花盗人は愛を詠う獣人たちの住む大陸、ディール。その東側に位置する花の国ニャフラと音楽の国ミュゼカは領土を争い、戦いを繰り広げてきた。そんな中、ニャフラの若き将でスナネコの獣人、朱桜司は数人の部下を連れて国境の森に敵国の偵察のため訪れていた。
耳をピンと立てて鼻を動かす。
「ふむ…特に怪しい匂いなどないですね。みなさん、なにか痕跡は見つかりましたか。」
部下たちに呼びかけると一様に首を横に振る。
猫の嗅覚は犬ほどではないが優れている。人口に占める猫の獣人の数が多いニャフラではこうして足音を潜め、匂いを辿ることが基本的な偵察方法だ。
「よぉ。おまえらここで何してんの?」
「誰です!?」
緑の狩人服に顔には仮面、耳としっぽはライオンの男が木から降りて司たちの前に立ちはだかった。司たちは声をかけられるまで気配に全く気づけなかった。
「今名乗る名前はないってことにしとく。」
男の口角がニヤリと上がり、仮面の中の若草色の瞳が司を射抜く。その瞬間、司の胸は高なった。今まで感じたことの無いドキドキとした、まるでずっと捜し求めていたものを見つけた時のような感覚。これが武者震いではないということは理解していた。
固まってしまった司を守るように部下たちが前に出る。
「司様、ここは我々に任せお逃げくださいませ。」
その声にハッとして、司自身も剣を構える。
「私も戦います。」
「おっ。おれとやるつもりか?いいぞ。遊んであげる。」
仮面の男が揺らめいたかと思うと、部下たちが次々と倒れていく。
「ん。邪魔者は消えたな。」
「よくも私の部下を。」
怒りのまま振りかぶった司の一撃は軽くかわされる。
「うーん。やっと見つけたけど、今回のところはこれで終わりにしよっかな。」
「一体何を。」
武器をしまった仮面の男は歌い出す。柔らかな旋律に司の意識はそこで途絶えた。
その後、司と部下たちはニャフラ側の森の入口で眠った状態で発見された。
公爵でペルシャ猫の父と王妹で希少種のスナネコの母、父方の祖母は北方のアンジェロ帝国の皇族出身の鶴という血筋のサラブレッドとして生を受け、大切に育てられてきた。周りから誉めそやされてきた司にとって今回の出来事は屈辱的であった。
眠らせたのなら司のことを亡き者にできただろうにそれをしなかった。部下たちも峰打ちで気絶させただけだった。あの仮面の男の目的は、そしてあの時感じた鼓動の正体は何だったのか。そうやって考えていくうちにあの仮面の下はどんな顔なのだろう、名はなんというのだろうと思い始め、とにかくまた会って話して知りたいと強く願うようになった。
周囲の目をかいくぐり、今度は1人で森を訪れた司はあの時の痕跡を辿りながら手がかりを探す。仮面の男と対峙した場所に着いた時には辺りは少し暗くなっていた。
「おまえ、今回は1人で来たの?」
前回と同様木から降りてきた仮面の男と相対する。
「ええ。あなたにもう一度会いたいと思いまして。」
「どうして?」
「あなたのその仮面を外してやりたいと、あの日からずっと考えてたんです。なのであなたに再戦を求めます。」
「この前あっさり眠らされたのにおれに挑むの?」
「もちろんあなたもそのような卑怯な手は使わないでください。」
「わかった。まぁそんなことしなくてもおれが勝てるだろうけど。」
「どうだか。」
一瞬ののち、剣がぶつかり合う。
「へぇ、結構やるじゃん。」
「あの時は頭に血が上って、実力の半分も出せておりませんでしたから。」
何度か打ち合い、司の剣がレオの剣に飛ばされた。その反動で司は地面に倒れ込む。
「くっ。」
首元に剣先が当てられて、死を覚悟する。しかしその剣は司を斬ることなく、鞘へ収められた。
「なぜ、殺さないのです?2度も敵国の将である私をこうしてて逃がすような真似を……。」
「ん?別におまえを殺すために来たわけじゃないからな。それに今回は逃がすつもりないぞ。」
「えっ。」
仮面の男は前と同じく歌い出す。
「使わないと…言ったでは……。」
眠ってしまった司の頭を撫で、するりと頬を撫でる。
「ようやく見つけた、おれの……。」
「んん……。」
司が目を覚ますと、見たことの無い豪華な天井が見えた。
ばっと起き上がり部屋を見渡す。明らかに質が良いとわかる家具が並んでいる。
「お目覚めになられたんですね。」
風変わりな給仕服を着た水色の髪に青紫色の瞳、白い翼という出で立ちの少女?が司の顔を覗く。
「ここは一体。それにあなたは。」
「ここはミュゼカの王宮の一角、後宮です。僕は新たな後宮の主である朱桜司さん、あなたのお世話係を任された紫之創です。誠心誠意お世話させていただきますのでよろしくお願いします。」
「は……い?」
創に言われたことが理解出来ず戸惑っていると、扉がバーンと開いて男が入ってきた。
「うっちゅー☆」
入って早々変な言葉を発したその男はズカズカと司のいるベッドの方まで歩いてくる。
オレンジ髪に若草色の瞳、ライオンの耳としっぽ。どう考えてもあの仮面の男だ。素顔はこんなに可愛らしいのかと妙に感心した後、ハッとして司は声を上げる。
「あなたは、あの仮面の男ですよね?」
「そうだぞ~。そういや名前名乗ってなかったな。おれは月永レオ。ミュゼカの王さまでおまえの夫になる男だ!」
「は?え?ええええええ!?」
部屋中に司の声が響く。しっぽの毛も耳も驚きで逆立つ。
仮面の男が敵国の王で、しかもおまえの夫になるとはっきり言われた司は混乱してぐるぐるとする。
「ど、どういうことですか。なぜ私があなたの妃に?」
「そりゃおまえがおれの運命の番、っていうかもう既に番だからだよ。」
「は?まさか寝ている間に。」
「違う違う。おれとおまえは小さい頃に会ったことあるの。番になったのはその時!」
「小さい頃……。両親からはそのようなこと1度も聞いた事ありませんが。」
「うーん。このことはおれのお母さんとおまえのお母さんぐらいしか知らないみたいだし、そっちの国の次期公爵で幸福をもたらすって言われてる希少種のおまえがおれの番になっちゃったって知れ渡ったら大変なことになるから、黙ってたんだと思うぞ。おれも王さまになってから聞かされたし。」
「そんなこと、信じられません。」
司が幼い頃はニャフラとミュゼカは今のような争いはしておらず、むしろ友好国という関係性だったということは知っているが、そんな出来事が起こっていたなんて信じられなかった。
「信じられないなら証明してやるよ。」
レオはグイッと司の顎を持って目線を合わせる。ドクドクと心拍数が上がってくる。体温も上がってきて暑い。
「おまえ、あの森でおれと目が合った時もこうやってドキドキしてたよな?」
「どうして、それを。」
「あの時、おまえにフェロモンを当てたんだよ。それにおまえが反応したってことはあの時点で既に番だったってこと。」
「そんな……。えっちょっ。」
レオがベッドに乗って司にのしかかってくる。
「何をするつもりですか。」
「発情させた番とベッドの上ですることなんて1つしかないだろ~?」
「私はまだあなたと結婚するとは……んんっ。」
唇が重なって、そのまま司の口内にレオの舌が差し込まれる。
「んっ……。にゃぁ。はっ。」
抵抗しようにも力が入らない。それどころか"目の前の雄に抱かれたい"という番の雌としての本能に理性が塗り替えられていく。
(駄目……なのに。身体の奥が疼いてどうしてもこの人のことが欲しい。)
司のすっかり発情してトロンとなった目を見てレオはほくそ笑む。
「発情が治まってもおれの気が済むまで抱いてやるから、たくさん啼けよ?」
しっぽも身体も絡み合い、レオが司の肩を思いっきり噛む。その痛みですら快感に変わる。
初めての夜は長くながく。
――続く?――