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    Rin

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    灰王とカケ王気味

    #風が強く吹いている
    theWindIsBlowingHard.
    #柏崎茜
    akaneKashiwazaki
    #灰王
    grayKing
    #カケ王
    kingOfTheFlames

    二人のアルファと王子の話【 運命を呪っている人 】
     検診する前から、自分はオメガ、またはベータだろうと思っていた。人より体格が小さく力も弱かった。成績は比較的良い方だったけれど、数か月に一度来る独特な性欲に耐え切れず、試験日に登校出来なかった日もあった。だから自分がオメガだという検診結果を知っても、王子は特に動揺もしなかった。オメガは生まれつき社会的地位が低く、冷遇される立場だと分かっている。アルファに翻弄されるなんて馬鹿らしい。自分は一生番など作らず、一人でひっそり生きていければ良い、と思っていた。
     灰二は王子がオメガであることを知り、いくつかのルールを設けた。一つめはオメガの発情期抑制剤を必ず飲むこと。二つめは発情期の際部屋から出ないこと。三つめはいずれ運命の番を知ったとしても、王子が卒業するまで避妊すること。四つめは、社会のルールとされているオメガ専用の首輪の鍵を、灰二が所持する……ということだった。
     王子がアオタケに入ったとき、アルファは灰二のみだったけれど、オメガの発情期のフェロモンはベータですら煽られると聞く。寮内で凄惨な出来事が起こらないよう、灰二は徹底するつもりなのだろう。
     オメガには医療機関で専用の首輪が配られている。王子は(どこか趣味の悪い)赤黒い首輪をつけ、ごくたまに、すれ違うアルファに指差されることもあった。入学当時は心配だったけれど、大学には同じようなオメガも数人いる。今はもうあまり気にならない。人の視線には慣れているし、アルファからの無駄な求愛も、発情期時の自堕落な生活も、王子にとってはすっかり生活の一部になっている。
    「王子にも運命の人が現れると思うよ。発情期になった時、お互い特別な匂いがするんだって」
     神童はロマンチックな物語のように語ったけれど、王子にはよく分からない。
    「……運命だなんて、勝手な話ですよ。生まれた時から決まっている。勝手に決められているんだ。僕に選択権は無いでしょうから」
     その晩、灰二から呼ばれて部屋に行くと、布団の上に新しい首輪が置いてあった。
    「そろそろ一年が経つだろう。新しいものを貰ってきたんだ」
    「ハイジさん」
    「なんだ?」
     王子は言いづらそうに隣へ座る。
    「大学のオメガの方で、もっと、なんというか……薄い青色の首輪をしている人がいました。それがとても綺麗だったんです。首輪にも種類があると聞いたのですが……」
     きっとかかりつけ医から貰って来たのだろうけれど、今回も紺色で目立ってしまいそうだ。
    「嫌か? 似合っているから気にするな」
     灰二は笑顔で王子の背中に回る。首輪はお風呂にも付けたまま入れるようになっている。医療機関でオメガの三ヶ月検診があり、その時だけ外すことになる。
    「……まだ現れなかったな」
    「運命ですか。ハイジさんも気にしているんですね」
    「もちろん」
     深いため息をつく。灰二がベッドに座り、やわらかいシーツが二人分の重さで沈んだ。
    「簡単に巡り会えるのであれば、運命とは呼ばないのかもしれませんし。僕は誰かと出逢い、結婚しようなどと考えていませんよ」
     ずっと首輪をつけていたためだろう。真っ白な首に、赤い痕が残っている。灰二が優しくなぞり、王子はびくりと肩を震わせた。
    「びっくりした……どうしました?」
    「発情期以外の時に噛むと、番にはなれないのか?」
    「ええ。発情期が来ないと運命を引き寄せるフェロモンが出ないらしいです。今は、単純に僕が痛いだけですね」
     灰二は優しく口元を笑わせる。何とも言い難い視線を感じて、王子は目線を落とす。灰二が何を言わんとしているのか、安直に考えれば分かってしまうような気がして、王子はすぐ感情に蓋をしてしまう。さっき……一度首筋を擦っただけなのに、身体を恐怖心が包み、足はすくんでいる。ただ優しく撫でられただけなのに。
     オメガにとってアルファ性の存在自体が凶器になる。いくら相手が優しい灰二だからといって、持って生まれた性質には抗うことが出来ない。だけど……運命の番という曖昧な関係性が、その相手がハイジさんであれば、自分の人生も楽しくなるかもしれない。王子は目を閉じて鍵が回る音を待つ。灰二が少しだけ指に力を入れる。
    がちゃん。鈍く重い音を立てながら、蝶の飾りの付いている首輪が、しっかりと王子の首を絞めた。

    【 運命を知らない人 】
     灰二はずっと、ベータとして生きてきた人間だった。それが大学三年の冬。いつものオメガバース検診で、初めて後天的なアルファだと告げられた。元々素質はあったらしい。だけどなにか格別なフェロモンに接触したことで、あなたのタイプが変わったのかもしれない。強く惹かれるフェロモン……香りを感じたことはありませんか、と医者は問う。灰二にはなんとなく、本当に なんとなくだけれど、通ずるものがあった。
     柏崎茜だ。アオタケに住むことになった新一年生。彼と出会った時嗅いだ香りは、むせ返るように苦しいものだった。香水のようなきつい匂い。鼻の奥に付き纏い、顔を洗っても取れてくれない。それから灰二は、初めて学生用のアルファ抑制剤を飲んだ。オメガのフェロモンに誘われないためだと言う。まだ自分がアルファなのだということを受け止められない内にどんどん手続きが進み、初めてアルファの講義を受け、自分がオメガを……本能的とはいえ傷つけてしまう立場にあるのだ、ということを痛感した。ベータの時には感じたことのないそれだった。
    自分の存在は柏崎茜にとって凶器になり得る。灰二はアオタケに幾つものルールを設けた。
     アルファとオメガが、同じ屋根の下で暮らしていく。決して間違いが起きてはならない。だけど……相手がきみなら、自分は構わない。もちろん口には出さないけれど、灰二はひっそりと、そんな気持ちを抱いていた。柏崎茜は自分にとっても、皆にとっても可愛い後輩だ。
    どこの馬の骨とも分からない、信用出来ないアルファの番になるのなら、きっと自分の方が彼を幸せに出来る。自信があった。
    「……首輪を取ると匂いがすごいな。そろそろ発情期か?」
     灰二は抑制剤を飲んでおいて良かった、と思う。まるで花畑に顔を埋めているような気分だ。
    「そうなりますね。僕は薬を飲んでいるので大丈夫ですよ、ハイジさん」
    「俺の心配はいいんだ。王子は自分の体調の心配をしてくれ」
     やっぱり、今日の匂いはいつもよりひどい。灰二はむせ返り窓を開ける。表情には出していないつもりだったけれど、察したらしい王子が申し訳なさそうに俯く。そんな顔をするな。灰二は咳払いをして、隣に戻る。
    「……王子以外のオメガと出会うこともある。大学ですれ違ったり、駅で偶然出会ったりな。そのときは酸っぱいというか、苦々しいというか……そう、ピーマンを齧っているときのような味がする」
     例えが分かりづらかっただろうか。王子は眉をひそめて、笑う。
    「ピーマンですか。肉詰めは美味しいです」
    「生のピーマンをむしゃむしゃする感じだな」
    「それは苦いですね」
     冷たい首輪を掌で温め、王子の首に乗せる。鍵は灰二が持ち歩いている。無くさないようスペアも作ってあるし、当然王子には言ってないけれど、非常時のため内一つは神童に預けていた。も自分が衝動を抑えられなくなったとき、きみに王子の首輪を絞めて貰いたい。二人きりの台所で鍵を手渡す。
     神童は「だけど僕は、二人なら番になっても……って思うんです」と真剣な顔で言った。灰二は「そうじゃないんだ」と答える。「王子には番なんて必要ない。これからもずっと、一人で生き抜くつもりでいる。それなのに、酷な話だろう」神童は小さな鍵を受け取った。神妙な表情で、運命って何なのでしょうね、と呟いた。
    「……でも王子の香りはホットケーキだ。とにかく甘い」
     残念ながら、自分で自分の匂いを嗅ぐことは出来ない。王子はすん、と鼻をすすり首を傾げる。
    「ハチミツをかけると美味しそうですね」
    「チョコとバターも格別だ」
     ホットケーキを想像しているらしい。王子はごくりと喉を鳴らす。あとは、首輪にこの鍵を付けるだけだ。早くしてください、と言わんばかりにこちらに背を向ける。
    灰二は咄嗟に王子の体を抱き締める。華奢な体をシーツに縫い付け、王子の顔は毛布に埋もれた。
    「……どうしたんですか」
     王子の体が緊張で固まる。怖いのだ。王子は振り返らずとも、アルファのオーラを感じ取ってしまう。灰二はハッと我に返り、王子から離れようとする。自分の体が言うことを聞いてくれない。もう王子から離れたくない。灰二は王子の熱い背中に、額を付ける。
    「変ですよ。ハイジさん」
     灰二は自分の指を絡ませ、笑っている王子のうなじに鼻を付ける。今噛んだところで、決して番にはなれない。神童にはあんな……大したことを言っておきながら、結局揺るがされてしまう。噛みたくなってしまう。というより、早く王子を自分ものにしたい、という欲求が湧き上がる。
    そんなこと、許されるわけがないのに。灰二は笑顔を浮かべ首輪の鍵を回す。
    「……さて、終わったぞ。おやすみ」
     王子の背中を軽く押す。王子はなにも言わず頭を下げる。恥ずかしそうに首を擦り、部屋を出た。きちんと換気しているはずなのに……シーツや枕、部屋全体に王子の匂いが残っている。
     ああこれは……毒だ。灰二はシーツに横たわり、王子の触れていた毛布と枕を抱き締める。甘い匂いに抱かれ、まるでオメガであるかのように、その晩狂ったように自慰をした。王子の匂いを抱き、彼の姿を想像しながら。

    【 運命を知っている人 】
     大学二年になったばかりの春。王子は慣れた手つきで漫画を積んでいた。窓の外から暖かい風が吹き抜ける。漫画が落ちないよう注意して、そっと最後の一つを積み上げようとしたとき、双子のどちらかが部屋に入って来た。部屋をノックしただろうか。後で注意しておかないと。
    「アオタケに新しい子が入るよ、王子さんっ!」
     次にもう一人の双子が続く。
    「カケルって言うんだって~楽しみだなあ」
     二人はそっくりの笑顔を浮かべ、楽しそうに部屋から出ていく。「どんなやつかな」「どうだろうねえ」と会話しながら、階段を駆ける慌しい音。本当に騒がしい入居者が増えたものだ。それはそれで、楽しいけれど。
    「王子さん早く~」という、確かジョージの声。
    「分かった分かった……」と呟き、王子は大切に漫画を抱え、階段をのろのろ降りる。
     玄関に誰かが立っている。灰二とジャージを着ているもう一人の男子。灰二は王子に気づき、少し不安げな表情をする。一瞬曇った灰二の表情。その理由を王子はすぐに察することとなる。
    「王子もいたんだな。良かった。昨日紹介したものもいるが……蔵原走。一年生だ」
     灰二の隣に立っている蔵原というアルファ。彼の圧倒的なオーラに、王子は表情を動かすことも、息を呑むことも、その場から逃げることすら出来ずにいた。彼はただ立っているだけだ。視線が合いそうになっただけなのに……強く鋭い気迫に負け、王子の指は自然と震える。
     どうしてこうも違うのだろう。同じアルファだというのに、灰二のものとは全く違う。有無を言わさぬオーラ。彼こそが本来アルファの、捕食者であるという立場を体で語っている。オメガでは敵わない立場の人間。地位や権力などではない。自分の肌で、たった今、生まれ持った運命を思い知らされる。王子はやっと瞬きをする。
     ……なにが「アルファもオメガも関係ない!平等な社会を作りましょう」だ。これでは言葉のない暴力と同じこと。共存なんて、無理に決まっている。それこそこの圧倒的な恐怖を知らず、ぬくぬくと生きてきたアルファの戯言だ。
    双子が不思議そうに自分を見ていることに気づき、王子は纏まらない考えを一度シャットダウンする。深呼吸をして走の足元を見つめる。
    「大丈夫なんですか?アルファとオメガが一緒にいて」
     走は眉をひそめ、灰二と王子を交互に見る。
    「……きちんと薬は飲んである。もう数年住んでいるから、大丈夫だ」
    「そうですか」
     王子は走と一度目が合い、それから視線を逸らすことが出来ない。再び体が固まってしまう。それを知ってか、走が先に視線を逸らしてくれる。王子はまた、ずっと息を止めていたことに気づき、意識して呼吸をする。
    「俺が怖いですか」
     冷たい声。王子はもう、走の方を見ない。
    「……アルファとはこういうものだ。君だから怖いわけじゃない」
     会話を聞いていた灰二が走の背中を叩く。
    「食べちゃ駄目だぞ。カケル」
     灰二はからかいながら言ったけれど、言葉の本質を走は理解しているはずだ。
    「大丈夫です。少し、首輪の趣味が悪いなって思っただけで……なるべく会わないようにします」
     走は灰二に連れられ靴を脱ぐ。まだ体が震えている。誰にも悟られたくない。王子は自分の体に腕を回し、抱きしめている。
    「すみません。怖がらせるつもりはないんですけど、いつもこうなので……」
     背中にいても感じる。眩しいほどの強靭なフェロモンを持っている割に、台詞は気弱だ。かなりギャップがある。もっと上からものを言う人かと思っていた。王子が少しずつ振り向くと、走は子犬のような目で寂しそうに俯いている。
    君は君主アルファ様なのだから……どうして、そんなに申し訳なさそうな顔をするんだ。王子はなぜか、この状況が面白くなり、少し笑う。
    「王子さん、今日こそは漫画貸してよっ!」
    「読みたいやつあったんだよね~行こっ!」
    「危ない、危ないから背中を押さないでくれ」
     双子が背中を押す。灰二はなにも言わず台所の扉を開ける。ふわり……と、なにかの匂いが鼻を擽る。甘い花だ。庭に咲いているのだろうか。王子はくしゃみをして、双子と共に階段を上った。



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