〜若葉松と四男翌日、カラ松はわざわざ空港まで見送りに来てくれた。今日は撮影がオフだとかでのんびり買い物をするらしい。
「日本に帰ったら連絡してよね」
「ああ、もちろん。帰ったら美味い寿司でも食いに行こう、もう既に日本食が恋しい」
「おれんちにも来て欲しいっす!」
「そうだな、十四松の恋人にもきちんと挨拶しないとな」
「たはーっ、照れますなあ!」
「そろそろ時間だね。それじゃ、カラ松頑張って。映画楽しみにしてるから」
「にーさん体気を付けてね!」
「ありがとう、お前達も気を付けて帰るんだぞ」
「うん。また日本でね」
「ああ、またな」
また。そんな約束が出来る事が嬉しくて、また会えた事が嬉しくて、姿が見えなくなるまで手を振っていた。
頑張っているカラ松を見ていたらまだまだ兄弟探しを諦める訳にはいかないと思えてくる。僕も頑張らなきゃ。
「にーさん、カッコよかったっすな!」
「…そうだね、凄く男前になってた」
「映画、みんなで見に行けたらいいのになー」
「行きたいね、みんなで」
そうだ、みんなで揃ってカラ松のハリウッドデビュー作を見るんだ。だからもっと頑張って探さなきゃ。
「十四松、日本に着いたらすぐにカラ松のアパート行ってもいい?大事な物みたいだったから早く恋人さんに渡したくて」
「いーっすよ!おれも休みのうちに行ってみたいし!」
「よし、じゃあ決まり。そんなら日本まで寝て帰らなきゃ」
「どんな人かなあ、カラ松にーさんの恋人!」
「きっと良い人だよ、カラ松が選んだ人だからね」
「チョロ松にーさんも早く良い人見付かるといーっすね」
「このリア充め…!」
良い人なんて、正直今は見付からなくていい。僕が見付けたいのは兄弟で、…ああ、そうだね。僕の良い人は、きっと。
「チョロ松にーさん?」
「何でもない。少し疲れたから寝るね」
「おれも、寝て帰ろ!おやすみなさーい」
「おやすみ」
閉じた瞼の裏に浮かんだのは、僕と同じ顔をした…ああ、なんだ。結局僕は、兄弟をダシにして彼に会いたいだけなのかも知れない。
「…ここ、だよね」
「うい」
空港に着いて真っ直ぐカラ松のアパートへ向かった。住所を書いたメモと、目の前の建物を見比べる。三階建ての瀟洒で小綺麗なアパート…マンション?僕や十四松が住んでるアパートよりも家賃が高そうだと下世話な事を思ったり。
「ここの三階の角部屋って…」
「ひゃー、いい所ですな!」
オートロックが付いていない程度には庶民的なのかも知れないけれど、少し気後れしながら三階建ての割にちゃんと付いていたエレベーターで最上階へ。目指す部屋は一番左。玄関前に立って表札を見ると、ちゃんと松野ってなっていた。
「…押すよ」
「…うい」
ピンポーン、と柔らかい音色のチャイムが鳴ったのが室内から微かに聞こえる。それから暫くしてガチャガチャと鍵を外す音、って誰かも確認しないで開けていいの!?
「はい、どちら様…」
って声と、扉が開いたのが同時だった。そして、その向こうから現れた顔は。
「…い、ちま…」
「………え、」
「…一松!?」
紛れもなく僕のすぐ下の弟、一松だった。
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「…チョロ松、兄さん…」
「え!!!!一松にーさんっ!!??」
「…十四松…」
ぽかーん。ハリウッドで見たカラ松と全く同じ表情を浮かべた一松はその後すぐ十四松に突進されて、玄関先に尻もちをついた。
「うわっ…!」
「一松にーさんっ!おれっ、おれ!十四松!」
「ああ、うん…十四松、久しぶり。チョロ松兄さんも」
あ、これは記憶があるパターンだ。大型犬のようにじゃれつく十四松をどうにか一松から引き剥がし、手を取って立たせる。
「びっくりした…」
「僕も、まさか一松登場とは思わなかった」
「とにかく上がれば?立ち話もなんだし」
「ああ、うん、お邪魔します」
「お邪魔しまーす!」
中もそこそこ広いし綺麗だ。…あれ、でも待って?カラ松は確か、恋人と住んでるって言ってた。でも出て来たのは一松で、間違いがなければ一松がカラ松の恋人って解釈でOK?
「どうしたの、座んなよ。お茶淹れるから」
「ありがと…ねえ一松」
「ん?」
「…カラ松と一緒に住んでるの?」
「ああ、…うん、拾われた」
「拾われた?」
思わず隣に座った十四松と目を見合わせた。拾われたってどう言う事?そんな疑問が顔に浮かんでたのか、向かいに腰を下ろした一松が湯呑みを置きながら口元だけで笑う。
「多分その様子じゃカラ松に会ったんでしょ。ぼくも記憶持って生まれたんだよね。でもぼくはカラ松みたいにそれを当然のようには受け止められなかった」
「カラ松は当然だと思ってたの?」
「聞かなかった?大事な兄弟の事はどれだけ生まれ変わっても忘れたりしない、って。転生しても痛いよね」
記憶にあるままの笑い方をした一松は少し視線を落とし、僕と十四松を交互に見比べた。
「ぼくが前世の記憶を持って生まれたのは、お前はどんなにしてもクズなんだ変われないんだって言われてるみたいで…ずっとやさぐれてた。堕ちるとこまで堕ちた時にカラ松に会ったんだ」
「…にーさんはそんな、この現在が辛かったの?」
「…辛いって言う感情さえ麻痺するくらい、どうでも良くなってた」
知らなかった、一松だけがそんな辛い思いをしていたなんて。でも結局それって、誰よりも真面目な一松だからこその感情なのかも知れない。考え過ぎてどんどん深みにハマる、昔からそんな傾向があったから。
「それで?カラ松に会ったのって?」
「…懲りないよね、ぼく。何もかも嫌になってビルから飛び降りて死のうとしたんだ。でも直前で腕を掴まれて…それがカラ松だった」
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一松の告白に、僕より十四松の方がショックを受けたように見えた。無理もないか、前世では一番一緒にいた二人なんだから。
「にーさん…」
「大丈夫、心配しないで十四松。今はもうそんな事思ってないから」
「…死んだらダメっすよ。せっかく生まれ変わってこうして会えたんだから!」
「そうだね…十四松と、チョロ松兄さんと…それからカラ松に会えたから生きてるのも悪くないと思うよ」
「…良かった。…あ、そうだこれ。カラ松からどうしても手渡しして欲しいって預かって来たんだけど」
「え?」
当初の目的をすっかり忘れる所だった。鞄から出した封筒を一松に差し出すと、首を傾げながら受け取って封を開けていく。そして中身を取り出して目を落としたその顔は。
「っっっの馬鹿…!」
「え、何?」
「にーさん?」
「信じらんない、あのクソ松!」
懐かしく感じる悪態をつきながらも耳まで真っ赤で、見たところただの紙みたいだけど何が書いてあったんだろう。
「にーさん、なんて?」
「あ!馬鹿、十四松!」
「……ありゃりゃりゃ、これは!」
「何?……あららら」
素早く一松の手から取り上げた十四松も顔を緩ませたから何かと思って隣から覗いたら、たった一言。
『愛してる』
……って、何で僕どこに行っても惚気られるの!?やってらんない!
「カラ松にーさん、やりますなあ」
「あーもう、馬鹿じゃないのアイツ…」
あらら、一松恥ずかし過ぎて蹲っちゃったよ。
「……ぷっ」
「……わはー!!」
「あはははははは!」
「もう…何笑ってんの」
「いやー…幸せそうで何よりだなって」
「…馬鹿じゃないの」
素直になれないのは昔のままかと思っていたけど、それでもその顔が嬉しそうに綻んでいるのを見て、一松を拾ってくれたのがカラ松で良かったと本当に思えた。一松の事一番気にかけてたもんな、カラ松。どんなに酷い扱いされてもめげずに優しくしてさ。僕には出来なかったから、きっとこの現世でも二人は最初に出会うように出来てたのかも知れない。十四松と彼女がそうであったように。
…それなら僕は?考えても分からない問を首を振って打ち消しながら、久しぶりに会えた弟との会話に没頭していった。
いつか一松に何があったのか聞ければ良いな。そして、少しでも力になれたら…って、やっぱり僕は生まれ変わっても兄弟が好きなんだって改めて思った。