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    お箸で摘む程度

    @opw084

    キャプション頭に登場人物/CPを表記しています。
    恋愛解釈は一切していません。

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    お箸で摘む程度

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    オスカーとアッシュ ⚠️死ネタ

    レスキューと海賊のパロディ
    沈没する船と運命を共にすることを望んだ船長アッシュと、手を伸ばせば届くアッシュを救えなかったレスキュー隊のオスカーの話。

    海はあたたかいか 雲ひとつない晴天の中で風ばかりが強い。まるでお前の人間のようだ。
     日の照り返しと白波が刺繍された海面を臨んで、重りを付けた花を手向ける。白い花弁のその名を俺は知らない。お前は知っているだろうか。花束を受け取ることの日常茶飯事だったお前のことだ。聞くまでもなく知っているかもしれないし、知らなかったところで知らないまま、鷹揚に受け取る手段を持っている。生花に囲まれたお前の遺影は、青空と海をバックにどうにも馴染んでやるせない。掌に握り込んだ爪を立てる。このごく自然な景色にどうか、どうか違和感を持っていたい。

     ディノさんが髪を手で押さえながら歩いてきた。黒一色のスーツ姿はこの人に酷く不似合いだが、きっと俺の何倍もの回数この格好をしてきたのだろう。硬い表情はそれでも、この場に於ける感情の置き所を知っている。青い瞳に悲しみと気遣わし気を過不足なく湛えて見上げる、八重歯の光るエナメル質が目を引いた。つまりはディノさんが口を開いているのであるが、発されたであろう声は俺の鼓膜に届く前に、吹き荒れる風が奪ってしまった。暴風の中に無音めいた空間が俺を一人閉じ込めている。その中にディノさんを招き入れようとして、彼の口元に耳を近づけたけれど、頬に柔らかい花弁がそれを制して微笑んだ。後にしよう、口の動きだけでそう伝えたディノさんはそのまま献花台に向かって、手の中の白を今度はお前の頬に掲げた。風の音が俺を閉じ込める。ディノさんの瞳や口が発するものは、俺のもとへは決して届かず、俺は参列者の方に目を向けた。膨大な数の黒だった。知っている者、知らない者。俺を知る者、知らない者。

     尖った岬に設置されたごく狭い葬儀場の、先端を挟んで反対の岸に、ジェイさんとビリー、グレイが見えた。声が当然聴こえなくても、風の音は耳当てになり、表情はどこまでも雄弁だった。俺はそこから目を背けた。


     海原を望んで白い灯台。今夜も正しく機能するのだろう。迷える船は光を求め、あてもなく黒いうねりを漂っていく。





    「さあ早く! 掴まれ!」

     飛沫は強烈に船体を打つ。操舵室は左半身を潮に沈めて、固定された椅子は垂直に程遠い。その革張りからしぶとく腰を上げないお前は、俺が喉を枯らすのを気にも留めずに、必死の形相で操作盤へ向かっていた。

    「もう沈んでしまう、とてもじゃないがこの船は駄目だ。そこまでにしろ」
    「うるせぇ! お前ごときの戯言で諦めてたまるかってんだよ!」

     視界の端で黄色いボートが牽引されていった。次の増援はいつだろうか。残りの乗客はどれくらいだろう。ほとんどが運び出されたと見えるものの、観光船の複雑な造りは救出に大変な難航を要している。確かに、船長のお前が集中管理システムを監督しようとすれば、力任せの救出よりかは理性が伴ってくるだろう。しかし、今はもう一人でも多くの命を救うことだけが第一である。船の存亡は最早問題ではない。それでも今なお船体を持ち直そうとするお前を、俺は羽交い絞めにしてでも連れ出さなければならなかった。

    「アッシュ、いい加減に! 早くしなければ助かるものも助からない!」
    「そりゃ俺様の台詞だ! 客は全員救出したのか!?」
    「今尽力しているところだが、今はお前を――」
    「馬鹿野郎! 船長が客や船員より先に逃げるわけにはいかねぇんだよ!」

     喫煙室の硝子は空いたのか、VIPルームに人が残っていないか。あの客室は奥まっている、このサロンは扉が重い。的を貫く指示が無線に飛んだ。制御盤が水に浸る。ボートに掛けた左足が痺れる。唇が紫色に凍えていても、しかしお前の瞳に迷いは一かけらも見当たらない。迷うものを導く強い光だ。灯台の光だ。

    「アッシュ……」

     俺の声に、お前は最早反応もしない。お前の胸元まで潮はせまっている。腿までの水位の俺の足ですらもう冷たさに震えて、路頭に迷うのは俺だった。
     不意に、つんざくような悲鳴と歓声が、船体の後方から轟いた。

    「オスカーさん! こっちの部屋にまだ人が!」

     振り返ると、沈みゆくデッキをよじ登るようにして、次々に人が運び出されている。揃いのレスキュー服を着たウィルやマリオンに加えて、船員のジェイたちもまた救援に出ていた。今度こそ俺はお前の肩を掴む。

    「行くぞ、アッシュ!」
    「行かねぇ! まだ全ての部屋が開いていない!」

     見れば、お前の左手は無謀にも水圧に抗いながら、鍵を使って後方の一室を開放したのだった。まだ、手探りで金庫を探っている。

    「おい、テメェ。――最初で最後の頼み事だ」

     はっとして見れば、お前はこの時やっと、初めて、俺の方を見ていた。

    「俺様一人にグズグズしてんじゃねぇよ。老いぼれも居んだろ、テメェ一人加わりゃ、何十人でも何百人でも助かるだろうが。絶対に、この船の乗客全員を救助しやがれ」
    「アッシュ、」
    「早く行け! 俺は最後まで諦めねぇ、テメェも諦めてんじゃねぇぞ!」
    「オスカーさん! 助けてください!」

     痺れる脚で身体をボートへ引き上げる。俺は浮力を得て、お前は沈んでゆく。酷い顔色で苦しむお前に、今なら手が届くのに。羽交い絞めにしてしまえば、この舟に引き上げられるのに。
     それでもお前の瞳の光は、明るく、正しく、迷える俺を導く。

    「……オスカー、約束しろよ。お前が救えなかった人間は、生涯でただ一人だけだ」



     静かな夜だった。高層ビルの最上階でも、灯台の光はよく見える。
     俺が死んだ暁には、辛気臭ぇ葬式なんかしねぇで、贅の限りを尽くしたパーティーをしろ――これはお前の部屋に遺されていたメモ書きだ。船長への辞令を飾る、壁掛けの額縁の裏から見つかった。
     海に向かって花を手向けた後は、遺言通りの目も眩むようなパーティーが待ち構えていた。俺はほとんど放心してしまっていて、どんな会だったか少しも思い出せないが、多くの人がお前の存在を強く感じていただろう。涙と笑いに包まれた、不思議な空間だったと思い返す。
     会からそのままにホテルの最上階へと通され、俺は広すぎるスウィートルームに一人きり、全面窓からぼんやりと夜の海を見下ろしていた。真っ暗で何も見えない。呑み込まれそうな闇に一筋、白い光が道を描いている。

     アッシュ。





     気が付いたら、俺は海岸に立っていた。朝焼けとも夕焼けともつかない、無彩色に淡い青と桃色を染めたような空が、水面に純白の波で鏡写しに縫い止められている。

    「オイ、オスカー」

     後ろから声がして、振り返ると、そこにはTシャツ姿のお前がいた。訓練生時代に見飽きるほど見た出で立ちだ。見下ろせば、自分も着慣れたウェアに身を包んでいる。

    「スパーリングだ、付き合え」
    「ああ」

     俺はごく自然に頷いて、その瞬間から打ち合いは始まった。お前の素早いジャブを左右に躱して、間髪入れずに反撃する。低めから繰り出された拳に一歩下がると、砂が足首を捕らえて俺はよろめいた。お前はそれを見逃さず、的確な一撃を入れてくる。どうにか急所を外してカウンター。お前もまたたたらを踏んで、爪先がばしゃりと海水を跳ねた。水は重怠く足首にまとわりつく。拳は未だ交わりつづける。

    「よし、もう一回だ」
    「ああ」

     打ち合いは続く。今度は足まで出る。外側から回すようなそれをいなし、反動で腕を繰り出した。読んでいたかのようにお前はそれを避け、お前の拳を俺は受け止める。呼吸が合ってくる。次の手が見える。それはお互い様だ。俺はお前のことが分かる。お前もまた、俺のことが分かっている。

    「まだやれるよな?」
    「ああ」

     お前の手足が俺に伸びる。お前の呼吸が俺にかかる。お前の五感が俺を感じている。

     そうして、お前との組み手は飽くことなく続いた。気付けば俺たちは汗と荒い息のまま、砂浜に並んで倒れていた。仰向けに寝そべった視界は淡く複雑な色に滲んでいる。耳には静かな波の音と、せわしない呼吸の音が響いている。生きている。そう思った。

    「オスカー」
    「何だ」

     今の俺は、お前が次に何を言うか、手に取るように分かる。まだ終わりじゃねぇよな。次、行くぞ。そう言うことが分かっていて、俺はいつもならげんなりする。どうせこんな状態では、適切な練習にはならないし、体力を浪費して回復を遅らせることにしかならない。いつもならそんなことを言って、肩をいからせるお前を素通りしていくだけだ。
     けれど今は、今の俺は、まだお前とスパーリングがしたかった。まだお前と、呼吸を荒げていたかった。まだ、お前と、生きていたかった。

    「アッシュ?」

     続く言葉の無いお前の方を見遣ると、お前は身体をしとどに濡らして、ただこちらを見ていた。ざぁ、ざざぁ、と波が打ち寄せると、それは海に近いアッシュに被って、そしてまた引いていった。波はお前の胸元まで濡らし、俺の右の腿の辺りまで浸る。そのうち波はどんどん迫ってきて、ついにはお前をすべて吞み込んでしまうほどになった。俺の身体もまた、海に取り込まれそうになる。

     お前が海にさらわれてゆく。俺は動くことすらできない。
     迷子のような心地の俺を、しかしお前は強い瞳で、正しく導く。

    「……オスカー、約束しろよ」

     強い光は灯台のように、太陽のように、まばゆく輝く。
     不思議なほど、冷たさは感じられなくなっていた。





     瞼を開けば、眼前には白い天井が映っていた。全身があたたかさに包まれている。
     そっと首を持ち上げてみる。俺はベッドに仰向けになり、布団も被っていなかったが、カーテンを開けたままの全面窓から、淡い陽光が俺を包み込んでいた。

     まだ早朝と呼べる時刻。窓の外はぼんやりと霞んでいる。無彩色に淡い青と桃色を染めたような空が、水面に純白の波で鏡写しに縫い止められている。灯台はもう、光を落として沈黙していた。


     アッシュ。
     海はあたたかいか。

     小さな点のように見える舟が、ゆっくりと海面をすべっていくのが見える。あれは鯨を載せた舟だ。
     少し前、海流を見失ったらしい一頭の鯨が、迷えるまま河口に入り込み、そのまま死んでしまう事故があった。鯨は各局の調査を受けた上で、重りを付けて海底に沈められると聞いていた。それがあの舟、あの鯨だ。

     鯨は沈んで、それから泳いでいくだろうか。お前のもとにまで辿り着くだろうか。
     あの鯨がいれば、お前は心強いだろう。お前がいれば、鯨も淋しくないだろう。


     静かだった。あたたかかった。俺は窓際に立ち尽くしたまま、いつまでもその舟を見つめていた。


     ああ、アッシュ。
     海はあたたかいか。



    fin.
     
     
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    お箸で摘む程度

    MOURNING元同室 生徒会選挙の別Ver.
    .昼休みのカフェテリア、注文口まで続く長い列はのろのろとしてちっとも進まない。ヘッドフォンから流れる音楽が、ああこの曲は今朝も聴いた、プレイリストを一周してしまったらしい。アルバムを切り替えることすら面倒くさくて、今朝遅刻寸前でノートをリュックサックに詰めながら聴いていたブリティッシュロックをまた聴いた。朝の嫌な心地まで蘇ってくる。それは耳に流れるベタベタした英語のせいでもあり、目の前で爽やかに微笑む同室の男の顔のせいでもあった。
    普段はクラブの勧誘チラシなんかが乱雑に張り付けられているカフェテリアの壁には、今、生徒会選挙のポスターがところ狭しと並べられている。公約とキャッチフレーズ、でかでかと引き伸ばされた写真に名前。ちょうど今俺の右側の壁には、相部屋で俺の右側の机に座る、ウィルのポスターがこちらを向いている。青空と花の中で微笑んだ、今朝はこんな顔じゃなかった。すっかり支度を整えて、俺のブランケットを乱暴に剥ぎ取りながら、困ったような呆れたような、それでいてどこか安心したような顔をしていた。すぐ起きてくれて良かった、とか何とか言ってくるから、俺は腹が立つのと惨めなのとですぐにヘッドフォンをして、その時流れたのがこの曲だった。慌ただしい身支度の間にウィルは俺の教科書を勝手に引っ張り出して、それを鞄に詰め込んだら、俺たちは二人で寮を飛び出した。結果的には予鈴が鳴るくらいのタイミングで教室に着くことができて、俺は居たたまれない心地ですぐに端っこの席に逃げたんだけれど。
    1441

    お箸で摘む程度

    TRAININGウィルとフェイス ウィルBD
    頭に浮かんだ情景をとりあえず念写してみたものの、言いようもなく“違う”ので、とりあえず上げるがのちのち下げるもの 習作に位置づけ
    甘くかがやく(習作) 甘いかがやきを彼は纏っていた。彼に降りそそぐようなそれは、本当のところは彼が放っているものだった。
     開け放たれた扉から、人や、その人が抱える料理のいい匂いや贈り物の包装紙が立てる楽しげな音が、ひっきりなしに流れ込んでくる。日の延びてきた四月終わりといえどもうすっかり暗くなったこの時間にも、ウィルを囲む食卓は日の下めいて明るい。

    「お前なぁ!もっとかっこいいやつがあっただろ!」
    「うるさい。きれいだし、ウィルはこっちの方が好きだと思ったから選んだ」

     レンが提げてきたケーキボックスに顔を突っ込んだアキラが、すぐさま持ち主に突っかかる。ウィルが目をとがらせて、グレイは驚きながらも笑う。その様子を、少し離れたフェイスは眺めていた。昼間のトレーニング後、マリオンを筆頭に連れ立ってパンケーキを食べたと聞いたのに、テーブルには溢れ返りそうなほどのスイーツが並んでいる。食事も飴色のチキンやハニーマスタードがけのポテトフライが真ん中を占めて、見ているだけで歯が溶けそうだ。つめたいレモネードで喉を潤していたら、アルミホイルの端を器用に摘んだディノが廊下から駆けてくる。
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    お箸で摘む程度

    TRAININGオスカーとアッシュ ⚠️死ネタ

    レスキューと海賊のパロディ
    沈没する船と運命を共にすることを望んだ船長アッシュと、手を伸ばせば届くアッシュを救えなかったレスキュー隊のオスカーの話。
    海はあたたかいか 雲ひとつない晴天の中で風ばかりが強い。まるでお前の人間のようだ。
     日の照り返しと白波が刺繍された海面を臨んで、重りを付けた花を手向ける。白い花弁のその名を俺は知らない。お前は知っているだろうか。花束を受け取ることの日常茶飯事だったお前のことだ。聞くまでもなく知っているかもしれないし、知らなかったところで知らないまま、鷹揚に受け取る手段を持っている。生花に囲まれたお前の遺影は、青空と海をバックにどうにも馴染んでやるせない。掌に握り込んだ爪を立てる。このごく自然な景色にどうか、どうか違和感を持っていたい。

     ディノさんが髪を手で押さえながら歩いてきた。黒一色のスーツ姿はこの人に酷く不似合いだが、きっと俺の何倍もの回数この格好をしてきたのだろう。硬い表情はそれでも、この場に於ける感情の置き所を知っている。青い瞳に悲しみと気遣わし気を過不足なく湛えて見上げる、八重歯の光るエナメル質が目を引いた。つまりはディノさんが口を開いているのであるが、発されたであろう声は俺の鼓膜に届く前に、吹き荒れる風が奪ってしまった。暴風の中に無音めいた空間が俺を一人閉じ込めている。その中にディノさんを招き入れようとして、彼の口元に耳を近づけたけれど、頬に柔らかい花弁がそれを制して微笑んだ。後にしよう、口の動きだけでそう伝えたディノさんはそのまま献花台に向かって、手の中の白を今度はお前の頬に掲げた。風の音が俺を閉じ込める。ディノさんの瞳や口が発するものは、俺のもとへは決して届かず、俺は参列者の方に目を向けた。膨大な数の黒だった。知っている者、知らない者。俺を知る者、知らない者。
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    お箸で摘む程度

    TRAININGグレイとジェット
    グレイとジェットが右腕を交換する話。川端康成「片腕」に着想を得ています。
    お誕生日おめでとう。
    交感する螺旋「片腕を一日貸してやる」とジェットは言った。そして右腕を肩からはずすと、それを左手に持って僕の膝においた。
    「ありがとう」と僕は膝を見た。ジェットの右腕のあたたかさが膝に伝わった。

     僕とジェットは向かい合って、それぞれの柔らかい椅子に座っていた。ジェットの片腕を両腕に抱える。あたたかいが、脈打って、緊張しているようにも感じられる。
     僕は自分の右腕をはずして、それを傍の小机においた。そこには紅茶がふたつと、ナイフと、ウイスキーの瓶があった。僕の腕は丸い天板の端をつかんで、ソーサーとソーサーの間にじっとした。

    「付け替えてもいい?」と僕は尋ねる。
    「勝手にしろ」とジェットは答える。

     ジェットの右腕を左手でつかんで、僕はそれを目の前に掲げた。肘よりもすこし上を握れば、肩の円みが光をたたえて淡く発光するようだ。その光をあてがうようにして、僕は僕の肩にジェットの腕をつけかえた。僕の肩には痙攣が伝わって、じわりとあたたかい交感がおきて、ジェットはほんのすこし眉間にしわを寄せる。右腕が不随意にふるえて空を掴んだ。
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    kosuke_hlos

    MOURNINGあのフレーム観て情緒爆発して寝て起きたら浮かんだので形にしたもの。
    フェイディノというかフェ+ディ。
    クラブの朝仕舞いの邪魔をしないよう、すれ違うスタッフと挨拶を交わしながら出口へ向かう。
    その途中で、最近、よく言われるようになった言葉がある。
    「フェイス、忘れもの!」
    また?
    肩をすくめて返事のかわりにする。
    フロアの隅も隅の方で、身体を丸めて膝の間に鼻先を埋めるようにして眠っている人がいた。
    最近メンターになった先輩ヒーロー。その能力と体勢のせいで、ふさふさの尻尾と耳が見えるようだ。
    現場に復帰してしばらくすると、時折クラブの片隅で、こうしてこっそり丸くなっている姿を見かけるようになった。
    普段陽気な人が、喧騒の中騒ぎもせずに、死角で何をしてるのかと思えば、どうやら寝てるらしい。爆睡だ。
    ブラッドの友達と知って、ああこいつもお節介な様子伺い目的なのかと思っていたが、違った。
    音が無いと眠れないんだよねぇ、といつもの明るい声で、ほんの少し疲れた目をして笑うから。

    「ディノ。ディノ、起きて。置いてくよ」
    「それはヤだ!」

    背中を軽く叩くと、パッと空色の目がフェイスを見上げた。

    「おはよ。昨日はちゃんと聴いた?」
    「昨日だけじゃなくて、いつもちゃんと聴いてるってば」

    大きく伸びを 591