初回深夜。そろそろ寝ようかと部屋の照明から垂れ下がる紐に手を伸ばした瞬間、玄関先でことりと音がする。なんとなく気になってそっとのぞき窓から覗けば、良く知った鉄紺の頭があった。
「松井?」
急いでドアを開けた瞬間、ぶつかるように飛び込んでくる。慌てて受け止めて顔を覗き込めばぐしゃぐしゃに泣いていて酒臭い。普通なら追い出してやりたいところなんだけどそうもいかず、部屋の中へと引き入れた。
「どんだけ呑んだん?」
自他共に認める酒豪の松井が泥酔なんて珍しい。しかも泣いてるなんて。
「……振られた」
「は?」
「可愛らしい子と歩いてるの見た……お似合いだった」
松井がずっと好きだった彼。僕ら共通の友達の一人。百人中百人が惚れる彼に松井が想いを寄せているのは知っていた。
「てか、告白したの?」
「……してない」
僕はガシガシと頭を掻いた。いつもの勝手な思い込みか。
「ただ単に一緒に歩いてただけじゃないの?」
「絶対に違う。あんなやさしい目、今まで見た事ない」
ああ、これは面倒くさいやつだ。水を飲ませてさっさと寝かせるに限ると離れようとした瞬間、服の裾を掴まれた。
「松井?」
「ねえ、桑名……」
重なる声。非道く甘ったるく聞こえたそれに心臓がぎゅっと締め付けられた。
「……水飲んで寝たら」
なるべく平静に答えるけど、目は合わせられない。
「桑名、僕の事好き、なんだろう?」
何故、今それを蒸し返すのか。
「だったら?」
失敗した。最悪の展開。
「抱いて、桑名。抱いて僕から彼の事を忘れさせてくれないか」
松井から染み出すアルコールが廻って頭がくらくらしてくる。
「やめなよ。後から傷付くのは松井やん」
「傷付きたいんだ。ねえ、お願い」
抱いて。
耳許で囁かれ、熱い吐息が鼓膜を揺らし、耳朶を犬歯が咬んで舌が撫でる。
ぐる、と獣じみた音で咽が鳴り、気が付けば松井をベッドに押し倒していた。
「桑名……、滅茶苦茶にして」
こんな形で初めて松井を手に入れるくらいなら、一生手にしたくなかった。