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    Rin

    @suki_rinn

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    Rin

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    #風が強く吹いている
    theWindIsBlowingHard.
    #カケ王
    kingOfTheFlames
    #柏崎茜
    akaneKashiwazaki

    カケ王とハイジさん「なんだ、また喧嘩か?きみたちは仲直りしたばかりだろう。走が何か言ったのか?」
     茜を一目見ただけで察したらしい。台所で下準備をしていた灰二が振り向く。まず逃げ込むように駆けてきたのは茜だった。レタスを洗っている灰二に気づき、珍しく擦り寄ってくる。
     ここから離れまい。一番の安全地帯だ…とでも言いたげな表情を見て、どうせ走とモメたのだろうとピンと来た。それから慌てた様子の走が滑り込む。隣に立っている茜を見て、不服そうに椅子に座った。
    「…どうして逃げるんですか。ストレッチは今までもしてましたよね?なんで今更…」
    「自分の胸に手を当て考えてみなさい!ぼっ僕は一人でいい…もう一人で出来るから…放っておいてくれ!」
     むすっとした走が言われた通り胸に手を当てる。
    「少し時間を下さい」
     きみ。茜はあからさまに眉をひそめる。これはあくまで比喩であり、硬い胸板に手を当てたところで、本当に真実が分かるというのか。なぜか話を聞いていた灰二まで、サッカー選手のように拳を胸に当てている。全くこの人たちは…とため息をつき、茜は走の真反対の椅子に腰かけた。
    「さあ、分かったか?走。早く王子に謝るんだ」
    「……すみませんでした」
    「違うっそうして…そんな風に形だけ謝られても…根本的な問題は解決していないのですよ!」
    「じゃあどうしたんだ。俺で良ければ相談に乗るぞ?あ、酒がいるなら夜にしてくれ」
     と言われても、どこから話すべきか。先週漫画を読んでいたら突然額コツンをされた。また別日に意味もなく抱き締められ(本人は体重を確認する為…などと言っていたが嘘だと踏んでいる)昨日なんて、あろうことか頬にキスをして来た。これらについて、一体どう説明しろというのだ。
     茜は内心かなり焦っていた。明らかに恋愛について勉強している。どうすれば振り向いて貰えるのか、キュンを与えられるか、無駄な知識を増やしながら彼なりに考えているのだ。正直そんなことに時間を割かないで頂きたい。君はマラソンのことだけ考えていればいいのだから。茜は自身に訴えながら頷く。
    「…そんなに言いづらいことなのか?走から聞いてもいいが」
    「王子さんが俺を避けるんです」
    「ほう」
    「今日だってまだ部屋に入っただけです。突然部屋から飛び出してしまって、俺は今晩一緒に…」
    「まっまっ待ってくれ!違うんですっ」
    「…って言っただけなんです。それなのに」
     安易に先が読めるものだから、茜は慌てて走の声を塞ぐ。これでは灰二に大きな誤解をされかねない。いや…実際のところ誤解でもないのだけれど、走の語り口によっては益々傷を抉ってしまいそうだ。
    「すまない。最後の言葉がちょうど聞こえなかったな…今晩なんだって?」
     灰二の口元は笑っている。本当は薄々気づいているのだ。目元だけ、真剣なフリをしているところが憎い。
    「だから、この前から約束してたんで、一緒に風呂に入りましょうと言ったんです。その前にストレッチしておこうとベッドに入ったら、ここまで逃げて。王子さんの考えがよく分かりません」
    「あのまずお風呂に入る約束はしてないしストレッチは一人でも出来ます。あと当たり前のようにベッドに入るのは止めて下さい!あれは君の部屋じゃないんだ!僕のテリトリーなのだから…!」
     ここまでくればヤケクソだ。台所には三人しかいない。灰二なら、皆には秘密にしてくれるかもしれない。
    「言ったじゃないですか、来週なら考えてやってもいいって。あれから一週間経ちましたよ」
    「違う!鶴の湯に入る時は皆で入ろう、と言ったんだ!」
    「皆じゃ意味ないです。俺二人でって言いましたよね。アオタケの風呂なら余裕じゃないですか」
     走は淡々と続ける。彼は一度言い出すと意見を変えない。頑固なところは重々知っている。いつも、こうなった場合先に折れるのは茜の方だったからだ。だが先輩としての立場もある。一人の人間として尊重されたい。さすがに、この状況でお風呂になんか入れない、と茜は断固として
    「ずっと仲良くして来たのに、避けられて悲しいです」
    「君の場合仲良くの意味が違うだろう…僕たちは同じサークルに入っているという仲間に過ぎない…なのに突然…訳の分からないことばかり…」
     茜は不安げに言葉を漏らし頭を抱える。
    「じゃあどうしたら分かって貰えますか」
    「もう十分に分かっているから…何もしなくていい。しなくていいんだ…」
    「いやまだ足りません。俺、たぶん王子さんが思ってる数倍…数百倍は王子さんのこと好きです」
    「君は夢を見ている。僕は君の思っているような人ではない。だって男なのだから…早く目を覚ましてくれ…」
    「寝てません。起きてます」
     彼にこの手の話術は効かない。当然のように言い放った走を見て、茜は視線を灰二へ移す。見ていれば何が問題なのか分かったでしょう。彼ですよ。これでは埒が明かない。この可愛くも、可愛くない後輩をどうにかして下さい、と必死に目線を送る。二人に見つめられた灰二は、困ったように笑みを零す。
    「困ったなあ。二人してそんな目をされたって、どうにもならないぞ」
    「一体どういう教育をされてきたのですか…?」
    「どうして俺に言うんだ?さすがに走の恋事情にまでは口を挟めんさ、まさか…王子をなあ」
     まさかでしょうね。自分だって、未だこの現実を受け入れられないのだから。走が茜のマラソン指導をしてくれることになり、二人きりの時間はぐんと増えた。最初は朝夕マラソン時のみ…かと思いきや、やれ漫画を読み終えろだのもっと飯を食ってくれだの…それはそれはハードなもので。
     結果茜にとってベストの成績を出すことが出来たわけであり、走コーチにはやはり感謝しているし、いつか恩を返したいとも思っている。それがまさか…いつの間にやら好かれていたなんて。
    「俺には分かるぞ。好きな人と風呂に入りたい。うん。俺だって入りたい。箱根への目標や決意、二人の未来について語り合いながら、互いの体を洗うのはとても粋だろうなあ…うんうん」
    「…ハイジさん。あなたまさか」
     僕を売る気ですか…と小声で言う。聞こえていない走がキョトンと首を傾げた。
    「それくらい良いじゃないか。可愛い後輩の頼みだ。一度くらい…いや三度くらい願いを聞いてやっても。あっ皆には内緒にしておくから安心してくれ。あと誰も、風呂場には近づかないから」
    「いらないんですよ…そういう心遣いは全くいらないんですよ!」
     背後に回っていた走が、優しく茜の肩を叩く。
    「許可も下りたことなので…早く行きましょう。俺、王子さんの体洗ってあげますよ」
     しっかり入り知恵までされた走が目を爛々と輝かせている。灰二に深々頭を下げ、茜の背中を押した。
    「…まだ僕の許可は下りていない」
    「もう、それでもいいです」
     二人して台所から出る。背後から灰二の笑い声が聞こえたような気がする。
    「どうせいいって言ってくれないので、俺が連れて行きます」
    「自分で歩くっ…自分で向かうから…」
    「ハイジさん優しかったですね」
    「ああ…彼が親バカだということを忘れていた…今後誰の部屋に行けば良いのやら…」
     アオタケには多数の宿泊人がいる。一体誰ならばこの窮地から自分を救ってくれたというのだ。徐に歩いていた走の足が止まる。廊下を生温い風が吹き抜ける。茜もつられて立ち止まり、何も言わない走の方を向いた。
    「行かないで下さい」
    「……は?」
    「どこにも行かないで下さい。王子さんがそういう、他の人の部屋とか…そういうの…俺の部屋には全然来ねえのに…なんか、イラッとするから。行って欲しくないです」
     それを嫉妬というんだぞ。頭の中で人差し指を立てている灰二の姿が浮かぶ。茜は一瞬きょとんとしたものの、木の床を見つめ仕方なくため息をついた。次は神童の部屋に行こう…など考えていた脳内をリセットする。
    「第三者を…こうして巻き込むのは良くない。今後自分で解決するとしよう…僕は自分の部屋にいるさ…」
     結局後輩に甘いのは灰二だけではない。あんな風に真っ直ぐ、純粋な目で言い放たれてしまうと、それが無茶なワガママだったとしても聞いてやりたくなる。認めたくはないけれど、茜は走のお願い顔にかなり弱かった。
    「有難うございます!じゃあ俺着替えとか持ってくるんで、また来ます。王子さん絶対逃げないで下さいね」
    「ああ…逃げられないさ…君と僕どちらが足が速いと思っているんだ…」
     走は嗅覚まで効く。隠れても動物並みの直感でバレてしまうのだから、逃げるだけ無駄というもの。不安げだった走の瞳が柔らかく笑う。走は昔に比べよく笑うようになった。感情表現は元々豊かだが、一見クールに見えがちな彼も、こんな風に笑うと年相応だ。年下らしく可愛い。男が男に可愛いなんて…やはり妙だけれど。
     ため息をつき棚の中から下着を取る。茜の部屋の真下が走の部屋になっている。普段自分の部屋が静まり返っている時、耳を澄ませると走の生活音が聞こえていた。今はバタバタと急いでいる足音がひとつ。そんなに急がなくたって逃げはしない。それとも…入浴出来るのが嬉しかったのだろうか。それ程に。
     階段を駆け上がって来る音を聞きながら、茜はドアの前に立つ。自分からドアを開け待っているのも変だ。だからとりあえず準備だけ済ませ立っておく。すると、入室する際はノックをするよう口を酸っぱくして言っているのに、全く自分の言うことを聞かない可愛い後輩が、勢い良くドアを開けた。
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