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    Rin

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    ハイジと走と王子

    #柏崎茜
    akaneKashiwazaki
    #灰王
    grayKing
    #カケ王
    kingOfTheFlames
    #風が強く吹いている
    theWindIsBlowingHard.

    カフェにて 温かいブラックコーヒーを飲みながら、ハイジは店内を見回す。穏やかな音楽の流れるカフェには、カップルがまばらに座っていた。他は一人で来ている男性客が四人程。その内一人はサンドイッチを齧りながらチラチラこちらを見ている。もう一人は隣に座っている年上の風貌の男だが、読書中というのに気もそぞろで、紅茶のコップを持ち上げる度こちらを盗み見ている。
    走もそれらの視線に気づき、明らかに眉間に皺を寄せる。居心地が悪そうに肩を回し、ぶどうジュースに刺したストローに口をつけたまま、彼らの視線の先を見た。
    「美味しい!このフォルムは……あの漫画に出てくるケーキにそっくりだな……」
     そして肝心の本人はというと、嬉しそうに苺のショートケーキを突いている。二人のため息にも気づかぬまま、大きな苺を齧ったところだ。
    「王子さんの悪いところって、こういうとこですよね」
    「は?」
     唐突に始まった言葉を理解できず、王子は口をへの字に曲げる。
    「そうだな。気づかないおまえも悪いといえば悪い」
    「ハイジさんまで……あっ」
     王子はフォークに苺を刺し、持ち上げる。
    「走、食べてみる?」
    「いりません。そういう意味じゃないです」
    美味そうに苺を齧るその仕草すら、彼らの恋愛対象として視線を浴びているというのに。走はテーブルに肘をつき、両手で頬を支える。王子にこのテーブルクロスでも巻き付けてやろうか。彼らの視線を止めるには、もはやこれしかない。
    「きみの考えていることが分かるような気がする。気持ちは分かるが止めた方がいいな」
     ハイジは口元に笑みを含み、何度か首振る。
    「だって、ハイジさんは嫌じゃないんですか」
    「そりゃあ良いわけないだろう。ずっとこんな目に遭ってきたんだ。だが、この顔は今更どうにもならん」
     悔しげな走の前で、ハイジはクリームのついた王子の口を拭く。視線を送る数人が、恨めしそうにハイジを見ている。
    「おや、僕の美しい顔が何か?」
    「俺は迷惑してるんですよ」
    「どうして」
    「そのせいで王子さん、ナンパもされるじゃないですか。俺は聞きたくないし見たくないです」
    「どうして」
    「どうしてって……言っていいんですか」
     走は前のめりになり、王子の吸い込まれそうな瞳を見つめる。王子は視線を逸らすことができず、体が素直に固まってしまう。次に走の言葉を遮ったのはハイジだった。
    「それはダメだが、守るという意味では、走のような存在が必要だろうな。単に好かれるといっても、相手がどんなやつか分からない。簡単に連絡先など交換しないように」
    「分かってますよ!最近は僕だって気をつけてるから」
    「どんな風に?」
    「例えば、あえて口角を下げてみたり。そしたら印象が変わるんですよ。神童さんに言われました。そうすればファンが減るんじゃないかって」
     そうしても尚、可愛いだけの王子の表情を、二人の男が見つめている。王子はどうにも懸命だが、どの角度から見ても可愛いだけだ。二分の健闘の末ハイジから漏れたのはため息だけだった。
    「……全然変わってないですからね」
    「そう?フッ、元が良いとこれだから……」
    「王子さん、本当に分かってますか?冗談じゃないんですよ。俺たちが心配してるのは」
    「ハイハイ分かってる分かってる」
     王子の適当な返事に走はムッとする。
    「分かってるならどうにかしてください」
    「できないって、生まれつきなんだから」
    「それでもです」
    「……そういえば増えてきたなあ」
     ハイジは視線を店内に移す。午後三時ということもあり、増えた客の中には見覚えのある者もいた。以前王子とこのカフェに来た時店員として働いていた男だ。その時から王子をチラチラ見てくるのが印象的だった。三人のすぐそばの席に座っていることもあり、嫌な予感がする。
    「……変なやつに好かれたってろくなことはないからな」
    「ということなので、これから知らないやつに話しかけられたら、俺にちゃんと連絡してください」
    「はぁ?」
    「そうだな。そうした方がいい。メールだと気づかないから、俺には電話してくれ」
    「なに言ってるんですか!いくら僕が綺麗だからって、二人には迷惑かけませんから!」
     そろそろ授業の終わったメンバーと合流できそうだ。店を出よう、と王子が立ち上がると、そばに座っていたはずの店員が同時に腰を上げた。彼の表情は緊張しており、耳まで真っ赤になっている。
    「あ、あの……」
     口籠る店員は手に名刺のようなものを持っていた。やっぱり、と王子の前に立ちはだかった走が、当然店員と対面する形になる。そこで店員の姿に気づいた王子が、心配そうな目で走を見上げた。
    「すみません」
    「え?」
    「すみませんけど、王子さんはダメですから!早く諦めてください!失礼しますっ!」
     走はカフェ中に響き渡る声で叫び、王子の腕を握ろうとする。慌てた王子が待って、待って、と狼狽えるもので、ハイジがいつものように王子を抱え上げ、半ば強制的に店外へ出ることとなった。
    きっと店員も、あの後店から飛び出したことだろう。なるべく奴の目の届かない場所に移動したい。王子は下ろして、と懸命に足を振っていたが、ハイジは見向きもしない。冷静に辺りを見回した。
    「……王子さん、どうしてさっき、待ってなんて言ったんですか」
     走の真剣な眼差しを見て、やっとハイジから離れることのできた王子は、少し言葉を詰まらせる。
    「用がある僕と話すのが筋だろう。彼にだって考えがあるんだから、このままでは失礼になる」
    「あいつがヤバい奴だったらどうするんですか。さっき、そういう話をしてたんですよね」
    「そうだとしても、走が」
    「王子」
     納得できない様子の王子を見て、ハイジはやっと重い口を開く。言葉を遮られた王子は、俯いていた視線をそっと上げた。
    「おまえと話すのは俺たちが認めた者だけで良い。あの店員はダメだった。それだけのことだ」
     言葉に何の躊躇いもなく、さも当然のように言い放ったハイジに、王子の足は止まる。走も同様の心持ちがあるのか、特に表情も変わらない。
    「……いや僕のことなのに、どうしてハイジさんや走の許可がいるんです?おかしくないですか?」
    「仕方ないだろう。そうでもしないと、王子が俺たち以外とデートをすることになってしまうからな」
    「デートって、デート!?これが……!?」
     走はキョトン顔で立ち止まる。
    「そうですよ。俺は走ってる方が楽しいけど、王子さんに合わせて店を選んだり」
    「俺も当然走っている方が好きだが、きみは甘いものが好きだろう?」
    「ならば、ハイジさんと走の二人で楽しく走っていれば良いのでは……?なぜ僕なんかと……」
    「王子さんがいないと意味ないですよ」
    「そうだな。俺たちは王子だから時間を合わせてきたんだ」
     二人は顔を見合わせ、黙ってしまった王子の反応を見ている。三ヶ月前からなぜか始まったお出かけはデート。走ることしか脳のない二人が、わざわざ自分の好きそうな店を選んでまで、三人でいたかった理由。スケジュールを合わせていた理由。
    「ハイジさん、もう言っていいんですか?」
    「い、言わなくていいっ!」
    「そうだな。王子に接触しようとするものも増えてきたし、そろそろ頃合いだろうな」
     王子はそこで、初めて仮説を立てることとなる。
    「もしかして僕は、すでに変なやつに好かれているのでは……?」
     王子がポツリと呟き、走はやっと気づいたのか、とばかりに肩をすくめる。
    「いやいやいやいや」
     王子にとっては天と地の差だ。この答えを聞きたいのかと問われれば、聞きたくない。知りたくないに決まっている。王子は勢い良く頭を振り、気の迷いを晴らすべく二人より三歩前に躍り出た。二人が今、どんな表情をしているのか、見ない為だった。
    「珍しいですね。王子さん競争がしたいんですか?」
    「お、いいな。アオタケまで競争か。せっかくだから負けたものが勝ったものらの言うことを聞く、というルールにしよう」
    「いいですね!距離的にもちょうどいいし、良い運動になりそうです」
    「ま、待って、勝った者らって言いました!?言いましたよね!?ちょっ、ずる、ずるいっ、そんなの僕が勝てるわけな……」
     王子のセリフなど耳に留めず、二人はとっくに交差点を突っ走っている。王子はヒィと喉の奥を鳴らし、誰も走るとは言ってない、と独り言ち偶然停まっていたバスに飛び乗った。勝つしかない。例えどんな手段を使っても、どんな卑劣な罠を仕掛けても、この試合に勝つしかないのだから……!

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