Love Letter 拝啓 カーヴェ様
突然の連絡に驚いているだろう。すまない。でも、どうしても聞いて欲しかったんだ。
元気にしているかい? 僕たちは、その、いや、君はもう知っているからね。隠す必要もないか。学院祭が終わって、僕はアルハイゼンの家から出て行くことができなかった。
皮肉屋で傲慢で個人主義で、頑固で理不尽なあの同居人が……学院祭で僕の父さんについて調べていたんだ。驚いたよ。と、同時に嬉しかった。言葉にするのはこれが初めてだ。でも、わかってもらえると思う。そうだろう?
それからの毎日はなんていうか穏やかで、幸せで、とても苦しかった。
君なら理由がわかると思う。そうさ。思い出してしまったんだ。
いや、知っていたのに忘れたふりをしていたと言ったほうがいいのかもしれない。教令院の学生だった頃も、あの日ランバド酒場から連れ出された時も、僕はいつも知っていたんだ。
あいつは……ちゃんと情に厚い奴だってさ。
やっぱりこうして文字に書くのは恥ずかしいな。相手が君だとわかっていても手が止まる。
ああ、そうさ。そうだよ! 僕はずっと、それこそ学生の頃からアルハイゼンが好きだったんだ。
一度は縁が切れたのだと、僕が切ってしまったと思っていたのに。だからぎゅっと押し込んで、二度と開かないようにがんじがらめにして記憶の奥に追いやったのに。あいつと一緒に暮らしていたらこのザマさ。
君は笑うだろうか。僕だったら笑っちゃうね。話を戻そう。君に聞いてほしいことがあったんだ。
学院祭が終わって、僕はもう一度アルハイゼンへ片思いをしてしまった。同居っていうのは逃げ場がないものだ。どこにいてもアルハイゼンを側に感じてしまうし、あいつは案外家の中では無防備だ。もっと人付き合いに距離を置くと思っていたのに、僕が話しかけると大好きな読書を未練もなくやめたり、気まぐれで果物を買ってきてくれたりする。
あいつが好きなのはクッキーだ。最近覚えたよ。酒と一緒に食べることが多いなと思っていたけど、随分と気に入っていたらしい。
一番たくさん食べていたのは僕が焼いたクッキーかな。出来立てだったからだろう。また気が向いたら作ってくれ。なんて言われた。忙しいからあまり作れないけど、まぁたまにはいいかもね。
それからクッキーは常備するようになった。酒に合わせるつまみを知れたとか、寝起きは低血圧だとか、ほんの小さなことを知るたびに、どんどんアルハイゼンのことが好きになる。
でもいつか終わりが来るだろう。
今僕がこの手紙を書いているのは僕の誕生日だ。最近はシティ内で郵便を回す企画があることを知っているかい?
その中で、住民に対して一年後に預かっていた手紙を配達する企画が持ち上がった。試験的なことだから本当に届くかはわからない。アルハイゼンの住所に今も僕がいるかもわからない。だけど、君は一年後もきっとスメールで仕事をしているだろうから、事務所宛に送っておいたよ。
一年というのは状況が変わるには十分な期間だ。一年に一度誕生日はやってくるけど、学校を卒業して二十歳を超えたくらいかな? もう自分が何歳の誕生日を迎えたのかすらあやふやになってくる。
誕生日を知ってくれている友人なんて周りにほとんどいない。自分から言うのもなんだか恥ずかしくって、帰り道に自分の好きな食べ物を買って帰るのが精一杯さ。
自分ですら忘れそうになる誕生日を、あれから何年も経っているのに覚えていたのはアルハイゼンの方だ。
今の時間は七月九日の夜。
今年は旅人にコーヒー豆を送ったよ。それと、さっきまでみんなで食事をしていたんだ。今日のアルハイゼンは珍しく一日中家にいて、僕が書いている設計図を見ても小言を言ってこなかった。
そういえば、教令院で客員教授をすることになったんだ! 今はもう働き始めているかな?
アルハイゼンと同じ職場なんて学生の頃の僕では想像もできなかったけど、でもいつかやりたいと思っていた夢の一歩だ。できる限り頑張りたいし、デザイナーとしてももっと腕を上げていきたい。
一年後の僕が借金を返済してアルハイゼンの家を出ているのか、ちゃんと失恋できて諦めれているのかわからないけど、今年の君が前を向いていることを願うよ。
少なくとも、今夜の僕は確かに……一人で過ごしていた頃よりもずっと幸福を感じている。
友人がいることはいいことだね。それと、その……好きな人もさ。
親愛なるカーヴェ
あなたの日々が幸福であることを祈ってる。
カーヴェ
追伸
片思いは辛いけど、楽しいことも多い。どうかそれを忘れないでくれ。
*
読み終えた手紙をゆっくりと折りたたむ。まさか便箋五枚にもなっていたなんて、すっかり忘れていた。
あの時のカーヴェは確かにこの感情を持って余していたし、かといって誰かに相談することもできなかった。
昨年の明日のことなら覚えてる。一日アルハイゼンが家にいて、僕は設計図を書いていて、午前中に買ってきたコーヒー豆を手紙に添えて、皆でご飯を食べて、夜には旅人とパイモンが遊びにきて。
アルハイゼンから送られた誕生日おめでとうの言葉に舞い上がって、深夜の自室で酒を片手にこの手紙を書いた。
「随分と長い間目を通していたな」
背後から聞こえた声に肩が跳ねる。カーヴェが振り返ると、コーヒーカップを二つ手にしたアルハイゼンがこちらを見つめていた。
「ランバドから買った豆はこれで終わりだ。明日の朝は、新しいのを開けてくれ」
「そうか。ランバド酒場の豆も美味しかったな」
「俺はもう少し苦味があってもいい」
「君に合わせたコーヒーは徹夜後がちょうどいい。目が覚めるからね」
「いい加減、不摂生な生活を改めたらどうだ」
「数年前に比べれば十全に改善されたと思うけど。睡眠時間二時間で一週間過ごした時は、流石に仕事に影響が出た」
カーヴェの答えにアルハイゼンが肩だけでため息をつく。それから、手にしていた手紙を横目で見た。
「……熱心に読んでいたようだが」
じわりと込み上げた感情に、カーヴェは笑みを浮かべる。
「君にも嫉妬心というものがあるんだな」
「嫉妬心? さぁ。どこをどう見たら、その考えが思い浮かぶのか理解しかねる」
「僕が読んでいる間じっと見ていただろう。コーヒーの匂いが一定の距離から動かなかった」
「長々と読んでいたから珍しいと思っただけだ」
「これは」
一旦言葉を切って、カーヴェは続ける。
「恋文さ。それも熱烈な、ね」
「は?」
眉を寄せたアルハイゼンの姿を見て、カーヴェは笑い出す。肩を振るわせながらコーヒーカップをテーブルに置いて、向かいのカウチに座っていたアルハイゼンの隣へ移動した。
「どうぞ?」
「……なぜ俺に?」
差し出された手紙を不審な目で見つめ、アルハイゼンが問いただす。言いたいことは言わなくてもわかっていた。
「僕から君への恋文さ。いらないなら処分するけど」
言い終わらないうちに、カーヴェの指先から手紙が消えた。握った手紙とカーヴェの顔を見比べて、アルハイゼンは否を許さない視線で問いを口にする。
「中身を読んでも?」
「どうぞ。君と口論になった内容証明でもあるからね」
アルハイゼンと付き合ってからどれくらいになるだろうか。確か、一年前の僕の誕生日のすぐ後だ。
手紙の向こうのカーヴェはまだ知らない。自分が持っていた感情と同じくらいの熱を秘めた後輩に猛烈アタックをかまされて首を縦に振り、もう一年近く恋人の座を得ていることを。
そして、先日のカーヴェとアルハイゼンがどちらが先に互いへの恋愛感情を自覚したのか、言い合いをしていたことも。
これは皮肉屋で傲慢で個人主義なのに先輩にだけ甘い後輩への反撃の狼煙だ。
こちらがいつから君のことをそう言う目で見ていたのかを、一年前のカーヴェが証明する。
互いに互いが一番だと思っていたあの頃から、すでに僕たちはお互いを好きだったことを。
さて、今年の誕生日は何をしようか。アルハイゼン。
拝啓 カーヴェ様
安心して、その気持ちを大切に抱きしめていてくれ。今の僕はちゃんと、幸せだと思えているから。
End