『ユキノシタを捧ぐ』 はらり、はらりと体内から溢れ、こぼれ落ちる花びら。
自身でも信じられない現象を薄気味悪く感じ、いくつもの文献を漁ってようやく見付けた「奇病」に動揺を隠せない。そうして、嘘であってほしいと心から願った。違う。これは悪夢だ。そんな筈がない。
何度願えど、それは消えてはくれない。ぐしゃりと握り潰しても、小さな白い花びらは相も変わらず美しいままだ。
この想いはまやかしなんだと思い込めば思い込むほど、花びらは増え続けた。両の手からこぼれ落ちていく白色に、クラクラと目眩がする。
認めたくなくて、信じたくなくて。ーーこれ以上大切なものを増やしたくなくて。
あの男にわざときつい態度を取り続けた。その度に自身の首を絞めていくような、そんな錯覚を覚える。抗う姿は滑稽でしかないと、自嘲した。
また吐き気に襲われ、白い花を吐き出していく。ぼたり、ぼたりと。
こんな醜い姿、誰にも見られたくないというのに。
「不死川?」
よりによって、何故この男に見付かってしまうのだ。
駆け寄ってくる姿に感情を殺し、分かりやすく舌打ちをする。けれど男は、睨み付けても平然とした態度で己の背に手を添えた。ゆっくりと背中を擦り、この男なりに気遣っているのだろう。しかしそれは、逆効果でしかない。
想えば想うだけ、花は増える。溢れる。息が出来なくなるまで、否、例え窒息しようと止まらないのだ。
「不死川、何故花を食べたんだ。美味しくないぞ」
「~~って、ねぇよ……!」
あぁ、本当に癪に障る。どうしてコイツなのだ。
見当違いのことばかりを言い、腹が立ってしょうがない。褒めるところよりも貶すところの方が圧倒的に多いのに。
心を乱される。気になって、仕方ない。いつだって目について、その姿を追ってしまうのだ。
「クソッ……全部、テメェのせいだ……ッ」
こんなもの、ただの八つ当たりで逆恨みだって分かっている。それでも、もう己ではどうしようも出来ない。抱えきれなくなった想いに、無防備に近付いてきたこの男が悪い。己は何度も忠告した。近付くなと。
それでもやめなかった、この男が悪いのだ。
「ーー……、き…………だ」
「し、なずが…わ……?」
紅梅色の唇に、呪いをかけたつもりだった。この男も同じ、苦しみを味わえばいいと。それなのにーー、
「おれも」
そう言って、お前は笑う。ふわりと、心からうれしそうに。
初めて見る表情に驚いたのも束の間。猛烈な吐き気に再び襲われ、それ、を吐き出した。
白雪の花びらではなく、星と見間違うほど美しい、淡く光る幻想的な白銀の花。
完治する唯一の方法。その、証の花がこぼれ落ちた。
「ま、また……!」
「……もう吐かねぇよ」
これからはもう、片想いを拗らせなくて済むのだ。吐き出す必要がどこにある。
* * *
「不死川、これ」
「……悪夢」
「何でだ」
冨岡が抱えている雪の色をした小さな花の束。その花に良い思い出なんて、ひとつもない。
「どこで手に入れたァ」
「屋敷の庭だ。今日咲いたから……俺から、お前に……」
強制はしない、と冨岡が俯きながら言う。
確かに嫌な思い出しかない花だけれども、ソレをお前が己にくれるというのならば。
「テメェのついでに貰ってやる」
そう告げれば冨岡は、ゆるりと柳眉を下げた。
『備考』
吐き出していた花は「ユキノシタ」
花言葉は「深い愛情」
また、二月八日の誕生花のひとつ。