと思われてるかもしれないケド、オイラたちがこの世界をゲームだと認識してるって気付かれれば、多分その認識ごと修正されちゃう」

     DJは組んだ膝に肘をついて、指先で顎を触るようにした。目線はゲーム画面に落とされている。彼は今、何を考えているんだろう。


    「でもネ。多分、バレるバレない関係なく、俺たちはもうじきリセットされちゃうみたい」
    「え……」
    「次の一月に、大型アップデートがあるんだって。『ヒーロー』の育成に新しい要素が加わるらしくて、街の雰囲気も変わってた。結構、全体的にプログラムが作り替えられるんじゃないカナ」
    「ふぅん……って、ビリーはアップデート後のことまでもう知ってるわけ?」
    「フフン、知りたい?ネェDJ、知りたい?」
    「あ~ハイハイ、もういいよ。どうせそのうち分かることなんでしょ」

     最後にはいつもの調子になったけれど、珍しく長いこと俺の話を聴いていたDJは、前傾姿勢を解いて背凭れに身体を沈めた。沈黙が落ちる。

    「作り物、ね……」

     不意に零れ落ちた言葉は、DJ自身の感情の吐露であるらしかった。

    「そうやって知って、どう思う?」
    「……まあ正直、知らないままでいたかったって、思わなくはないけど」

     DJはそう言って、俺を軽く睨みつけるようにする。けれどそれは例えば俺が無遠慮にブラッドパイセンのことを話題に出したときよりかはずっと恨みがましさの薄いもので、実際、DJはすぐにそれをやめてまた天を仰いだ。

    「でも、どうせそのアップデートが来れば、このことは忘れちゃうんでしょ?それならまあ、数日間は千里眼でも持ったくらいの気持ちでいるのも、悪くはないかも」

     DJの状況観察はずいぶんさっぱりとしたものだった。つらつらと身の振り方を考えていた俺の方がむしろ、追い付かなくなってしまう。

    「……DJ、忘れてもいいって思ってるの?」
    「この世がゲームの中だってこと?別に、全然いいけど」
    「エェ、こんなに重大な情報なのに!?もったいナイ!それにDJは自分の脳みそを勝手にいじくられてもいいの!?」
    「何、それならビリーはどうしたいわけ?アップデートを止めたいとか?この世界から逃げ出したいとか?」
    「そ、それは……」

     そう、それが分からないんだ。近いうちに自分も世界も作り替えられてしまうと知って、こんなにもやきもきしているというのに、何をどうしたいのかと言われると分からない。焦燥感だけが馬鹿みたいに募っている。


     するとDJは、また同じだけさっぱりとした言葉で、いとも簡単にその回答を提示した。

    「俺はてっきり、面白いネタを仕入れたからそれで遊ぼうって、俺を巻き込んだんだと思ったんだけど。――昔みたいにね」


     遊ぼうって、世界の認識がひっくり返る重大な情報を使って、遊ぼうって?そんなワケないデショ、いくらオイラとDJの仲だって――
     そう言おうとしたのに、DJの答えは、すとんと俺の胸に落ちてきた。冷や汗を促すようだった胸の鼓動は、うるさく鳴ったままだけれど、冒険に出る前のようなわくわくする高鳴りに変化したかのように色合いを変える。同時に横たわる諦念のようなものが、少し気持ちを落ち着かせてくれるのも、確かに似ていた。アカデミー時代、DJを巻き込んで悪戯や悪事をはたらいてきた経験の数々に。どうせ何にもならない情報を使ってめいっぱい遊ぶというのは、俺とDJの間では通例のようなものだった。


     俺は、偶然手に入れてしまった大きすぎる秘密に、ずいぶんと動揺していたらしい。世界の見方が変わって、もしかしたら俺が世界を動かせるかもしれないとか、世界から俺は逃げ出せるかもしれないとか、そんな突拍子もないことをしようとして、分別を見失っていたらしい。こんなんじゃ、情報屋失格だ。世界の構造を知って、画面の向こうから逃れようと必死になっている時点で、分かり切っているはずだった。俺たちはどうあがいても、運営の存在には勝てっこないのだと。今現在のシステムはともかく、大型アップデートという津波のような世界のうねりには、抗うすべなどどこにもないのだと。


    『エマージェンシー、エマージェンシー!セントラル大通りにイクリプスが出現しマシタ。フェイス、出動してくだサイ』

     無いはずの空間に、突然ジャックが現れる。DJはすぐに立ち上がって、それがプログラムの呼応によるものだと気付いたように一瞬立ち止まり、俺を振り返った。

    「ここで行かなかったら、また運営に勘づかれるってこと、だよね」
    「イエス!DJ、行ってらっしゃい。バトルのシステム、ゲームだって分かると面白いと思うヨ。ア、ついでに、また無い場所がないか、探してきて!」
    「……りょーかい」

     DJはにやっとして、インカムを装着する。駆け出す後ろ姿が黒い制服から純白のタキシードに変わっていくのを俺はプリズムの中から見届けた。


     運営に見つからないようにして、世界の秘密をちょっとだけ暴いてみる。目的はどうあれ、することは一緒だ。どうせすぐに平面に戻ってしまう世界を、今だけは、立体的に見ることができる。それなら、別の角度から見てみたい、ただそれだけだ。これも情報屋の性ってヤツ、かもしれない。
     それから何だかんだいって協力してくれるDJは、アカデミー時代から変わらないままで、先生の目を盗んで裏道から脱出するときのような、ある種の絆のようなものが俺との間に確かにある。これが、俺とDJの関係だ。秘密を打ち明ける相手にDJを選んだのは、選んだその時の思惑以上に、やっぱり必然だったんだろう。それはプログラムによるものだと思うと、またやるせない思いに襲われるのは避けられないけれど。




    *
    クラブに行くと、楽しいけれど、そこにいる人や音楽についての詳細は、一切思い出せない。
    *
    俺はアルバイトや情報屋の仕事を、具体的にはほぼしていない。(バーテンダーはできる。ストーリーに描写されていたから)

     どうやら、ヒーロー業以外のことは基本的にあまり描写されておらず、それらの実際のところを自覚することは出来ないようだった。俺もDJも、さすがにショックを受けた。



    *
    俺たちは基本、文字で喋っている。日本語。ゲームのストーリーだと声で喋ることもあり。「マンナイ」は声だけ。
    *
    身体の動きは、あまり画面の向こうには伝わっていないらしい。距離感もあまり無い。表情はまあまあ伝わる。

     リソースや技術の限界からか、俺たちの挙動はかなり簡略化されているようだ。声については、他のキャラクターにも一人ひとり声を当てている人がいて、けれど実際に全文を喋ることは稀である。会話が文字で行われていると分かると、俺の語尾のマークの他に、そういえば人称代名詞がひらがなだとかカタカナだとか、声量を文字の大きさで表現しているらしいとかが分かって、面白い。



    *
    DJは車を運転したことがないというので、運転してみたら出来た。俺は運転していない描写があるからか、出来ない。

     これは、新たな面白い発見。設定すらされていない行動は、実行してみるとどうやら出来てしまうらしい。



    *
    架空の場所を勝手に作ることは不可能。知っている場所に飛ばされる。

     結局のところ、やはりここがネックだった。設定の無い行動は、設定の意識がある俺たちが主体だからか可能なのだが、設定の無い場所というのは、勝手に具現化することは出来ないようだ。
     運営に認識される場所の上では、何をするにも不安が付き纏う。特に、会話が文字ではっきり見えてしまうことで、メタ的なことを口に出すのはDJと二人きりの場でも憚られた。エリオスチャンネルも、最近はいつもアプリからアクセスできるようになっている。俺たちは錯覚を見つけると、アイコンタクトや身振り手振り、遠回しな諧謔なんかで報告し合ったけれど、数度はバグ認識をされて、〝お知らせ〟に不具合情報が出た。そろそろ、訝しまれてもおかしくはない。




    「ん……あれ」
    「DJ?エ、今ど、どこカラ!?」

     タイムリミットの差し迫るある日、俺とDJは談話室にいた、――と思ったけれどそれは錯視で、実際には俺が一人で談話室にいたところに、突然DJが現れたのだった。

    「俺、さっきまで戦闘に出てて……そうだ、何か見慣れないメンバーだなって思ってたんだけど、気付いたら負けてたみたい。司令が編せ――指示を間違えたのかも」

     DJが、ここに辿り着くまでの記憶を必死に思い出すようにしながら、ゆっくりと話す。何かひらめきそうな予感に、俺は逸る心を抑えて「エリオスライジングヒーローズ」を開く。

    「DJ、何の衣装だった?」
    「俺はチャイナ服。他は、ヴィクターが猫耳の衣装で、ウィルはイースターかな。あと、ダイナーの恰好のおチビちゃん……」
    「……間違いない。編成ミスだネ」

     俺は言葉を伏せることも忘れて呟いた。DJは不利属性にもかかわらずチーム編成に入れられてしまって、結果、HPをゼロまで削られて戦闘不能になったと見て間違いないだろう。そして突然、今に至る。この現象には覚えがあった。


    「そうだ、途中でHPが無くなると、勝手に退場させられて、気付いたらタワーに戻ってるんだ。そうだ、その間に……!」
    「負けた時の、俺たちの転送ルート……?」


     もう、なりふり構ってはいられない。そこしかないと、強く思った。



    (続)

     
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    お箸で摘む程度

    TRAINING研究部
    感覚からヴィクターを想起してみるノヴァのお話。
    move movement poetry 自動じゃないドアを開ける力すら、もうおれには残っていないかもなぁ、なんて思ったけれど、身体ごと押すドアの冷たさが白衣を伝わってくるころ、ガコン、と鉄製の板は動いた。密閉式のそれも空気が通り抜けてしまいさえすれば、空間をつなげて、屋上は午後の陽のなかに明るい。ちょっと気後れするような風景の中に、おれは入ってゆく。出てゆく、の方が正しいのかもしれない。太陽を一体、いつぶりに見ただろう。外の空気を、風を、いつぶりに感じただろう。
     屋上は地平よりもはるか高く、どんなに鋭い音も秒速三四〇メートルを駆ける間に広がり散っていってしまう。地上の喧噪がうそみたいに、のどかだった。夏の盛りをすぎて、きっとそのときよりも生きやすくなっただろう花が、やさしい風に揺れている。いろんな色だなぁ。そんな感想しか持てない自分に苦笑いが漏れた。まあ、分かるよ、維管束で根から吸い上げた水を葉に運んでは光合成をおこなう様子だとか、クロロフィルやカロテノイド、ベタレインが可視光を反射する様子だとか、そういうのをレントゲン写真みたく目の前の現実に重ね合わせて。でも、そういうことじゃなくて、こんなにも忙しいときに、おれがこんなところに来たのは、今はいないいつかのヴィクの姿を、不意に思い出したからだった。
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