〜若葉松と次男十四松と再会して一ヶ月、彼女ともすっかり打ち解けたけれど、他の兄弟の行方は依然分からなかった。それも仕方ない事だし、そんな簡単に見付かるなんて思ってない。
「そう言えば十四松、彼女の事も思い出したんだろ?」
十四松から、仕事終わったら飲みにいこー!って連絡を貰って二人で入った居酒屋。今日は彼女が夜のシフトで会えないらしい。
「うん、思い出した。また会えマッスルって約束したのに…随分時間かかっちゃった」
「でも良かったじゃん、今一緒にいられるなら。約束、守ったね」
「へへー。…彼女ね、初めて会った時に凄くいい匂いしたんだ。柔らかくて優しくて、そんで懐かしい匂い。何でだか分かんなかったけど、きっと前の記憶にある匂いだったんだね」
「お前、昔から鼻良かったもんな。…その調子で他の四人も見付けられない?」
「やってみる!」
そんな安請け合いするなよ、って笑った声に力がなかったのか、十四松は心配そうに僕の顔を覗き込んで来た。
「きっと見付かるよ!チョロ松にーさんが探してんだもん」
「ありがと。この人生終わる間際でもいいから、もう一度みんなで揃いたいなあ…」
賑やかな店内にいると、その喧騒が昔の自分達を思い出させる。毎日賑やかで馬鹿やって、時々喧嘩もして。それでも僕達は六人でいつも一緒にいたのに。
「ちょっとトイレ行ってくるね」
「あい!」
気分を変えようと立ち上がりトイレに入る。用を足し、手を洗って顔を上げたら、鏡に映る自分の顔が見えた。…それに重なっていく、みんなの顔。早く会いたいな。
「チョロ松にーさんっ!」
「お待たせ…って、どうしたの十四松」
席に戻ると十四松が誰かの忘れ物らしい新聞の記事を差し出して来た。
「これっ!これ、」
「え?」
それは演劇評論のページで気を付けて読んでなければ、或いは興味がなければ絶対に目に留まらないだろう小さな小さな記事。
《若手アクション俳優松野カラ松、ハリウッドへ》
そこには探し続けた名前があった。
「えっ…あ、え?か、カラ松…?」
「カラ松にーさんっすよ!間違いない!」
「何、ハリウッドって…え、アイツ役者やってたの、」
二人して顔寄せ合って、内容を確認する。
そこそこ知名度のあるアクションやスタントをメインとする俳優事務所でずっと役者をしていたカラ松は、社長の勧めで受けたハリウッド映画のオーディションに合格したらしい。もちろん主役ではないけれど、それなりの役だとか。もう既にハリウッド入りしてるとかで、大抜擢!と言う文字と共に小さく載っていた写真は、少し僕等より年上に見えてそれでも変わらない顔をしていた。ちょっと男前になってる!なんて騒ぎながら、二人目が見付かった安堵感でいっぱいだった。やっぱりみんな、いるんだ。十四松とカラ松がいるんだ、他の兄弟もきっと。でも、でも。
「ハリウッドなんて遠過ぎるよカラ松うううう!!!」
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ハリウッド。アメリカの有名な映画の街。そこにカラ松がいる。もちろん待っていれば日本に帰って来るんだろうけど、僕は卒業旅行で行く事にした。と言っても友達とではなく、もちろん十四松と。本当は一人で行くつもりだったんだけど、十四松が有給もぎ取って来た。五日しか取れなかったって申し訳なさそうに言われたけど、僕にとっては何より心強い同行者だ。
飛行機に乗り遅れそうになったり、道に迷ったり、僕の片言の拙い英会話でどうにかホテルに辿り着いた時には疲労困憊。でもこれでカラ松に近い所に来られた。
「チョロ松にーさん、これからどうするの?」
「今日はもう遅いし、ホテルで夕飯食べて明日に備えよう。明日、カラ松が撮影してるスタジオに行ってみようよ」
「分かった!カラ松にーさん元気かなー」
「元気でしょ、あのカラ松だよ?」
「だよね!楽しみ!おれたちのこと、覚えてるかな」
「…どうかな」
アメリカまで来たのはいいけれど、もしもカラ松が覚えていなかったら無駄足だ。まあ、それならそれで十四松と観光して帰ろうと気持ちを切り替えた。
「十四松、夕飯何食べたい?」
「にく!!!」
「まあ本場だしね…じゃあ、ステーキいっちゃう?」
「いっちゃいマッスル!!!」
日本ではなかなかお目にかかれない程分厚いステーキで満腹になった僕達は、当たり前のように僕のベッドの左側に潜り込んでくる十四松に笑いながら久しぶりに枕を並べて眠った。
「いー天気っすな!」
「ほんと、快晴。幸先いいね」
「よし、じゃあカラ松にーさんに会いに行きまっしょい!」
元気な十四松の声に後押しされて、観光がてらカラ松がいると聞いたスタジオに向かう。いきなり行って会えるか分からないけれど、それなら帰りを狙おうと話が纏まった。
スタジオは思ったより大きくて、当然ながら守衛がいた。
『何のご用ですか』
『あ、あの、このスタジオで松野カラ松って日本人が撮影してると聞いて。あ、僕、松野チョロ松って言います、カラ松の…弟です』
なんて事を拙い英語でどうにかこうにか伝えると、守衛は意外といい人で確認を取ってくれた。カラ松は確かにいるけれど今は撮影中だから会えない。ただもう少しでカラ松の出番が終わるらしいからそれまでここで待っていたらどうだと、特別に待たせてくれた。守衛室の横にあるベンチで十四松と二人、守衛のおじさんがわざわざ買ってくれたコーラを飲みながらカラ松が終わるのをひたすら待つ。
「…もうすぐカラ松にーさんに会えるんだよね」
「そうだね…覚えてるといいな」
そんな話をしていたら、スタジオに続く扉が開いて長身の男が現れた。
「…は…え…?……チョロ松?…十四松?」
並んだ僕等を見て驚きで落ちそうなくらい目を見開いたのは、間違いなく次男のカラ松だった。
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「カラ松にーさああああああん!!!」
飛び付いた十四松に目を丸くしながらも受け止めたカラ松は、僕と十四松を交互に見て戸惑った表情を浮かべた。
「え…本当に、チョロ松…?十四松も…」
「僕達の事覚えてるの?カラ松」
「あ、ああ…」
「ほんとに?」
「覚えてるさ…大事な弟達を忘れる訳がない。久しぶり…前世振りだな、元気だったか?」
隠せていない戸惑いと驚きが一周回ったらしいカラ松は妙に冷静に聞いてきた。
「元気だよ!カラ松にーさんも元気そう!」
「俺も元気だ。それよりお前達、どうしてここに…」
「僕、みんなを探してるんだ」
「おれはその手伝い!」
「そうか…探してくれていたのか。二人とも、俺のアパートに来ないか?ゆっくり話しよう」
「行く!」
「うん、そうだね、ここで話すのもなんだし」
お世話になった守衛のおじさんに礼を告げて、僕達はカラ松のアパートに向かった。映画で良く見る外国のポピュラーなアパートの二階にカラ松の部屋があった。
「それにしても驚いたぞ、よく分かったな」
「日本でニュース見たんだ、カラ松がハリウッドデビューって。それで映画関係の仕事してる友達のツテ頼って頼って、撮影スタジオ見付けて貰って。…あ、ありがと」
カラ松がコーヒーと、温めたピザを持って向かいに座る。その顔は変わらないけれど、少し大人びて精悍さが増していた。
「お前達は覚えているのか?」
「僕は覚えてた。十四松は僕と会った時に思い出したんだよね」
「チョロ松にーさんのお陰っす!」
「そうか…俺も、物心付いた時には記憶があった。でもチョロ松みたいにみんな転生してるだろうとか、ましてや探そうなんて思わなかったな…」
「それが普通だよ」
そう、まさか転生してるかもだから探そうなんて思わないだろう。僕だってそんな事、酔っていなかったら考えなかったと思うし。
「お前達、明日には日本に帰るんだろう?」
「うん、十四松の休みが明後日までだし、明日の飛行機に乗らないと帰れないからね」
「そうか。俺、まだ一ヶ月くらいこっちで撮影があるんだ。悪いんだが少し頼まれてくれないか?」
「え?」
「実は同居人がいてな、家に届けて欲しい物があるんだ。頼めるか?」
「いいけど…カラ松、同居人って…もしかして恋人?」
「まあ…そんなようなもんだ。これなんだが、渡してくれれば分かるから。間違ってもポストとかに入れないで直接渡して欲しい」
「…分かった、ちゃんと預かったから」
渡されたのは何の変哲もない封筒。大きさは大学ノートくらいだ。中身が何かは分からないけれどとても大事な物らしく、封がきっちりと閉じられている。
「それにしてもカラ松に恋人ねえ…十四松と言い、僕だけまだ彼女いないとか!」
「まあまあ、チョロ松にもいずれ良い人見付かるさ」
「カラ松にーさんの恋人、おれも会いたいっす!チョロ松にーさん、一緒に行っていい?」
「もちろん、てか一緒に来て」
カラ松の恋人に一人でいきなり会うなんて、ハードル高過ぎるしね、って、こんな事言うとトド松辺りにまた馬鹿にされるんだろうな。
「今日泊まって行くか?」
「あー、ホテル取っちゃってるんだよね。ここからそんなに遠くないんだけど」
「そうか、なら晩飯は一緒に食おう。美味い店があるんだ」
「うん、楽しみ」
騒ぎながら食事をして軽く飲んで、ホテルに戻ったのはもう日付が変わってだいぶ過ぎた時刻だった。