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    nekoruru_haya

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    nekoruru_haya

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    #3月20日は松井江重文指定記念日 おめでとう。
    江のみんなでお祝いです。

    #江

    「松井ー」
    廊下を歩いていると聞き慣れた声に呼び止められる。声のする方、庭へと視線を巡らすと桑名が土だらけの手を振っていた。
    「今日は、いや今日もか……畑当番ではないよね」
    「当番かどうかは僕には関係無いんだけれども、――はい」
    「はい?」
    突然何かを押し付けられて途惑う間も無く受け取ってしまった。
    「え、何これ?」
    「苺。好きでしょ?」
    苺は好きだ。なんと云っても赤い。甘くて美味しいし。けれどこれは。
    赤色の小さな植木鉢に入った苺は確かに苺だけど苗だ。土に植わっている。緑の葉の陰から真っ赤な実が垂れ下がっていた。
    「今、赤いのは食べられるし、ちゃんと世話をしたらその後順番に実を付けていくよ」
    好きなだけ食べてね、なんて当然のことのように云うけど、出来れば摘んで実だけになったものを食べたい。だって僕がこの後ちゃんと育てられる保証がないじゃないか。
    「心配しなくても僕が面倒みるから。松井は食べるだけでいいよぉ」
    そうまで云われてしまっては押し返すことも出来なくなる。
    「……ありがとう」
    「じゃあ、またねぇ」
    大きく手を振りながら来た道を帰っていく桑名の背中を見送りながら僕は少し首を傾げた。


    桑名から受け取った植木鉢を部屋の日当たりのいい窓際に置く。目の前で揺れた赤い苺。指先で摘まんでおそるおそる口元へと持っていくと、甘い香りが鼻をくすぐる。ぱくりと囓れば口の中いっぱいに苺の甘さが拡がった。
    「美味し」
    思わずふふふ、と笑みを溢し、赤い実を摘んでは食べる。まだ赤くない実もその内赤くなって食べられるんだから、これは良いものかも知れない。
    そんな事を思いながら指に付いた果汁を舐めると、ちゅ、と行儀の悪いいやしい音がした。
    「松井さん」
    どきりとして呼び掛けられた方を見れば、部屋の外から篭手切が顔を覗かせていた。
    「ぶろまいどのぽーずならばとても良いのですが」
    「え、ぶろ……なんだって?」
    「なんでもないです。こちらをお使いください」
    差し出されたのは淡い紅に染められた手巾。
    「この色なら苺の果汁を拭いても、なんなら鼻血を拭いても汚れが目立ちませんよ」
    さあ、と差し出されれば自然と受け取ってしまう。
    「えっと、ありがとう?」
    「いいえ。では」
    ぺこりとまあるい頭を下げて去って行く篭手切と赤い手巾を交互に見やりながら、今日はなんだか赤に縁のある日だななんてぼんやり考えていた。

    「少し、よろしいでしょうか?」
    「おれも居るんだけど、平気?」
    部屋の戸の外からかしこまった声が聞こえる。まだ遠慮があるのか桑名や豊前のように勝手に入ってこないのはなんとなく微笑ましい。
    「どうぞ?」
    声を掛けると音も無く戸が開き、五月雨と村雲が並んで立っていた。
    ふわりと漂うなんとも云えないやさしい香。
    「梅?」
    「桃も」
    五月雨の手には梅の枝、村雲の手には桃の枝を携えている。どちらの花も赤みの強い花で本丸の庭では見ない品種のようだ。
    「歌にしても良かったのですが」
    「おれは雨さんみたいに歌を詠めないし」
    「私たちがどう感じたかよりも松井さんに直接感じていただきたいと思いまして」
    「贈り物って初めてだから緊張してお腹痛くなりそうなんだけど、貰ってくれる?」
    はい、と二人同時に目の前に差し出された梅と桃の花。少しずつ色の違う赤がふわふわと綻んで芳しい匂いとともに僕の内側をあたためていく。
    少し前まで寒くてたまらなかった冬から、最近はすっかりあたたかくなって春を感じ始めた今日この頃。
    「ふたりともありがとう」
    受け取って礼を告げれば梅と桃が咲くようにふたりも笑い返してくれた。
    「ところで贈り物って、どういう事だい?」
    心当たりがなくて問い掛ければ、ふたりは目と目を合わせてから部屋の外への道を空ける。
    「豊前が外で待っています」
    「早く行っておいでよ」
    半ば追い出されるように部屋を出ると、そちらは活けておきますので、と僕に渡した枝を引き取って背中を押された。

    なんだか訳が分からないまま豊前が居るらしい場所へと向かう。本丸の西の外れ、広く開けたその場所にその人の後ろ姿が在った。
    「豊前!」
    声を掛けるとくるりと振り返り、満面の笑顔で僕を迎える。
    う、鼻血が出そう。そう云えばさっき篭手切から貰った手巾があった筈だ。僕は手巾で鼻を押さえつつ豊前の傍へ向かった。
    「よう、松! 待ってたぜ」
    「待ってた?」
    「おうっ」
    早く来い、とばかりに大きく手招きをされ、慌てて豊前の隣に立つ。
    「今日は一体なんなんだい?」
    「今日はおまえの大事な日だろ! だから江のみんなでお祝いだ」
    大事な日。
    ああ、そう云えば去年もそんな日があった。すっかり忘れてしまっていたけど。
    「江のめんばあが増えてっからな。自分が忘れてても誰かが忘れずにいるから安心だ!」
    「僕のこの日が祝われるような日なのかな」
    血に塗れた業を背負った僕の記念日なんて。
    みんなに祝って貰えるのは厭じゃない。だけど僕を染める赤は――、
    「松、見てみろ。真っ赤だ!」
    知らずに俯いてしまっていた顔を上げる。目の前には豊前。その背には真っ赤な、それはもう大きくて全身が染まるほどの――夕陽が在った。
    豊前も僕も真っ赤だ。あたたかいそれが僕を包み込む。
    「ほら、松。みんなも真っ赤だぜ」
    豊前の声に振り返ると、そこには同じく夕陽に染まった桑名、篭手切、五月雨、村雲の姿が在った。
    「松、おめでとうっ!」
    「おめでと、松井」
    「おめでとうございます、松井さん」
    「おめでとうございます」
    「おめでとうっ」

    「ありがとう、みんな」

    僕の江はあかくてあたたかくてあまくて、とても素敵だ。
    この日、僕は心の底からそう思った。



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    nekoruru_haya

    PROGRESSくわまつですが書き手以外誰も幸せにならない予定のお話の下書きというか荒書き。ちゃんとしてから後日支部に上げます。
    完結に向けてぼちぼち追記していきますので現状は途中経過の進捗見て見て構ってちゃんなので注意。
    .5や独自設定盛り込んでます。
    biotope歴史は大河の流れのようなもの。
    何れかのサーバーの何某という本丸の誰彼という刀剣男士がそう例えたと云う。果たして事実、そうなのだろう。世界が始まり時間が動き出したのを起点に歴史は流れ始め、時の政府が管理している現時点まで一筋の大きな河として流れ着き、この先へと恐らくは流れ続けていく。歴史の流れは大きく緩やかであった為、その道筋は逸れる事もましてや氾濫する事もなく、ただ過去から現在、そして未来へと流れていくものと思われていた。
    その時、までは。
    ある時、後に歴史修正主義者と呼ばれる未知の存在が現れた。彼等は過去から未来へと流れるだけだった時間を遡り、歴史という過去に起こった事実の改変を開始する。それは水面に小石を投げ入れて波紋を浮かべる程度で済むものから、巨大な岩で流れを堰止め、流れる方向自体を変えてしまうような改変となった。波紋程度であれば歴史という事実認識の強固さ故、自浄作用が働き、大勢に影響はない。だが、流れる方向が変わってしまえば今日までの道筋が違えてしまう。
    2031

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    DONE #3月20日は松井江重文指定記念日 おめでとう。
    江のみんなでお祝いです。
    「松井ー」
    廊下を歩いていると聞き慣れた声に呼び止められる。声のする方、庭へと視線を巡らすと桑名が土だらけの手を振っていた。
    「今日は、いや今日もか……畑当番ではないよね」
    「当番かどうかは僕には関係無いんだけれども、――はい」
    「はい?」
    突然何かを押し付けられて途惑う間も無く受け取ってしまった。
    「え、何これ?」
    「苺。好きでしょ?」
    苺は好きだ。なんと云っても赤い。甘くて美味しいし。けれどこれは。
    赤色の小さな植木鉢に入った苺は確かに苺だけど苗だ。土に植わっている。緑の葉の陰から真っ赤な実が垂れ下がっていた。
    「今、赤いのは食べられるし、ちゃんと世話をしたらその後順番に実を付けていくよ」
    好きなだけ食べてね、なんて当然のことのように云うけど、出来れば摘んで実だけになったものを食べたい。だって僕がこの後ちゃんと育てられる保証がないじゃないか。
    「心配しなくても僕が面倒みるから。松井は食べるだけでいいよぉ」
    そうまで云われてしまっては押し返すことも出来なくなる。
    「……ありがとう」
    「じゃあ、またねぇ」
    大きく手を振りながら来た道を帰っていく桑名の背中を見送りながら僕は少し首を傾げた 2351

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