ワンドロ【噂話】【ラッピング】 女性というのはいつの時代も噂話が好きらしい。
夕方の知恵の殿堂。資料を返すために知恵の殿堂にいたアルハイゼンは、近くの椅子に座った学生たちの声に手をとめる。
「ねぇ、フォンテーヌで広まってる噂のこと知ってる?」
「十二月のある夜に、枕元に届くプレゼントの話?」
「そうそう! スメールでは聞かない風習だけどロマンがあるわよね」
『素敵な風習でしょう?』
ゆっくりと話す声が、女学生たちの声に混じって聞こえた気がした。幼さを残したアルハイゼンの頬をシワの多い手が優しく撫でる。その手のひらはゆっくりと頭の上に乗せられ、少しはねた銀髪をまるく撫でおろした。
その噂は幼い頃に祖母から聞いたことがある。
妙論派としてフォンテーヌへ勉強に行った祖母は、冬の街が美しく輝き、赤色と緑色に染まっていたことに驚いたという。フォンテーヌには、十二月の夜にいい子のところへプレゼントが届くという言い伝えがあるそうだ。
その話を聞いた年の瀬のこと。枕元に置かれていたリボンが巻かれた本を持って、アルハイゼンは祖母におはようよりも先にお礼を言ったことを覚えている。
明確な日にちは覚えていないが、十二月の終わりあたりの日にちだっただろう。すぐに迎えた年越しの時に、もらった本を読んでいたから。
定時退社をして家に着くと、同居しているカーヴェは不在のようで家の中は暗かった。
お互いのスケジュールもプライベートも全て把握しているわけではない。互いに独立した大人同士だ。過干渉にもならず、かといって無関心でもない。
友達ではない彼のことを恋愛感情込みで見ていることを、アルハイゼンはとっくの昔に自覚していた。
夜更けまで本を読んでいつの間にか眠っていたらしい。
目が覚めた身体に少しの重み。手を動かした反動でシーツの上にのっていた何かが顔に落ちてきた。
アルハイゼンは不快感を隠しもせずに小さく舌打ちをして、その落ちてきたものを摘み上げる。大判の太さのあるサテンのリボンのようだ。手のひらほども幅があるリボンは指からすり抜けそうなほど柔らかくて、ベッドに横になったまま眉を寄せる。それからようやく身体を起こした。
「……っ」
起きあがろうとして、左腕が上がらなかった。シーツが重くて身体の動きを制限しているらしい。何が乗っているのかと顔を向けて、アルハイゼンは息をついた。
「すぅ……すぅ…………」
小さな寝息を立てて丸まって寝ているのは同居人のカーヴェだ。金髪が白いシーツの上に散って、横顔はアルハイゼンの肩のすぐ近くに置かれている。また部屋を間違えたとかで忍び込み、シーツの上で丸まって寝たのだろう。スメールは冬も暖かいとはいえ風邪を引かないとは限らないのに。
「……はぁ」
額に手を当てて面倒だなと思う。シーツの上に散らばっていたリボンの本来の居場所は知らないが、おそらくカーヴェが酒場でもらった景品についていたのだろう。引きが悪い彼のことだから、リボンだけ当てた可能性もある。
左腕をシーツについて身体を起こす。横になっているカーヴェの顔を覗き込んで、気づかれていないからとその横顔をじっと見つめた。
閉じられた唇はどこか艶があって、間接照明を淡く反射している。いつもは挑戦的に輝く赤目は瞼に隠されていて、まつ毛の影が頬にかかっていた。
カーヴェは横になって寝ている時でも口元に指先を当てているのだからタチが悪い。子供のように眠る姿を堪能して、指先に絡まっていたリボンを掴んだ。
翌朝に、枕元に届くプレゼント。
二度と届くことはないと思っていたプレゼントが自らやってきて、無防備に身を差し出している状況に理性が揺らぐ。抑え込んだこの感情を露わにすることのリスクを理性は理解していた。本能へ絡んだリボンのおかげもあったのか、伸びそうになる指先を抑えこむことができた。
「はぁ」
二度目の息を吐いて冷静を呼び戻すと、掴んでいたリボンに視線を移す。
このあと目が覚めるだろうカーヴェが反省するようにという魂胆と、ほんの少しの浮ついた心。その二つがアルハイゼンの指先を動かして、手元の白いシーツで隣に横たわる体温を包み込んだ。
真っ白な包装に包まれた身体。
少しだけ隙間のある彼の首元にリボンを通して、曲げられた肘のあたりにもう片方のリボンをひっかける。そしてカーヴェの身体の前でリボン結びを作り上げた。
緑色の大判のリボンに、金色の髪。あとは彼が目覚めたら、その赤色が配色を完璧なものにするだろう。
間接灯だけの小さな部屋。自分だけのベッドの上に届くプレゼント。眠るカーヴェの目尻にそっとキスを落としてから、学生の頃から焦がれ続けた欲しいものを腕の中に閉じ込める。彼が目覚めるまでの間だけでも、自らの手でラッピングを施したプレゼントはアルハイゼンのもののはずだ。